Ⅺ
「ねぇ、シャル君……」
先輩が勝ち誇ったような表情を僕に向けてくる。今日くらいは勝たせてもらおうと思っていたのだが、そうは問屋がおろさないとでも言えようか、先輩はいつも僕の思考回路の一段、二段上を行く。もちろん僕も学校の成績やらは決して悪くなく、良い方ではないかと自負しているが、先輩にだけは勝てない。
「屋敷の方に帰ってくること伝えてないよね、ましてや王女殿下がいらっしゃるというのに、なにも屋敷の方は準備していないよね?」
あっ……
「じゅ、準備だなんてそんな……いきなり押しかけたのはこちらの方なのに、実は野宿くらい覚悟していたのですよ? 私は、泊めてもらえるだけでも……」
王女殿下が若干いい子ぶって言うが、春暖かくなるまで居座ろうとしているのだこのお方は。どの口がいうのだろうか。
「じゃあ私、先に屋敷に行って王女殿下のこと伝えておくね!」
そう言い残して、自分だけ魔法で屋敷の方へと先輩は飛んで行った。本当は先輩は客の側なのに……
「なんというか……すごい人ですね」
「そう思いますよね、アリアンヌ。『ロミュの魔女』の二つ名はどこへやら、普段はもっと澄ました顔をして、めちゃくちゃ話しかけづらいのに」
アリアンヌとフィガロ大尉が率直な感想を漏らす。まぁ、確かに、先輩は興味のない人間と付き合おうとしないので周りから見たら冷たい人間に見えるかも知れない。実際はただの人見知りで、話しかけても返事がない時は大抵しょうもないこと考えているのだが。
「殿下、少しお休みになられますか?」
アリアンヌがそう王女殿下に声をかけたので僕も振り返って殿下の様子を伺う。確かにとても辛そうである。この坂は普段から登り慣れていないとやや辛いかも知れない。見た目以上に緩やかではあるが長い坂が続くのである。要するに周りに何もないので実際以上の急坂に見えるわけだが。
「申し訳ありません王女殿下。少し急ぎ過ぎてしまいましたね」
「はぁ、はぁ、私、もう少し短くて急な坂だと思っていたら……はぁ、これが目の錯覚とやらでしょうか」
「だから先輩はいっつも嫌がるのです。絶対に自分でこの坂を登ろうとしない」
「ふふふ、なんかジャンヌ様らしいというか……普段の軍ではどんな感じなんですか? 大体なんとなく察してはいますが、いつも一緒にくっついてるあなたにいっぺん聞いてみたくて」
ほほう? なんか意外。友達が普段働き先でどんな感じなのかって気になるのだろうか……僕は全然気にならないけど。
だんだんと空が暗くなってきた。つい数時間前まで青かった空が、いつのまにかオレンジ色になったと思ったらもう紫になって、あたりは闇に包まれていく。この闇は僕たちがお先真っ暗であることを暗示しているのか、それとも僕たちを闇の中に隠してくれているのか……やめよう。自分でも考えていて怖くなってきた。
「先を急ぎましょう、ひょっとしたら先輩が気を利かせて車を用意してくださるかもしれませんよ?」
結局ほんの少しの希望は叶わなかった。先輩は腕を組んで屋敷の前に仁王立ちしていた。本当にこの人は……追い出してやろうか。
「遅かったわね」
「これで遅かったと思うならば先輩が車を出して迎えにきてくださればよかったのです。そうすれば坂を登る手間がなくなって早く屋敷まで辿りつけました」
「シャル君を信じていたからね!」
ほーら、このなんの曇りもない先輩の笑顔。こういう顔されたら僕はもう断る勇気を持てない。こんな顔をした先輩のお願いごとを僕が断ったことは僕が覚えている限り、ない!
一方でアリアンヌはアリアンヌでこの先輩の尊さに完全に硬直してしまっているようだ。ここにも同志がいたのか。
「シャルル様! ご無事でしたか! ようご無事にお帰りになられました」
屋敷からウィレムが転がりでてきた。ウィレムも歳なのか、少し慌てた様子ででてきた。
「やだなぁウィレム、無事だったらそもそもここに先輩やら王女殿下をお連れしないってば」
「それはそうですが……あ、ポレール王女殿下、お初にお目にかかります。アルノース家執事のウィレムでございます。当家は田舎貴族である上に大変お疲れかと存じますが、王都のことは忘れてしばらくごゆっくりなさってください」
「これはこれはウィレム、どうも丁寧にありがとうございます。しばらく、春が来るまでここでゆっくりさせてもらいますわ。それと、ここにいるのはアリアンヌで王宮でわたくし付きのメイドをしているものです。何かわたくしのことでお困りでしたら彼女にお聞きいただければ構いませんし、普段から雑用に使っていただいて構いませんわ」
「アリアンヌと申します。ウィレム様、よろしくお願いします」
恭しくアリアンヌが一礼する。ウィレムも返す。
「アリアンヌさん、こちらこそよろしく。そうだな、後で私の後継者にあたるのリザを紹介しますので屋敷のことは彼女の指示に従ってください」
「あ、ウィレムさん! 旦那様と奥様がシャルル様と、ジャンヌ様と、ポレール殿下を応接室にお連れするようにとのことです。お茶とかはエルミーヌが、使っていない客間の掃除はサラとロゼットがやるそうです」
そう言いながらリザが出てきた。やっぱり少しずつ丸くなっているような気がするな。
「わかりましたリザ、それではポレール殿下とジャンヌ様とシャルル様はお連れするので、こちらのアリアンヌ、殿下お付きのメイドですが、屋敷の中のことを教えて差し上げて」
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