先輩は家庭教師

 俺は今、正門に立っている。冬の色が少し見える風は、肌寒く感じる。俺は手持無沙汰でスマホの電源を入れる。ファインを起動すると、俺が正門に立っている理由が表示される。

 真春さんからのメッセージだ。

『今日、学校が終わったら正門で待っててね。』

 俺は、分かりましたとだけ返信して、今、ここに立っているわけだ。

「さっむ・・・。」

 風が強く吹いて、思わず縮こまる。

「早く終わったからって、外で待つんじゃなかった・・・。そろそろ冬物出すか・・・。」

 一人ぼやいていると、後ろから小走りで向かってくる足音が聞こえた。

「お待たせ~。今日はすごく早いね?」

 足音の主は真春さんだった。俺と違って準備がいいようで、マフラーをしている。

「ホームルームが早く終わったからっすよ。特にやることもなかったし。」

「そっか。じゃあ待たせちゃったわけだし、早く向かおっか。」

 真春さんはそう言うと、どこかへと歩を進める。

「ちょっ、どこに行くんすか?」

「カラオケでもゲーセンでもいいんだけど、今日はあることをしたいからモクウェイに行こ。」

 こうして俺たちは、大型ファストフード店モクウェイへと向かった。


 モクウェイとは、最近になって知名度を広げてきている大型ファストフードチェーン店である。ハンバーガーをはじめとして、ホットドッグやサンドイッチなど様々なファストフードを取り揃えている。また、店内入り口のタブレットで注文すると、自分好みにトッピングしたファストフードを食べられる。このシステムが、モクウェイ最大の売りであり、人気のポイントだ。

 俺たちは、モクウェイの二人用の席に座って注文した品を待っていた。

「それで、あることって何すか?」

 俺は椅子に座ると、気になっていたことを聞いてみた。すると、真春さんは待ってましたと言わんばかりに話し始めた。

「一か月後に控えているイベントは?そう、中間テストです!というわけでテスト勉強をしよう!」

 一か月後で既に嫌な予感がしたが、案の定当たってしまった。

「まぁ、テスト勉強っていうのは半分建前で、ペアになったからには感起師として活動しないといけないからね。お互いのことをよく知るためにも、まずはコミュニケーションからってワケよ。」

 感起師というのは、ざっくり言ってしまうとカウンセラーである。しかし、カウンセラーと違う点が、相手が悲しんでいるか悲しんでいないかだ。もちろん、一概には言えないが、俺たちシンドローム患者は悲しいを忘れてしまっている。その悲しいを思い出して、感情として出せるようにするまでが感起師の仕事だ。分かりやすく例えるなら、骨折から完治してリハビリまで診てくれる人のようなものだ。その過程で大切なコミュニケーション。真春さんは今まさに、感起師として活動している。

「こう、ペアだからと言って堅苦しいことをするわけでもないんだけどね。ユーセーって前回のテストどれくらいの成績だった?」

 緊張させないためか、はたまたこのようなスタイルなのか、何てことない話題を振られた。俺も気張らずに話すことにした。

「俺はちょうど真ん中くらいっすね。真春さんは確か学年9位でしたよね。どんな勉強してるんすか?」

 俺はうろ覚えの記憶を引っ張り出して話を続ける。

「アタシは普通にしてるだけだよ。感起師になるにはある程度の学力も必要だし。それよりユーセーってもう少し上だと思っていたけど、真ん中くらいなんだね。」

 俺は痛いところ突かれて言葉に詰まると、そのタイミングで注文した品がテーブルへと運ばれてきた。

「はい、こちらモクウェイクルーセットが二つです。ご注文は以上でお間違いないですか?」

 俺と真春さんはウェイトレスさんに間違いのないことを伝えた。ウェイトレスさんは「ごゆっくりどうぞ」と言うと、厨房へと去っていった。

 このセットはいわゆる日替わりおすすめセットだ。あまり聞いたことのない組み合わせが出たりするが、さすが飲食店といったところか、どれも美味しい。

 今日のセットは、ササミとレタスとトマトをふんだんに使ったサンドイッチだ。シンプルな分、美味しいのが約束されている。

「とりあえず、食べよっか。」

 真春さんはそう言うと、目の前のサンドイッチを食べ始める。俺もそれに倣い(ならい)、サンドイッチを食べる。パンとササミのパサパサした食感を、レタスとトマトの瑞々しさが補っていて美味しい。

「ん~美味しい!他のも気になるけど、ついクルーセットを頼んじゃうよね~。」

「俺、知ってたけど行く機会なくて、今日が初めてなんすよね。こんなに美味しいならもっと早くに来ればよかったなぁ。」

「そうだったんだ!今までもったいないことしてたね~。」

 美味しいものを食べていると、自然と会話が弾む。そんな中、話題はテスト勉強の仕方へと戻ってきた。

「そういえば、真春さんってどんな風に勉強してるんすか?さっき聞きそびれたし、気になります。」

「アタシは授業聞いて、空き時間に復習して、たまに帰ってからもするかな。でも帰ったら基本時に感起師の勉強してるよ。」

 前々から知ってはいたが、明らかに遊んでいるギャルのような見た目なのにも関わらず、超が付くほど真面目なのが真春さんだ。

「ユーセーって真ん中くらいって言ってたけど、ちゃんと授業聞いてる?うちの先生たち、教えるのすっごい上手だから、聞いてる人と聞いてない人とで差が出ちゃうよ?」

「う・・・。で、でも帰ってから勉強するし、いいかなーって・・・。」

「授業聞いてないとわかんないところ出てくるのに?」

「そこは・・・、勘で何とか・・・。」

 ジト目といったらこれみたいな目で見られる。

 完全にお手上げだ・・・。俺は負けを確信し、真春さんに打ち明ける。

「基本的に、授業中は寝てるし、板書もまちまちです。おかげで穴だらけのノートが出来上がってしまって、帰ってからそれとなく埋めてる感じです。」

 真春さんは馬鹿にするでもなく、注意するわけでもなく、俺の敗北宣言を聞いてくれた。

「そっかそっか、そんな感じでも真ん中くらいなら、もっと上目指せそうなのに。」

 真春さんは不思議そうに言う。

「成績上位って目立ちますからね。目立ちたいわけじゃないし・・・。」

「でも勉強できた方が色々と有利だよ?」

 そして真春さんは、決まり過ぎて綺麗に見えるドヤ顔でこう言った。

「ということで、アタシがカテキョーしてあげるっ!」

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僕たちは泣き方を知らない てむてむ @TemtemHitotose

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