もし俺の部下になるなら、世界の半分をくれてやろう

黒百合咲夜

どちらを選ぶ?

 ここは、魔族たちの国ヘルヘイム。その中心にそびえる魔王城の魔王の間。

 生き物の骨で作られた紫色の玉座に座るのは、人類と争っている魔王。

 そんな魔王に挑むのは、神の祝福を受けた勇者。それと武道家、僧侶、魔法使いの合計四人だ。

 魔王は、絶対の自信を持っていた四天王を倒してきた勇者たちを素直に賞賛する。


『素晴らしい! 奴らを倒してよくここまでたどり着いた!』

「覚悟しろ魔王! お前はここで倒されるんだ!」


 ようやくここまで来たのだ。負けられない。

 仲間たちも魔王から目を離さない。一挙一動に注意している。

 魔王は玉座から立ち上がった。そして、ゆっくりと勇者たちに近づいていく。

 距離が縮まったところで、魔王の口からあの言葉が放たれる。


『もし俺の部下になるなら、世界の半分をくれてやろう』


 思考が止まった。世界の半分?

 頭を振って邪念を吹き飛ばす。そんなものに騙されてはいけない。

 実際、仲間たちもその提案は受け入れることはなかった。

 勇者も、はっきりと言い放つ。


「俺たちは、そんな誘いに乗りはしない!」


 拒絶の言葉を受けとる魔王。だが、魔王はまだ諦めない。


『よく考えてみろ。いい話ではないか?』

「戯れ言を…!」

『特に勇者よ。本当にいいのか? 魔王軍に入ればモテるぞ? 魔族は美女が多いからな』


 剣を持つ手に込められた力が弛む。モテるの一言には、それだけ抗いがたい魅力があった。

 もちろん理由はある。そう、あれはヘルヘイム潜入前のこと……。


―――――――


 勇者は、軽やかな足取りでお城の廊下を跳ねていた。お姫様からの呼び出しなのだ。

 勇者としての力に目醒め、初めてお城に入った日のことは忘れない。

 初めて見る姫は、息を呑むほどの美しさだった。

 純白の肌。病的なまでに白い肌だが、そこに一切の不健康さは感じられない。そして、白い肌に対する軽いウェーブがかかった金色の髪。

 その姿は、神話の天使そのもの。完全な一目惚れだった。

 懐かしい記憶を思い浮かべ、口元をにやつかせる。そして、姫の部屋の扉をノックした。

 魔王との決戦も近いこのタイミングでの呼び出しだ。これは脈ありではないだろうか?


「どうぞ。お入りください」


 透き通るような美しい声。

 一言挨拶してから入室する。部屋では、姫が二人分のお茶を用意していた。

 椅子に座らせてもらうと、目の前に温かいお茶が差し出された。

 姫も椅子に座り、その口を開く。


「実は、勇者様をお呼びしたのは、お聞きしたいことがありまして……」


 これは、好きな人がいるかと聞かれるのではないだろうか?


「あの、武道家のお兄様は恋人とかいらっしゃるのでしょうか!?」

「もちろん姫さ……今なんと?」


 砕けそうになる心を寸手のところで留めつつ、姫の武道家への恋の相談に乗っていく。

 適当にアドバイスをした後、淹れてもらったお茶を飲みほして退室する。

 目を輝かせてお礼を言われたが、あの輝く視線は暗い心に深く突き刺さった。

 重い足取りで歩いていると、目の前に僧侶の少女が立っていた。


「勇者様? 大丈夫でしょうか?」

「問題ないよ。ありがとう」

「心配です。回復魔法をかけておきますね?」


 優しく微笑んで魔法をかけてくれる彼女。

 魔法の力なのかその笑顔の力なのかは知らないが、暗かった心に明るい光が射し込んでくるのを感じられた。

 今までは意識してなかったが、僧侶のこの子はとても可愛い。

 勇者×お姫様はよくある話だが、勇者×僧侶というのもよくあるのだ。

 この子こそがメインヒロイン。将来の伴侶。

 勇者は、できるだけ爽やかに気遣いの言葉をかける。


「ありがとう。君は必ず守ってみせるから安心して。魔王を倒して明るい世界を見よう!」

「ふふ。ありがとうございます。勇者様に守ってもらえるなら、彼との結婚もできそうです」

「そうだろうそうだろう……今なんて? 結婚?」


 頼む。聞き間違いであってくれ!

 勇者の必死の願いも虚しく、少女は笑顔でのろけ話を繰り広げる。


「ええ。魔法使いの彼と結婚するんです。だから絶対に死ねませんから」


 これで、パーティーの中で勇者だけが一人ぼっちという事実が確定してしまった。


――――――


 ……ということもあり、魔王の甘言が心に染みてしまう。

 だが、自分は勇者。魔王の下に下るなどあってはならない。

 それに、美女がなんだ。世界を救えば彼女の一人や二人すぐにできる。

 必死に自分に言い聞かせ、剣を持つ手に力を込め直す。


「いや、俺はお前を倒して世界を救う!」

『お前……今迷わなかったか? ……それだけではない。給料も今より厚待遇! 年収一千万ウェンを約束してやろう!』


 年収……一千万ウェンだと…!

 またしても迷う勇者。あのケチな大臣よりも太っ腹じゃないか!


――――――


「……これだけですか?」

「これだけだ。これでもかなり払っているほうだぞ?」


 高そうな衣服に身を包み、でっぷりと肥えた巨体を椅子に沈める男は、国の経済を取り仕切る大臣だった。

 彼が勇者に差し出してきたのは、小さな袋に詰まった銀貨。

 さすがに少ないと、勇者は少し意見する。


「俺たちが倒したのはドラゴンですよ!? しかも雑魚じゃなくて大型の! もう少し……」

「ドラゴンスレイヤーの称号を得ただろう? 満足じゃないか」

「それとこれとは…!」

「私は忙しいんだ。これで我慢しろ。魔王のせいで財源の確保が難しいのだ」


 そんな大臣の横では、秘書が今朝届いた金ぴかの壺を磨いていた。

 そんなものを買う予算があるなら、少しくらい報酬をあげてほしい。

 そんなことを言ってしまえば、これからはさらに減額されることが分かっているので、強く言わない。

 結局、ドラゴン討伐の功績に対する報酬とは程遠い額を握りしめ、大臣の部屋を出ていくのであった。


―――――――


 勇者として働いて二年。

 大体年収を計算してみると、約二十万ウェンほどだった。

 魔王が提示してきた一千万ウェンと比べると、それはまさに天と地ほどの差。

 甘い誘いの手が勇者の心に触れ、勇者は危うく剣を落としそうになる。

 魔王は、勇者のようすを見てあと一歩と言わんばかりに記憶を読み取っていく。

 そうして、とある記憶を探し当てた。勝ったとばかりに笑みを浮かべる。


『勇者よ。魔王軍ならば仕事には困らんぞ? 誰かさんが四天王を全員倒してくれたせいで席が四つも空いているからな』


 失職する心配がない!?

 それは、現在の勇者の一番の心配材料だった。

 それくらい、王様から言われた一言は強烈だったのだ。


―――――――


 王の間に呼び出された勇者たち一行。深々と頭を下げる先には、偉い王様が座っている。


「面をあげよ。今日は、諸君らに悲しいことを伝えなければならない」


 そう切り出した王様は、胡散臭い悲しげな瞳を勇者たちに向ける。


「諸君らなら魔王の討伐など簡単なことだろう。これから向かう魔王城の攻略もだ。……問題はその後よな。諸君らをどうするべきか……」

「どうするべき……とは?」

「単刀直入に言わせてもらおう。魔王が倒されれば諸君らの仕事はなくなるのだ」


 確かに、魔王を倒したら勇者の仕事は終わる。その後はどうしよう? 冒険者とか?


「ちなみに、平和な世界に冒険者はいらん。魔王討伐の際には廃止させてもらう」


 もうこれ本格的に将来潰しに来てね? そんなことを思ってしまうほど、王様は容赦がなかった。

 隣では、僧侶と魔法使いがざわついている。そうだ。こいつらも俺と同じ境遇だった。

 失職仲間同士仲良くしていこうと思い、魔法使いの肩を叩こうとしたが、あのケチな経済大臣が手をあげた。


「国王よ。今ちょうど宮廷魔法士の教官が不足しております。魔法使いの彼に任せてはどうでしょう?」

「おお! それはよい! では、騎士たちの教官に……」


 王様…!

 勇者が感激して目元を拭うが、大臣が現実を突きつけてくる。


「あっ! そちらは隣の帝国から先生をお呼びするので必要ないです」

「そうか。……すまないな勇者よ。退職金は出す。普通の暮らしを謳歌してくれ」


 畜生! ふざけんな!

 王様の前だから黙っているが、さっきから怒りが込み上げてきている。

 じゃあなにか? 俺だけ職を失うってか。

 退職金? そんなもの微々たるものだろう。それに、復興として多額の税金を課せられるに決まっている。

 生まれてから勇者として戦う訓練ばかりしてきた男など、平和な世界のどこに需要があろうか?

 勇者は、名誉と退職金とともに、将来の不安を手に入れようとしていた。


――――――


 勇者は葛藤していた。

 現実を取るか。理想を貫くか。

 魔王を倒して帰れば、人々からの感謝の声や賞賛。生涯誇れる名誉と退職金と不安が手に入る。

 ここで魔王の軍門に下れば、待っているのは人々からの罵声や非難。末代まで語られる不名誉な事実と安定した給料と仕事、それに可愛い女の子たちが手に入る。

 仲間たちの視線が突き刺さる。だが分かってほしい。仲間たちは仕事があるが、俺は魔王を倒したら無職になるのだ。迷うことくらいはいいだろう。

 魔王は、なおも心に訴えかけてくる。


『ハーレム……給料……仕事……どれもお前が欲したものではないか?』

「ぐっ…! 痛いところを!」

「そこ迷う!? 答えなんて決まってるだろ!?」


 魔法使いが勇者を揺さぶる。

 答えなんて決まってる? ……確かにその通りだ。冷静に考えると、選択肢などあってないようなものだ。

 魔王は、最後に勇者たちに聞いてくる。


『もし俺の部下になるなら、世界の半分や安定した生活などをくれてやろう』


 僧侶たちがキッと魔王を睨み付ける。


『どうだ? 僧侶よ』

「お断りよ!」

『どうだ? 魔法使いよ』

「断るね!」

『どうだ? 武道家よ』

「冗談! 誰がお前なんかに!」

『勇者は……』


 その時には、すでに勇者は動いていた。魔王にも追えないほどの素早い動きで玉座の前まで移動する。

 勇者の剣を強く握りしめ、その切っ先を僧侶たちへと向けた。


「さあやりましょう魔王様! あの三人を倒しましょう!」

『お前……本当にそれでいいのか…?』


 勇者は、魔王すらも呆れるほどの見事な寝返りっぷりを発揮した。

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