#8 The thaw march

 部屋の中は暖かい。応接室……というより談話室? の端っこには暖炉がある。そこでは昔ながらの薪を燃やしている。今ではそれこそ電気冷暖房機があったり、暖炉用の魔石もあるが、なんだかんだで薪を燃やした方がのである。妹のメリッサが薪にこだわりがあるのだ。確かに薪は良い、かの面倒くさがりの先輩ですら、薪がなくなると僕を外に引きずり出して薪を準備させる……あれ? 自分では準備してない? まぁいい。

 王女殿下も部屋に入って暖炉独特の暖かさに気づいて「あたたかい」と小さくつぶやいた。この部屋が気に入ってくれたのならば幸いである。

 王女殿下が入られると同時に父と母が立ち上がり、臣従の礼をした。この屋敷の主人とはいえ、王女殿下は圧倒的に格上なのである。

「ポレール王女殿下、ようこそアルノース領へといらっしゃいました。何もない田舎ではありますが、王都の状況が落ち着くまでどうぞゆっくりなさってくださいませ。このアルノース男爵家、初代が戦によって名を挙げて賜った爵位と領地をかけてポレール王女殿下に誠心誠意お仕えさせていただきます」

 父がポレール王女に頭を垂れながら言う。

「いえいえ、アルノース卿、お心遣い感謝します。ところで卿、わたくしはですわ。合わせてくださいまし」

「承知しました」

 そこからは一通りの挨拶が続いた。少し意外だったのが、父とフィガロ大尉は知り合いだったということだ。父上かつての上官がフィガロ大尉の祖父で、その祖父の孫、祖父のかつての部下という形で以前から知り合いだったらしい。世界とは狭いものである。

 ポレール王女殿下はメリッサと意気投合した。お互いに何か通じ合うものがあったのか、それともたまたまなのか、ポレール王女殿下がメリッサの悪い影響を受けなければいいけれども。まぁ、メリッサの方が年下だから大丈夫だろう。





 ふと気づいたら、僕はソファで寝てしまっていたらしい。あれ? ポレール王女と我が妹メリッサが意気投合したところまでは記憶があるのだけれど、それ以降の記憶がない。眠気も特段は感じていたように思えないのだが。まあ、きっと気分がハイにでもなっていたのだろう。実家に帰ってきて、少し気分が落ち着いて眠くなってしまったのだろうか。大体そんなもんだろう。身体には毛布がかかっていて、何故か膝の上でメリッサが寝ている。因みにメリッサもメリッサで毛布を被って寝ているのだが、僕もどうして気づかなかったのだろう。まぁ、昔はよくやられていたし、懐かしい気分。

 気づくと暖炉の火が消えかかっていた。種火がほんの少し残っているだけで、もうすぐ消えてしまうだろう。そういえば少し寒いような気もするので、みんなこの部屋をだいぶ前に出たのだろうか。僕はメリッサの頭を気づかれないようにそっと持ち上げ、自分の膝を動かしてメリッサの頭から脱出し、メリッサの頭の下には代わりにクッションを差し込み、そっとメリッサの頭を下ろす。メリッサはゆっくりと眠っている。まるで僕の苦労などまるで知らないようだ。だが、それでいい。それでいいのだ。それこそが軍人冥利に尽きる。ましてや区憲兵ラ=ブランシュなんて砲兵部隊や戦車部隊、歩兵部隊あるいは艦隊勤務のような派手な仕事では決してなく、警察とその役割がはっきりと分けられてもいない。しばしば警察と間違えられるほどだ。

 それでも、僕がこの仕事をしなくては我が妹・メリッサの寝顔を拝むことなどできやしないということだけははっきり分かるし、それが目的でもある。誰もが崇高な理念を語るが実際はそんな理想論などハリボテに過ぎず誰もが自らの利益、あるいは『こんなにも素晴らしいことをし、人類のために行動している俺スゲー』などといった自己満足や自己陶酔のために行動しているに過ぎない。誰も他人のことなど考えていない。だから僕もそのようにしていいはずなのだが、どうしてもできない。それが辛い、分かっているのにやめられない。


「……アル中かよ」


 そんなことを呟きながら、雑紙を暖炉の中に入れて再び火を強くする。薪を入れて魔法で無理やり火を元の勢いに戻す方法もあるが、気分である。

 ところで火というのは酸素と可燃物に含まれる炭素が反応して起こるものであるらしいが、もし、火も自分で何か考えることがあるとすれば、ただ酸素と炭素を反応させるだけのこの状況に何を思うだろうか。もちろん火はその役目にいっぱいいっぱいで、自分の存在意義など考えることもないだろうが、きっと炎にはなんの希望も持てないだろう。


「あら、アルノース、こんなところでなんの変哲もない火を見つめてどうしたのですか? なんだかジャンヌに聞いていたアルノースとは印象が違うようですが」

 王女殿下は僕の隣にしゃがみ込んでまるで僕が火の中に一体なにを見出していたのかを知りたいと言わんばかりに火を覗き込んだ。いや、火の中を通して僕の心の中を探っているのだろう。

「あなた、私のことをなんだと思って? まぁ、そんなに恐れなくとも、むしろいい方向に印象が異なりましたから」

 なんでだろう、ありがたいお言葉なのに、僕の心が読まれているような気がして心が落ち着かない。

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Charles’s Wain and Charles in the Welkin 鳳至旅人 @arkmilicial

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