第十九階、不遇ソーサラー、鉄壁を崩す


 分厚い本を抱えてジュナが登録所にやってくる。当たり屋め、やっと来やがったか。待ちくたびれたぞ……。


 気が付けば外は真っ暗でそれだけ待たされた格好なわけだが、こいつにとっては最後の夜だと思うと何故か許せる。しかし、なんかどっかで食事でもしてきたんじゃないかと勘ぐる程度には遅かったな。仲間がピンチかもしれないってのに薄情なやつだ。もうとっくに死んでるけど……。


「――遅くなりました」

「もー、ジュナったら……」

「エルミスさん、一ついいですか」

「ん? 何?」

「ローザさんはまだ帰ってきてないのですよね?」

「ああ、うん、そうだけど?」

「そうなると、通り魔にやられてしまった可能性もあります。もしかしたら相手は複数かもしれません。エルミスさん、あなたは遊びすぎる傾向があるので、スキル構成を確認させてもらいますね――」


 まずい。固有スキルを見られるわけにはいかないのに。


「――ねえ、ちょっと!」

「ん、エルミスさん、この方は?」

「あ、この子ね、私の古い知り合いでエリナって言うんだけど、この子も一緒に行ってくれるから大丈夫! 凄く強いんだよ」

「そうなのですか」


 パーティーを組んで固有スキルを見せてやると、ジュナはしばらく無言になっていた。


「【反射】ですか。これは素晴らしいですね、これなら多少遊んでも心配はいりませんか」


 よし、助かった。かなり危なかった。エリナが機転を利かせてくれたおかげだ。俺に向かって得意げに親指出してる。ちょっと予定は変わったが結果が良ければ問題ない。




 ◆◆◆




 ジョブをアーチャーに戻してパーティーを組み、早速ダンジョンに潜ると、中は午後8時という時間帯のせいか結構賑わっていた。この分だと人気狩場の地下四階層は牛より人でごった返してるだろうな。


「ローザ、どこに行ったのかな」

「エルミスさんなら知っていると思ったのですけれど?」

「え?」

「普段からよくつるんでますし。少なくとも私よりは」


 そういや、ジュナって見た感じあんま喋らないみたいなんだよな。俺が知ってなきゃ絶対おかしいみたいな空気が漂ってて気まずい。


「それが、行きそうなところは探したけどどこにもいなくて。あえて、私の知ってそうな場所を避けてるのかなって」

「なるほど。でも地下六階層はまだですよね。近接職でもない限り、1人や2人で行ける場所じゃありませんし」

「あ、うん」

「あそこにいるかもしれませんよ」

「えー!」

「ローザさん、最近はよくあそこでヴァイオレンスを使って範囲狩りしているそうですから。知らなかったのですか?」

「あ、うん。そういやそんなこと言ってたような」


 ファイターだしどう考えても物理系のスキルだが、範囲攻撃なら多分当たらないのが多くてもあれだけ蛆の数がいると当たるのも多いってことなんだろうな。敵を容易に振り切るスキル、エンジュアを持ってるし蛆の群れに突っ込んで【先制攻撃】でヴァイオレンスを使い、すぐ階段に戻ってポーションを飲むやり方を繰り返してそうだ。あの大量のLEPならそれも可能だろう。


「それじゃ、そこ行ってみよう!」

「なんだか楽しそうですね、エルミスさん」

「だ……だって、そんな話聞いたら、絶対ローザそこにいるもん。生きてるって確信できたから嬉しくて!」

「なるほど」


 認めたくはないが、ジュナは三馬鹿の中じゃ賢いほうなんだろう。あまり余計なことは喋らないほうがよさそうだ。ただ、これで遠慮なくジュナの処刑場に行けるからニヤニヤが止まらなかった。


 いわゆる蛆エリア前の階段に到着する。さすがにこの辺になると冒険者の姿もめっきり減ってくる。


「――あれれ? いないみたいだよ?」


 わざとらしく慌てた振りをして階段を駆け下り、通路の前に立つ。


「その辺にいるかもしれませんよ」


 ジュナとエリナが一緒に下りてくる。いよいよだ。


「あ、ジュナ、見て! あそこにローザが!」

「どこです?」

「ほら、もっと近くに来て、あそこ!」


 ジュナの背後に回り込み、パーティーを抜けるとジョブをソーサラーに切り替えた。


「インビジブルボックス!」

「はっ――」


 透明な箱に入ったジュナの体を思いっ切り押すと、あっという間に蛆に集られてしまった。


「サモンイグニス!」


 黄色の目を持った火の玉が現れる。これが火の精霊だ。


「フレイムウォール!」


 階段に戻れないように火の壁を縦に置くのも忘れない。いつもより分厚い感じだ。火の精霊のおかげだろう。


「エリナ、ヒールを」

「大丈夫みたいよ、ほら」


 おいおい、エリナのパーティー情報からLEPを見てみたが、全然減ってない。さすが【鉄壁】だ。


「考えましたね」


 ジュナが口を押さえ、蛆を振り払いつつ立ち上がる。


「通り魔だったのでしょうが、まさかメンバーに扮していたとは」


 なるほど。まあ普通そう考えるだろうな。


「マジックエナジーストライク!」


 試しに魔法系スキルを使ってみたが、ジュナはMDEFも高いせいかほとんど通じない。てか俺も食らってるし、なんでだろうと思ったら【反射】を持ったエリナとパーティー組んでるからか。しかしさすがはジュナだな。物理だけじゃなく魔法対策も充分ってわけか。


「効きませんよ、そんなの。このまま耐えていれば、必ずパーティーが通り私は助けられます。そのときに地獄を見るのはあなた方です。ヒール!」


 塵も積もればなんとやらでせっかく半分くらいまで減ってたのに全快してしまった。まあこのままだったら確かにそうかもしれない。ああ、焦るなあ。焦るよ。ポーションを飲みながら一息つく。


「こんなもの……ヘイスト!」


 火の精霊も出してるし【効果2倍】だし滅茶苦茶熱いだろうに、ジュナのやつ火の壁の中に入ってきた。蛆たちが後ろから追いかけてきて、どんどん蒸発している。


「今のうちですよ……。これを消しなさい。今ならまだ許します……ヒール!」


 顔をしかめながらも俺たちのところまで行こうと必死だ。それにしてもあのローブ、なんで燃えないんだろう。高価なものなかに絶対凍ったり燃えたりしない装備ってあるみたいだし、結構な値段のものなんだろうな。このままじゃこっちに来られちゃう。ああ、どうしようどうしよう。さて、遊ぶのはこれくらいでいいか。


「エリナ、パーティーから抜けてくれ」

「うん」

「――エレメンタルブレス!」


 これがスキルレベル2でもかなり強烈で、ジュナの560あるLEPはごっそり減っていくはずだ。


「ひっ……ヒールウゥ!」


 ジュナ、すげー声が震えてたな。お、股間が濡れてきた。さすがにびびったか。


 エレメンタルブレスは全部で5回攻撃なんだが、高いMDEFであっても一発で100くらい減ってると思う。しかもフレイムウォールの中だから生きた心地がしないだろう。一応大魔法に次ぐ中魔法の【効果2倍】だからな。小魔法のマジックエナジーストライクと比べちゃいけない。


「お願いです、通り魔さん。なんでもするから許してもらえませんか」


 もうジュナが折れてしまった。いくらなんでも早すぎだろ。


「俺はな、通り魔じゃなくてクアゼルっていうんだ」

「え……」


 大体みんな似たような反応だ。まあすぐには信じられないか。


「ほら、よく見ろ。【転生】ってスキル見えるだろ」

「そんな、まさか……」

「エレメンタルブレス!」

「ヒールウゥ……! ま、待ってください。クアゼルさん、本当に申し訳ありませんでした」

「謝るだけか?」

「ヒール! 私の体なら、貰っていただけるならいくらでも……」

「よし、それなら貰おう。まず全裸になれ」

「こ、ここで……?」

「エレメンタル――」

「――わかりました、脱ぎます」


 本当に全部脱ぎやがった。はしたない聖職者だ。胸は大きいがアソコはほぼ無毛だった。


 こいつのLEPとMEPはエリナのパーティー情報から確認済みだ。もうヒールすらできなくなりつつある頃だろう。


「ぎぎ……早く、早く火を消してください」

「じゃあ、目を瞑って口を開けろゴミクズ。なるべくエロくな」

「はい」


 そこでお望み通り火を消してやる。


「――ごぽっ!?」


 火が消えたことで溜まりに溜まった蛆が襲い掛かり、どんどんジュナの口に入っていく。最初からこれが狙いだ。倒れた拍子にアソコに無理矢理入っていく蛆もいて笑った。


「げぽお! だじゅげでええええ!」


 ジュナ、お腹膨れてきてるぞ。いつの間に妊娠したんだ。って、まずいな。内部からだと【鉄壁】の効果が効かないのかもうすぐ死にそうだ。


「ヒール! これでいいんでしょ!」


 エリナ、ナイスだ。俺が喜ぶことをよくわかってきている。あー、いい眺めだ。お腹が見る見る膨らんできて、そろそろゴミクズらしく蛆を大量に出産しそうだ。もういいだろう。


「エレメンタルブレス!」

「――ぷぎっ」


【鉄壁】が欲しいから最後は俺が破裂させてやった。

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