まんじゅうブルー

新巻へもん

結婚式にて

 妹の愛梨から結婚すると聞いた時は死ぬほど驚いた。ゲームとコスプレを愛し、3次元の男には興味がないと思っていたからだ。無駄に豊かな行動力と意外と頑固な一面を持っており、愛梨について行ける男はいないとも思っていた。それなのに。


 フィアンセとして紹介された彼は、柔和な表情をした青年だった。2歳年下だと言う。完全に愛梨の尻に敷かれていた。愛梨がコスプレで結婚式をすると言い出した時も、ニコニコ笑って頷くだけだった。こっそり愛梨に彼もその趣味があるのか聞いたら、全然ないと笑った。ご愁傷様。


 そして、迎えた結婚式当日。俺は親族の控室で所在無げに座っている。両親は他界していて、新婦側の親族は俺だけだ。俺が結婚していればもう少し賑やかだったろうが、そういう相手が残念ながらいなかった。むき出しの右肩が寒い。つけ髭が気になったが触るのはやめておいた。


 扉が開いて、愛梨が肩で留めた蜜柑色のマントをヒラヒラさせながら駆け込んでくる。新調した緑色のドレスを着て、金色に染めた髪をワンレンにして右側に寄せ、毛先を編み込んでいる。

「お兄ちゃん! アレが足りないの。急いで何とかして。お願い」


 俺は愛梨の全身を改めて見る。左の耳に輝くイヤリングは、親友からの借りものらしい。我が妹ながら完ぺきだった。まるでゲームの中のあの娘と生き写し。実写ドラマ化するんだったら、愛梨以外はありえないだろう。ただ、1点、本来ならば抱えているはずのアイツの姿が見えなかった。


 俺は心の中でため息をつく。都心の一等地にあるこのホテルで、アレが手に入るとは思えない。だいたい、コスプレで結婚式なんて無茶な要望をきいたこと自体が不思議でならないほどなのだ。

「なあ、愛梨。他の……」


「ダメ。お兄ちゃんお願い」

「……分かった。なんとかしよう」

「ありがとう。あと20分しかないの」

 げ。マジかよ。無理ゲーじゃないか。それでも俺は妹の幸せの為にドタドタと駆け出す。


 脚を覆う厚手の布と背中の剣が邪魔で仕方ない。控室に置いて来れば良かったが今となってはもう手遅れだ。俺はホテルのロビーを突っ切り、ドアマンの奇異の目を無視して外に飛び出す。さ、寒い。肩肌脱ぎの恰好に北風が吹き付ける。だが、この寒さこそが俺の勝算だった。


 近くのコンビニを探す。遠くにシエラレオネの国旗によく似たロゴマークのコンビニが見える。可能な限りの速さで走り、自動ドアが開く間も惜しむように駆け込みレジに向かった。あ、あった。レジカウンターの横の保温器の中で、つぶらな瞳をしたアイツが俺を見ている。


 俺は保温器の中にあった3つ全部を買い占めると元来た道を駆け戻る。若い女性の店員がプルプルと震えていた。きっと、今夜の話題には事欠かないだろう。愛梨の控室に駆け込みビニール袋からアイツを取り出す。青い色をしたゲームの中のモンスターを模したふかふかの肉まんを。


「お兄ちゃん。ありがとう」

 妹は目に涙を浮かべている。

「まだ、熱いかもしれないぞ」

「平気だよ。それじゃ、行こう」


 白い扉がさっと開けられ、俺は愛梨をエスコートしてヴァージンロードを歩む。その先には、紫色の頭巾をかぶって、杖を持った彼が待っている。しずしずと歩みを進め、俺は嫌々ながら、愛梨の手を彼の手に預けた。本当なら、俺の恰好は彼の父親のものなのだが、愛梨の希望でこうなった。曰く、だってカッコイイじゃん。


 誓いの言葉を述べる二人を見ながら、俺の胸はズキンと痛む。そう、これは父親としての感情なんだ。決して……。愛梨は幸せになる。そうさ、サムシング・フォーの最後の一つサムシング・ブルーを調達してやったんじゃないか。俺は心の中で念じる。

「幸せにな」

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