イルカのちいさな博物館

卯之はな

イルカのちいさな博物館


イルカは、じぶんのすみかに せっせとものを運びます。

きゅいん きゅいん と、うたを口ずさみながら

岩の棚に並べはじめました。


棚には、かわいいぬいぐるみ、ふやけた本、おしゃれなかばん。

さまざまなものであふれています。


「おはよう! おしゃれなうさぎさん」


ぬいぐるみにイルカははなしかけました。

返事が返ってこないことなどわかっていますが、

置物に挨拶まわりするのでした。


そしてお気に入りのものを磨きます。


「まるでじぶん磨きをしているみたいだな!」


ひょこっと穴からかおをだしてきたのは、うみへびでした。


「どれどれ、おれにも鏡をかしてくれ。

 うーん! このすがた、

 うごきも繊細でいつ見ても惚れ惚れするね!」


「もう、十分見たでしょ。 うみへびくん」


とりあげると、もとの位置におきなおします。


「それにしても、だいぶコレクションが増えてきたな。 

 博物館でもつくるかい?」


「ただの趣味だよ。 

 こんなすてきなものを作れる人間に、興味があるんだ」


「でも、魚を食ったり捕まえたり、わるいやつらだぜ」


「それはここでもよくあることじゃないか」


イルカはあおい模様をほどこしてある空き瓶を そっととりました。

たいようの光が差しこむところにかざしてみると、

あおの模様がやわらかくかべに映り

一瞬で幻想的なへやに変わりました。

見とれているうみへびに、イルカは言います。


「いつもの海とは思えないでしょ?」


ここにある拾いものすべて、イルカの宝物でした。




「うみへびくんは、何にも見つからないとぐちぐち言い出すからなぁ」


「大物がないと、たいくつなんだよ」


イルカとうみへびは、漂流しているものを

いっしょに泳いでさがしていました。

泳ぎの得意なイルカはうみへびにあわせてゆっくりすすみます。


ふたてに分かれて探索をしましたが、

あかいリボン、片足のくつ、よくわからない工具…

きょうはあまり収穫がよくないので

切り上げようかとうみへびに伝えようとしました。

そのうみへびがなにかを持ってこちらにやってきます。


「おい! おまえを見つけたぞー!」


うみへびが抱いてきたのは、

よく知っているすがたのぬいぐるみでした。


「これ…ぼく!?」


「イルカのぬいぐるみさ!」


イルカのからだはつやつやでしたが、

ぬいぐるみはふわふわと水にゆれる毛をもっていました。

尾は丸みをおびて、かわいらしくなっています。


「これ、ちかくの水族館のものだぜ。 ほら、ここ」


下のタグについてあるマークは、

何度か見に行ったことのある建物のマークとおなじでした。


「こんなかわいく作ってもらっても、

 あそこに捕らえられたイルカは哀れだな。

 ひとを喜ばせるために芸をしたり、媚をうったり。

 おれにはできないね!」


ぽいっと、イルカにぬいぐるみを渡しました。

そのぬいぐるみの目はただのボタンで無機質でしたが、

イルカはそのまなざしがきらいではありませんでした。




イルカは集めてきたものたちに囲まれながらいつも眠りにつきます。

きょうは持ってかえってきたイルカのぬいぐるみをそばにおいて、

目をつむりました。



これを落としたひとは、さみしがっているかな?



イルカはゆめを見ました。



イルカがジャンプしたり、輪をくぐったりしてひとをよろこばせる。


それを見た子どもは、イルカに憧れ 

ぬいぐるみをプレゼントされたものの海に落としてしまう。

沈んでいくぬいぐるみに悲しいかおで背をむける子ども。



そこでぼくはぬいぐるみをくわえて飛びはねる!



たちまち元気になった子どもは、ぬいぐるみを受けとってぼくに…


「ありがとう」



そこでイルカは目を覚ましました。

朝日の光がすきまからこぼれています。


「なんて気持ちのいい朝なんだろう」


すっきりした表情でいいました。

ぬいぐるみをぎゅっと抱えます。

外に出るところで、

ちょうど会いにいこうと思っていたうみへびと鉢あわせしました。


「うみへびくん」


「な、なんだい。 そんな真剣なかおして」


「ぼく、水族館にいきたい」


突拍子もないことをいうイルカに、

うみへびは声をあげておどろきました。

けれどそれも一瞬で、すぐにいつもの調子に戻りました。


「ひとが作ったものが好きっていうより、

 ひとが好きなんだろ? イルカは。

 前からなんとなく気づいてたよ。


 浅瀬にいけば保護してもらえるとおもう、

 ほかの魚たちがそうだったから」


「おしえてくれてありがとう。 でも、ひとりでさみしくない?」


「ん? 置いていってくれないのか?」


うみへびは、イルカの抱きかかえているぬいぐるみを

ちらっとみました。

察して、イルカはめずらしくかわいいことをいううみへびに

渡しました。

くるっとぬいぐるみに巻きついたのをみて、


「うみへびくん。 さみしかったら、一緒についてきてもいいんだよ」


「へっ! おれが行ったらすぐ人気者になれるだろうけど、

 この布っきれで表現できるほど安っぽくはないんだよ! 

 おれはやだね!」


「まぁ、ぐねぐねしてて作るのむずかしそうだしね」


「このフォルムが自慢なんだよ!」


この馴れ合いがさいごだとおもうと、お互いさみしく思いました。

毎日 一緒に海のおとしものを探して、運んで、眺めて…

そんな日々が今あたまによぎります。


「それじゃあ、いってくるね!」


これ以上向き合っていては泣いてしまいそうだったので、イルカは泳ぎはじめました。

その背中を見送るうみへびは、

海中に響きわたる大きな声で叫びました。


「水族館のスターになれよー!!!」





しばらくして。


うみへびの日課であるもの拾いの最中に、

一枚の紙が漂ってくるのがみえました。


興味深げにおもてを見ると、うみへびはにやっと笑いました。



「へぇ、思ったより写真うつりいいじゃん」



ごきげんに紙を口に加えて、イルカの博物館に持ってかえります。


ひらひらとゆれるその紙には、

ちいさくあの水族館のマークがついてありました。



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