エピローグ

 季節は進み、陽射しが熱を帯び、風に新緑の香りを含むようになったある日のこと。

 アリサは外出手続きを済ませ、研究都市のゲートにやってきていた。

 途中何度も立ち止まり、手鏡で前髪を確認したり、プリーツスカートの裾を整えたりする。慣れない制服を着ているため、落ち着かないのだ。

 もっと動きやすい服装も、外出に適した服装も持っている。それでも、この制服で外出したかったのだ。

 カードキーをかざしゲートを開けて外へ出ると、待ち人はすでに来ていた。待ち人はオレンジがかった茶髪を風に揺らし、どこか遠くを見つめていてアリサに気づく様子はない。

 だからアリサはもう一度鏡で前髪をチェックして、それからとびきりの笑顔を浮かべて声をかけた。


「お待たせ、シロウ」

「おう……」


 アリサに気がついてにこやかに手を挙げ、数秒後シロウは固まった。視線は、アリサの着ているものに釘付けだ。

 白のワイシャツに水色チェックのリボンタイ、それと同じ生地でできた膝上五センチのプリーツスカート、紺のハイソックスに黒のローファー。

 今日のアリサは、高校の制服を着ている。しかも、シロウが通う高校のものだ。暑いかもしれないと思ってブレザーは脱いできたから、無防備な感じがして何だか落ち着かなかった。慣れないうちは、制服というのは着崩すほうが気分的に難しいのだ。


「変、かな?」


 あまりにもじっと見つめてくるから、不安になってアリサは尋ねた。聞かれたシロウは、慌てて首を振る。


「変じゃない! 似合ってる」

「よかった。お揃いだね」

「お、お揃いって、それだと同じ学校のやつら、全員おそろじゃねえか」

「そっか。そうだね」


 慌てるシロウがおかしくて、似合っていると言われたことがくすぐったくて、アリサは笑った。

 あの夢の中で大冒険をして健康な身体を手に入れて以来、アリサはよく笑うようになった。やりたいことに身体が追いつくようになったから、自然とどんなことにも面白みを見出しているからかもしれない。


「てか、お前、今日スカートなのか。……それじゃあ、これの後ろには乗せられないな」


 しばらく頬を赤らめてアリサに見惚れていたシロウだったけれど、何かに気がついて困ったように頭をかいた。“これ”というのは、シロウの背後に控える原付バイクだ。


「え? どうして? 今日は後ろに乗せてもらうの、楽しみにしてたのに」

「どうしてって、そりゃ、バイクに乗ると風が強いからだよ」

「風が強いのとスカートがダメなのって、何の関係があるの?」

「……風が強かったらスカートめくれるだろ! 後ろでお前のパンツが見えてるかもしれないって思ったら落ち着かねえよ!」

「ええっ!?」


 パンツと言われて、まだ見えてもいないのに不安になって、アリサはスカートを押さえた。なぜかシロウも照れたように顔を赤くしている。


「スカートだと風でめくれちゃうかもっていうのはわかったよ。でも、どうしてもダメ? だって、せっかくそれつけてくれたみたいなのに……」


 諦めきれなくて、アリサは原付バイクの座席を指さして言う。アリサの記憶違いでなければ、もともと後ろは座席ではなく剥き出しの荷台だったはずだ。ところが、今はそこに真新しいシートが装着されている。


「お前、目ざといな……そうだよ。アリサが乗りたいって言ってたから、シート買ったんだよ。しばらく、お前を遠くに連れてってやれる手段、これしかないからな」


 照れ隠しなのか、シロウは真新しいシートを撫で回しながら言う。

 自分のためだけにこうした改造をしてくれたことが嬉しくて、アリサは嬉しくてたまらなくなった。嬉しいから、なおさら退けない。


「じゃあやっぱり、今日は絶対乗せてもらう! スカートめくれないように気をつけるから! ね?」

「……うーん」


 どうしたものかというように、シロウは腕組みした。でも、こうしてすぐにダメだと言わないときはどうにでもなってしまうということを、アリサはこれまでの経験から知っている。

 だから、許可など求めず乗ってしまうことにした。アリサのために用意されていただろうヘルメットを被り、後ろのシートに腰掛けてしまえば、シロウは何も言えなくなる。


「お前なあ……今日わざわざリュックで来てるのが用意周到だなとは思ってたんだけどさ」


 手を煩わせることなく後部シートに収まっている姿に、シロウは溜息をつくしかなかった。


「調べたら、原付ってあんまり収納ないってわかったから」

「それを調べたんなら、バイクに乗るときスカートはダメだってこともちゃんと調べとけよ」

「だって制服が届いたから、見せたかったんだもん」

「……わかったよ。乗せてやる。でも、駅までだからな。あと、これを着とけ」


 アリサのおねだりに屈したシロウは、自分のフライトジャケットを脱いで手渡した。


「あったかい時期でも走行中は結構寒いからさ」

「ありがと」


 素直にジャケットを受け取ったアリサは、リュックを下ろしてからそれを羽織った。シロウにぴったりのそれは、アリサには大きかった。そのことに、何だかちょっぴり照れてしまう。


「じゃあ、しっかり掴まってろよ」

「うん」


 シロウの腰にアリサがギュッと掴まると、原付バイクは滑らかに走り出した。

 アリサを乗せているからおそらく安全運転だ。それでも、走っているバイクに乗って感じる風というのは他で感じるのとは違い、激しいながらも爽やかだ。その爽快感に、アリサの胸は高鳴った。

 けれども、それも少しの間のこと。

 研究都市と市街地を結ぶために、出入りを管理するゲートのすぐそばからモノレールが走っている。だから、原付で走るのはそこまでだ。

 アリサとシロウの初タンデムは、五分も経たないうちに終了してしまった。


「切符、買えばいい?」


 駅についてアリサは、券売機の前で戸惑うようにシロウを見つめた。出かけるときはもっぱら母の運転する自家用車だ。モノレールに乗ったのもかなり昔の子供の頃のことで、乗るためにどうしたらいいのかということを具体的には知らなかった。


「切符? いいよ、買わなくて。スマホの電子マネーアプリで精算できるから、改札通るときにかざして。で、出るときは指紋認証してピッとすれば決済されるから」

「へえ、ハイテク」

「ハイテクって、俺たち子供のときから普及してただろ。切符なんて、今どきじいちゃんばあちゃんも買わなくて、マニアが記念とか思い出に買うくらいじゃないか?」

「そうなんだ」


 記念や思い出と聞いて、一瞬切符がほしくなった。でも、こうして外出するのはこれが最後ではないし、今後日常になっていくのだと思い直して、アリサはシロウに続いて改札を抜けた。


「今日は何を買いに行きたいんだ?」


 モノレールに乗り込んでも、ふたりは何となく席には座らなかった。以前だったら、ありえないことだった。アリサは席を必要としただろうし、シロウは何をおいてもすぐに座席を確保しただろう。

 そんなこともなく、こうして立って窓の外を見ながら揺られていることができる事実を、アリサはひそかに噛み締めた。


「今日はね、制服の上から着るニットのベストとカーディガンがほしいなって。ソックスは学校指定のがあるのに、カーディガンとかはないでしょ。だから、そういうの揃えたいなって。あとペンケースとか文房具」

「そんなの、ネットで頼めばいいだろ。そっちのほうが何だかんだ選択肢多いし、ものによっては一日経たずに届けてくれるんだから」

「……実物見たいし、シロウと一緒に選びたかったんだもん」

「わかったわかった」


 胸の前で手を合わせて「ごめん」の仕草をするけれど、いまいちすまなさそうではない。それが気に入らなくて、アリサはふいっと視線をそらして再び窓の外を見る。

 高架を走るモノレールから見る景色は、初めてのはずなのに初めてではなかった。あとどのくらい進めば目的の駅について、そこからどう歩けばショッピングモールにたどり着くのかということも、アリサは知っている。


「夢の中でモノレールに乗ったんだけど、すごくよくできてたよ。車内の様子もそうだし、窓から見える町並みとか、ほとんどそのまんまだった」

「それってあの、学校に行ってる夢だろ? ルイの夢の庭じゃないから、アリサの親父さんがよく作り込んでたってことだろ」

「うん。たぶん、私がいつあっちで生活するようになってもいいようにって考えてたんだと思う」


 アリサは、夢の中での学校生活について思い出していた。ほんのわずかな時間だけれど、チカとホナミと過ごした時間のことを。

 ユウダイの計画に乗った彼女たちは、今もあの仮想現実の世界で生活している。仮想現実というより、むしろ向こうのほうが彼女たちにとっては現実なのかもしれない。


「今日、お花屋さんにも寄っていい?」

「花? おつかいか?」

「ううん。チカとホナミ……向こうで友達になった子たちに、今度お見舞いに行こうと思って」

「お見舞いって、どこにいるのか知ってるのか?」


 驚いた様子のシロウに尋ねられて、アリサは頷いた。


「お父さんに聞いたら教えてくれた。私と同じで、研究都市にある病院にそれぞれ入院してるって。連絡先も聞いたから、もうメッセージのやりとりはしてるんだ」

「そっか。そういうところまで話は進んでるんだな」


 シロウはアリサに気遣わしげな視線を向ける。その理由がわかるから、アリサは苦笑した。


「私もね、最初は関わり合いを持たないほうがいいかなって思ってたの。チカは事故で半身不随、ホナミは生まれたときから多臓器不全でずっと人工臓器に繋がれて生きてる。かたや私は病気を克服して、もうすぐ自分のこの身体で学校に行こうとしてる。そんなふうになったのに関わり合いを持つなんて、あの子たちは嫌がるかもなって」


 おそらくシロウが指摘したかったことは、アリサ自身も悩んだことだった。夢の中で出会ったときはアリサも病気だった。でも、健康体になった今、親しくしたいと思うのを彼女たちに拒絶されるのではないかと悩んだのだ。


「裏切り者って思われちゃうかなとか、嫌がられたらどうしようって気持ちがすごくあったんだけど、いろいろ考えた結果、それでも知らんぷりするのは違うなって思ったの。ずっと病気で、今は健康になった私だからこそできることがあるはずだって」


 そんなことを話しているうちに、モノレールは目的の駅にたどり着いた。

 アリサは駅から出て、記憶の通りに歩いていき、ショッピングモールへとやってきた。こうして迷うことなく歩けるのは、ユウダイが街を綿密にリサーチし、仮想空間でそれを丁寧に再現したからだ。

 フロアガイドを確認して、ふたりはまず雑貨店の並ぶフロアの花屋を目指すことにした。


「花束とか作ってもらうの?」

「ううん。結構前からお見舞いの品でお花を持ってくるのを禁止にしてる病院も増えてるから。生花じゃなくて、お水換えとかの必要がない、長く楽しめるお花にしたいなって考えてるの」


 そう言ってアリサが指差すのは、可愛らしい瓶に入ったハーバリウムだ。他にも箱に花を敷き詰めたボックスフラワーや籠に寄せ植えのようにして生けてある花もあったけれど、多種多様なハーバリウムを見ると心は完全にそれに決まってしまった。


「お前も、入院生活のときにそういうものがほしかったのか?」


 ためらいがちにシロウは尋ねる。おそらく、そういったものを見舞いにもってきたことがないのを後ろめたく感じたのだろう。


「まあね。でも、シロウは銃の図鑑とか持ってきてくれたからいいの。面白かったし。ただやっぱり入院生活が長いと、病室が自分の部屋みたいなものでしょ? だから、愛着を持てるものとかこだわりのものとかを置きたくなるんだよ。こういうのは、たぶん長く入院したことがある人じゃないとわからないと思うけど」


 言いながら、アリサはハーバリウムを選んでレジに向かう。チカにはオレンジ色のもの、ホナミには青色のものにした。


「病気だった私だからこそ、今もまだ苦しんでる人たちと外の世界を繋ぐ架け橋になれるんじゃないかって考えたんだよね。だから、チカとホナミと交流を続けていきたいし、週に二回は向こうに行こうかなって考えてるんだ」

「え?」


 店を出て、アリサは決意を口にした。夢から戻ってきて約二ヶ月、いろいろ悩んで決めたことだ。こうしてシロウに驚かれることも、もちろん想定済みだ。


「せっかくふたりでウイルスを倒して健康体になったのに、なんで夢の領域にいくんだって思うんでしょ? でも、健康体だからこそ、行くべきだと思うんだ。私は、向こうに現実を持ち込む存在になりたい」

「現実を持ち込む?」

「そう。こうやってお店の中の細かなこととか、外の空気とか、きっと足りない部分があると思うんだ」


 ユウダイの作った仮想空間に少しの間だけでも滞在したアリサだから、わかることがあった。ユウダイの作った空間には、いろいろと足りないところがあった。


「お父さんさ、私に見せたくない場所とか寄らせたくない場所とかは絶対に夢の中に作らないよ。事実、夢の中のショッピングモールはメンズフロアがごっそりなかったし」

「……おいおい。すごい執念だなあ。その理由、あんまり考えたくないなあ」

「考えるまでもないよ。シロウは夢の中のショッピングモールに来られないし、ついでに言うと男子禁制なんだと思うよ」

「やっぱりなあ。……でも、オヤジさんの気持ちもわからんでもないけどなあ」


 シロウは夢の世界で自分が門前払いされているという事実にショックを受けながらも、ユウダイの考え方に同調する部分もあるようだった。それゆえ、複雑そうな顔をしている。


「私は、過保護なのはよくないと思うな。お父さんは私が雨に濡れるのが可哀想だと思ったら、夢の世界に雨を降らせないよ。でも、あの世界をこちらの世界と同等のものとして、生き直すに足る場所にするためには、雨の中で傘をさして歩く経験も、誰かと肩を寄せ合って一本の傘に入る経験も、軒下で雨宿りする経験も必要だと思うの。お父さんが与えたくないものを除外するってことは、そういう経験をする機会が奪われてるってことだよ。だから私は現実と夢の世界を行き来して、おかしなことはどんどん指摘して、夢の世界をより現実に近いものにしていくための手伝いをしようと思ってるの」


 アリサは、プレゼント用のラッピングをしてもらったハーバリウムの入った紙袋をギュッと抱きしめて言った。アリサのしようとしていることは、夢の世界をより現実に近づけるということは、チカやホナミのような人たちへの贈り物になると考えている。


「そういうふうに考えてるなら、俺も反対はしないかな。てか、俺もそういう気持ちで協力しようと思ってるし」 

「協力って?」


 アリサが首を傾げると、シロウはどこか得意げな様子で笑った。何かとびきりのことを隠しているときのような、そんな顔だ。


「俺、アリサを助けるためにオヤジさんの研究を利用して、言ってみればルイの夢の庭に不法侵入しただろ? あのときの技術とかの応用研究をしてみないかって、声をかけられてるんだよ。……ま、半ば強制的になんだけど。協力するならアリサの病室のベッドの下に一晩いたことを不問にするって」

「あ……やっぱり、そういうことなんだ」


 シロウはアリサを助けるために、かなりの無茶をしてくれている。それはユウダイの研究データに不正にアクセスすることから始まり、病室に一晩滞在するための防犯カメラの映像の改竄などにも及んでいる。

 そのことをユウダイに知られているからには当然、無事では済まないとは思っていたけれど、まさか脅されて研究に協力させられることになるとはアリサは予想していなかった。


「お父さんの研究に協力するって、めちゃくちゃこき使われるよ? お父さん、自分が超人的に身体が丈夫だからって周りにも同じこと要求するよ?」


 お目当てのファンシーショップに入ったにも関わらず、アリサはほしいものを選ぶどころではなかった。変態的に研究馬鹿な父にシロウがひどい目に遭わされるのではないかと、心配でたまらない。


「それはさ、俺も身体を鍛えるとか何とかで乗りきっていくよ」

「マッチョになるのはやめて」


 腕を曲げて力こぶを作ってみせるシロウを見て、アリサは頬を膨らませた。パステルカラーで統一された可愛らしい店内を背景にしても違和感のない幼馴染の姿が、研究者よりもスポーツ選手に見えるような父の姿に近づいていくのを想像して、ぶんぶんと首を振って打ち消す。


「マッチョになるのやめてっていうけど、身体は鍛えとかないとって、ジャバウォックと戦ったとき、めっちゃ思ったんだよ。じゃないとさ、夢ん中でも現実でも、お前のこと守ってやれないから」

「守るって……そんな危険なこと、そうそうないよ」


 頼もしいシロウのセリフに不覚にもときめきつつ、アリサは彼に内緒にしているもうひとつのことについて考えていた。


「まあ、普通に現実を生きてるなら、危ないことなんかそうないだろうな。でも、アリサは危険なことでもなんでも首突っ込んでいくだろ? だから俺は頑丈に、強くならなきゃいけないわけだ」

「……お父さんから何か聞いてるの?」

「聞いてなくても、アリサの考えそうなことなら大体わかる。――自分の夢の世界を拡張して、それを人助けに使えないかって考えてるんだろ? 自分に力があるならそれを人のために使えないかって、お前なら考えるだろうと思って」

「そんな大層なことじゃないんだけど、ルイだけじゃなくて私にもそういう力があるんだって思ったら、使ったほうがいいのかなって。それに、一度夢の世界を知って、その後それを忘れて生きていくのは難しいよ」


 アリサは色とりどりの文房具を見るともなしに眺めながら、夢の中での高揚感について思いを馳せていた。

 こうしてたくさんの可愛らしいものを前にしてときめくのと同じように、夢の中で過ごした時間のことを思い出すと胸が高鳴るのだ。ジャバウォックと戦ったときは必死だった。それでも、それ以外のただフィールドを歩き回ったり美しい景色を見たりするのは、忘れられない感覚なのだ。


「そういうのは、やっぱりあるだろうな。むしろ、現実よりあっちの世界のほうが居心地いい人たちもいるからさ。ルイがその代表だけど。だから、俺は夢の世界を求める人たちがより充実して過ごせるように、研究をしていきたいって思ってるわけ」

「技術が進めば、ずっと向こうに入り浸りって人も出てくるんだろうね……」


 それはどんな感覚だろうかと、アリサは想像してみた。

 ルイの夢の中は、それこそ夢と呼ぶに相応しく抽象的で幻想的で、不思議な世界だ。ユウダイが作った街はそれよりかは現実的だけれど、取捨選択されて作られているから断片的だ。そしてアリサの夢はとりとめなく、突拍子もない。

 そういった場所をたまに訪れるならまだしも、日常を過ごす場所に選ぶという選択が、まだアリサにはできそうになかった。だからこそ、充実させねばという思いもある。


「ねえ、シロウ。この中から一本買うならどれがいい?」


 アリサはシャープペンシルを五本ほど選んで、それをずらりとシロウの目の前に掲げて見せた。どれもさりげなくキャラもので、男女問わず持ちやすいデザインのものばかりだった。


「なんだ、突然。んー……俺は、これ」

「じゃあ、私はこれ。学校で使うから、シロウも使ってね。プレゼントするよ」

「学校で? ……ってそれ、おそろいアピールってやつか?」

「そういうこと!」

「な、何で?」


 たかだかペンを一本おそろいにすると言っただけで、シロウは顔を赤らめている。そういうすぐに照れてしまうところが可愛らしくて、改めて好きだなとアリサは思う。

 そして、この何気ない瞬間を、とても愛おしく思った。


「だって、現実世界はゲームじゃないから、そういうイベントは適宜自分で設定していかなきゃと思って。これは、誰かが私たちがおそろいのものを持ってるのに気づいたときに『え? あのふたりって付き合ってるの?』って騒ぎになるイベントに必要なキーアイテムね」

「イベントって何だ、イベントって!? そんなの、普通に付き合ってるって言えばいいだろ……」

「言っていいの?」

「……いいよ。てか俺、放課後とか遊びに誘われたの断るときに『彼女のお見舞いに行く』って言っちゃってたし」


 思わぬ秘密を白状して、シロウの顔はますます赤くなる。その内容が嬉しかったのとシロウがあまりにも照れるのがあいまって、アリサの頬も赤くなった。


「……こういうの、すごくいいね」


 幸せを噛み締めてアリサは言った。

 今までは、シロウと一緒にいるのにどこか後ろめたさがあった。優しくされるのも何かしてもらうのも、病気を盾に彼の善意を引き出していたような気がしていた。

 でも、今はそんなことはない。健康を手に入れた身体はどこまでも自由で、だからシロウを縛ることもなくなったと思えて心が軽い。


「制服で寄り道、してみたかったんだもんな」


 アリサの喜びを分かち合って、シロウも優しい顔になる。


「やりたいこと、いろいろあるよ。シロウとね! これからはどこへだって行けるし、何だってできるんだよ」

「そうだな。いろんなとこ行って、いろんなことしよう」

「じゃあさ、また私の夢の世界にも行ってみようよ! フィールド調査しよう」


 何だってできると思うと嬉しくて、わくわくして、その気持ちが溢れ出してシロウの腕に抱きついた。


「フィールド調査ねえ。また怖いのが出たらどうするんだ? アリサの脳みそ、意外とおっかないもんが詰まってるんだなってわかって、俺は結構怖かったぞ」

「そしたらまた、ふたりで倒そう? かっこいい銃火器、いっぱい出すし」

「ん……そうだな。ま、今はとりあえず買いたいもの買ってこいよ。どこにだって行けるけど、現実だと門限があるからな」

「うん!」


 シロウと腕を組んだまま、アリサは歩きだした。

 これからふたりは、どこへでも行けるし、何だってできるのだ。それは現実世界でも、夢の世界でも。

 自由だからこそできることを噛み締めながら、ふたりは仲良く生きていく。



〈了〉

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アリサ イン マッドドリーム 猫屋ちゃき @neko_chaki

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