鳥が渡るように
春になったら、鳥が渡るように君に会いに行きます。
「ただいま~。」
「おかえり~。コータ、礼子さんから届いてるわよぉ。」
「あ、うん、そこ置いといてぇ。」
「も~、そんなこと言ってると、お母さん開けて読んじゃうわよぉ。」
「わ、わわわっ、ダメ、ダメって!」
「はははっ、そんな顔するんなら初めから取りにくればいいのに。」
高二になってすぐ、職員室前の掲示板で『文通、してみない?』という張り紙を見つけた。
その『文通』というノスタルジックな響きにひかれ担当の気心知れた国語教師に話を聞くと、とかく「学校」という閉鎖的な人間関係に陥りがちな学生たちに、外の世界との繋がりを持たせ、知見を広げより良い人格形成に生かすために始まった取り組みなのだ。と、説明を受けた。
「あの・・・相手の人って・・・?」
「ん?あぁ、相手の人はねぇ、ボランティアの人がやってくれてるんだけど・・・あ、ちゃんと教育委員会が仲介するから、何かトラブルがあってもシッカリ対処するわよ。」
「リクエストなんて・・・出来ないですよ、ねぇ?」
「え?『金髪スレンダー美女』とか?」
「はっ?そ、そんなん求めてないですけどっ。」
「はははっ。一応ねぇ、大まかな年齢層と性別は、希望が出せるようになってるわよ。」
「そうなん・・・ですねぇ。」
「えぇ。どう?やって、みる?君なら先生胸を張って推薦できるけど。」
「ん?」
「だってほらぁ、君は年のわりに落ち着いてる・・・っていうか、最近の『我慢の出来ない子』なんかに比べるとちゃんとしてるからさぁ。」
「ん~?素直に『ジジ臭い』って言ったらどうなの?」
「ははっ、そこまでは言わないけどさぁ。まぁ、君がトラブルの元になることは無いだろうと思ってね。」
「そうれは・・・そうでしょうけど。」
「うん。じゃぁ、希望は『年齢の近い女性』ってことで、いいのかしら?」
「え、えぇ・・・はい、お願いします・・・。」
「はい。じゃ、エントリー用紙持ってくるわね。」
そんなきっかけから、僕は『礼子』という女性と文通を始めた。
「それにしても、この時代に文通とはねぇ。今の子はだいたい『ケータイでヒョイ』じゃないのかい?」
「そ、そんな『時代遅れ』みたいな言い方しないでくれよ。」
「ははっ、そうは言わないけどさ・・・まぁ、風情があって良いんじゃないのかい、我が息子にしては。」
「ん~・・・その顔は、絶体バカにしてる。」
「あらぁ、母さんそんな顔してるかい?はははっ。」
「も~、そんな事より腹減ったぁ。」
「まぁ~、あんた口を開きゃぁ二言目には腹減った腹減ったってもう・・・よいしょ、じゃ仕方ないから夕飯の支度でも始めますかねぇ。」
彼女は静岡、僕は東京。自己紹介から始まり、身の回りのこと、友人のこと、取り留めのない話、台風の被害状況の報告・・・等々。当初は仲介人を通してのやり取りだったが、お互いの同意と教育委員会の審査を通ってからは直接やり取りをするようになり、お互いに好きな事を書き合って『週に一往復』のやり取りを、かれこれ一年近く続けているのだった。
そんな彼女が、会いに来る。
春の日。上野公園。会ったことはないけれど、以前送り合った写真でお互いの容姿は分かっている。
「コータ・・・くん?」
待ち合わせ時間を少し過ぎた頃、後ろから声がした。振り向くと、写真の中と同じ弾けるような笑顔の彼女・・・礼子さんが、そこにいた。両足を引きずるように、松葉杖を突いて。
「れ、礼子・・・さん?」
「あぁ、やっぱりぃ。写真とおんなじ~。」
「れ、礼子さん?どどど、どうしたんです?この・・・あ、足・・・。」
「あ、あぁ。へへっ、ビックリした?」
「あ、も、び、ビックリも何も・・・あぁ、とりあえず座りましょう。」
「あ、うん。ありがと。」
そばのベンチに座らせ、自分もその隣に座る。
「あの・・・礼子さん、これは・・・。」
「その前に・・・君に謝らなければいけないことがある。」
「え?」
自然と、手紙の中と同じように『礼子さん』『君』と呼び合っていた。
「君に送った写真なんだけどさぁ。」
「あぁ、これですか?」
すぐに出せるように、胸ポケットに入れていた。
「うん、それ。それね、実は三年も前の写真なんだぁ。」
「そう・・・なんですか?」
「うん。へへっ、ごめんねぇ『最近の写真を』って事だったけど・・・。」
「いえ、あの・・・。」
「でね。その写真撮ったちょっと後に、私ひどい事故に遭ってねぇ。」
「そう、だったんですね・・・。」
「うん。あとで聞いたら『私よく生きてたな~』って事故だったんだけど・・・」
自分の身に起きたことを、まるで他人事のように話す彼女。
「それからしばらくは寝たきりで、車椅子になって、お医者さんからは『一生車椅子かも・・・』なんて脅されてたけど『そんなのヤダぁ~、絶対歩いてやる~』ってリハビリ始めて。それがま~大変でさぁ、きつくてさぁ・・・そしたらある時ボランティアの人がさ『こんな取り組みがあるんですけど』って紹介してくれて・・・うん。なんでも、私みたいに長くリハビリに取り組んでる人とか、闘病生活を送っている人とかを孤独にしない為に、外との繋がりを持たせるってのが目的らしくて・・・あぁ、最初はさぁ『そんなん同情されるだけだからヤダ』って思ったんだけど、聞いたら『身の上は話さなくても良い』って言うから『あぁ、それならいいかなぁ』って、どうせ暇はあるんだし・・・」
なんだか僕が聞いた話と違う気がするけど・・・まぁ、いいか。
「で、君に出会って・・・ん?巡り合って・・・かな?ん~まぁいいやっ。でね、君と『文通』なんて古めかしいことを始めて・・・ね。」
なんでこんなにも明るいのだろう、この人は。
「ふふっ、『古めかしい』って・・・。」
「あ、やっと笑ってくれたぁ。ふふ~ん。でね、こうやって何度もやり取りしてるうちに『そうだ、この子に会いに行くぞ~』って目標ができてねぇ。」
「あぁ、それで・・・コレですか?」
礼子さんの写真の裏には、
春になったら、鳥が渡るように君に会いに行きます。
と書かれている。
「うん。我ながらカッコイイこと書いちゃったなぁ・・・ははっ。」
「そうだと、知っていたら・・・。」
「ううん、違うよ。私が君に会いたかったんだから。君がいなかったら、諦めてたかもしれないし・・・それに、ホントなら二本足で来たかったくらいなんだから・・・ま、見ての通り間に合わなかったけど。」
松葉杖をカンカンと鳴らしながらニヒっと笑った明るい表情に、彼女の人間的な強さを感じた。
「だから、ごめんねぇ。きっと、いろいろ案内しようとプランを練ってくれてたんじゃないかと思うんだけどさぁ・・・この状態じゃぁ、人混みはちょっとねぇ。」
「いえ・・・あ、はい・・・。あの、アメ横食べ歩きとか、考えていたんですが・・・。」
「あぁ~、食べ歩きぃ・・・。」
悔しそうに天を仰ぐ彼女。
「ふふふっ。あ、じゃぁ今から行って何か買ってきましょうか?こっからすぐですし。」
「ううん、大丈夫。それに・・・ダメだよっ、こんなところでレディーを一人にしちゃぁ。」
人差し指をピシッと立て、目の前に突き出してきた。手のアチコチにマメやらタコやらができている。
「あ・・・ぁ、はい・・・。」
「ふふっ。ねぇ、せっかく上野来たんだから動物園行こうよ~。」
「え?動物園?」
「うん、ダメ?」
「ダメじゃ・・・無いですけど、あの・・・結構、歩くことになりますよ?」
「うん、大丈夫。」
「ホント、に?」
「うんっ。歩くのもリハビリのうちだからねぇ。」
「そういう、ことなら・・・えぇ、はいっ。じゃぁ、ゆっくり見て回りますか。」
「ふふ~ん、やったぁ~。」
「え~っと、まずは・・・コッチからの、こうかな?」
窓口でもらった園内マップを広げながら順路を探る。
「え?パンダ行かないんですか?」
「え~、パンダぁ?」
「見ないん、ですか?」
「え?見たいの?」
「えぇ、せっかくですから。」
「あんな、いつも寝てるだけのヤツをぉ?」
「え・・・でも、パンダですよ?」
「も~、動かない動物なんて写真で見ても同じじゃない。」
「あぁ~・・・。」
「ね?だからコッチから、はいっ地図持って~。」
「あぁ、はい。」
とりあえず園内を大きく一周し、気に入ったところをもう一度集中的に見る。というプランになった。
象を眺め、クマの前をゆっくり通る。園内は意外と起伏がある。
「結構、アップダウンがありますねぇ。」
「ねぇ。もっと平らかと思ったのになぁ。」
「少し、休みますか?」
「ん?まだ平気っ。それに、まだちょっとしか歩いてないじゃん。」
「そうです、けど・・・。」
「うん、だから大丈夫。で、次はどっち?」
「え~っと、こうだから・・・コッチ、ですね。」
トラの前を過ぎると、彼女の目の色が変わった。
「ゴリラ・・・。」
大きな体に似合わぬ優しい眼差しが、こちらを見ている。
「ゴリラぁ・・・。」
それをキラキラとした表情で見る彼女。
「う~んっ、やっぱりゴリラよねぇ。」
鼻息荒く、興奮気味。
「礼子さん?」
「うんっ、やっぱりゴリラはいいわよっ。」
「ふふふ。ふ~ん・・・礼子さんは、ああいいう男が好みなんだぁ。」
「ん?そ、そういうわじゃないけど・・・ま、まぁ、男は強くて優しくなくっちゃ、ねっ。」
「ん~、それを言われてなんて返せばいいんです?僕なんて強くも優しくも無いんだから。」
「ん?ふふ・・・君は、分かってないなぁ。」
「へ?」
「ふっふっふ・・・。君は・・・分かってないなぁ。」
首を横に大きく振りながら、勿体つけたように言う。
「も、もう・・・ほ、ほらぁ次いきますよぉ。」
「え、え~っ。もうちょっと見ようよ~、ゴリラぁ。」
「ダ~メっ、行きますよぉ。」
「え~っ。」
時折見せる、この子供っぽい表情。
「もう、じゃぁ後でまた見に来ましょう。」
「ホントっ?やったぁ~。」
サル山の前で、ひと休み。
「コーラでいいですか?」
自動販売機で飲み物を買う。
「えぇ?コーラぁ?」
「あ、嫌い・・・ですか?」
「そ、そうじゃないけどさぁ・・・。じゃぁ君は、目の前で女性が大きなゲップをするのを見たいかい?」
「あ、あぁ・・・それも、そうですねぇ。」
「ねっ?」
スポーツドリンクを二本買って、ベンチに並んで座る。
「大丈夫ですか?疲れてません?」
「ん?うん、大丈夫。」
「あの・・・無理せずちゃんと言ってくださいね。」
「ん・・・ふふ、ふふふっ。」
「ん・・・ん?」
「ふふっ・・・あ~ぁ。私、君より三つもお姉さんなのになぁ。」
「へっ?」
「こうやって、気を使ってもらってばっかり。」
「そ、それは・・・こういう、状態ですから・・・。」
「それは、そうだけどさぁ・・・ふふっ。でも私、嬉しいなぁ。」
「え?」
「うん・・・。だってさぁ、手紙の中のまんまの君が、こうやって目の前にいるんだもん。」
「え、えぇ・・・。」
「ねぇ、気付いてる?」
「ん?」
「君は・・・優しくていい子なんだよ?」
「そうなんで、しょうか・・・?」
「うんっ。ねぇ、モテるんでしょう?学校で。」
「そ、そんなことは・・・まったくもって、無いですけど・・・っ。」
「あらぁ・・・ふふっ、周りの子は何を見てるんでしょうね~。」
「え、えぇ・・・あ・・・ん?」
「ふふふっ。ほらぁ、さっさと飲んで次いくよ~。」
「ぇ、もう少し、休んだ方が・・・。」
「ダ~メっ、そんなことしてたら日が暮れちゃうよぉ。」
「あ、あぁ、はい・・・っ。」
東園から「いそっぷ橋」を渡り、西園に入る。レッサーパンダに癒された後、アフリカの動物たちのエリアへ。サイやカバ、キリンなどがその堂々たる姿を見せてくれる。
「この辺は、土臭くって良いわねぇ。」
「え、そんなに匂います?」
「ん~もぉっ、そうじゃなくってぇ。『野生の大地』を感じない?」
「あ~・・・なるほど。」
「ふふふ・・・ね?」
妙な視線を感じ振り向くと、
「ん、え~っと・・・?」
じ~っと、こっちを見ているヤツがいる。
「あ~っ、ハシビロコウだぁ。」
そばまで寄っていく彼女。ハシビロコウは動かない。
「うわぁ~、よく見てもやっぱり不思議な格好ね~。」
ハシビロコウは動かない。
「このコ・・・ホント~にじっとしてるのね。」
そう、ハシビロコウは動かない。
「あの・・・礼子さん?」
「ん?」
「さっき『動かない動物なんて・・・』とかなんとか言ってませんでした?」
「あ・・・え、ぃ、う~っん言ったけどぉ・・でもぉ、このコは動かないのが魅力なんだしぃ・・・。」
「は~い、次いきますよ~。」
「あぁ、も~っ。」
爬虫類館を見たところで、園内をほぼ一周できたようだ。
「え~・・・っと、これで一通り見れましたかねぇ。」
「うんっ。」
「ん?」
「うんうんっ。」
この催促するような眼は・・・
「・・・ゴリラ?」
「うんっ、行くよ~っ。」
さっさと歩き出す彼女。
「あ~、少し休んでからに・・・。」
「向こうでゆっくりすればいいじゃんっ。」
「そうですけど・・・もう、元気だなぁ。」
気付けば、ゴリラの前を陣取ってもう一時間。彼女は目を輝かせ、ずっとゴリラを眺めていた。
「きっと向こうも・・・『変な奴がこっち見てるなぁ』って思ってますよ。」
「ん?どういうことだい?」
「どうこうも・・・ねぇ。」
「ん~っ。」
不機嫌な振りをして見せたところで、グぅ~っと彼女のおなかが鳴った。
「あら、私ったら。ふふふ、も~。」
「ふふふっ。では、何か食べに行きますか?」
「う、うん・・・あぁ、でも・・・。」
名残惜しそうにゴリラの方に目をやる。
「ふふっ、背に腹はかえられませんよ。」
「う~ん・・・それもそうだねぇ。あ、じゃぁその前にお土産屋さん寄っていい?」
「えぇ、もちろんっ。」
ギフトショップに入り、彼女が真っ先に目を止めたのは・・・
「それ、持って帰れます?」
ゴリラのぬいぐるみ。両手で抱えるほどの大きさ。
「やっぱり・・・無理よねぇ。」
見渡すと、動物の絵が描かれた扇子を見つけた。ゴリラもある。
「礼子さん、コレ・・・。」
「あぁっ、コレいいっ。見て~、この軸のことろゴリラの顔になってる~。」
この弾けるような笑顔が、今は何事にも代えがたい。
「ねぇねぇ、お揃いにしない?」
「え~、それなら僕は・・・あぁ、コッチがいいなぁ。」
「あぁっ、ハシビロコウっ。そっちもいいなぁ。」
「じゃぁ、コッチにします?」
「え?イヤぁ、私はゴリラがいい。」
「ふふふっ。」
「ふふ・・・あ、じゃぁここは私が。」
「い、いいんですか・・・?」
「うんっ。コレは君へのプレゼント・・・ねっ。」
ショップを出たところで、
「はい、コッチが君のハシビロコウね。・・・ねぇ、コレ私の後ろに入れてくれる?」
彼女の『ゴリラ』を背負ったリュックに入れてあげる。
「ん・・・良しっと。」
「入った?」
「えぇ・・・あ、あの、ありがとうございます。買ってもらっちゃって。」
「うん、いいのいいの。」
「あの・・・コレ見て、礼子さんのこと思い出します。」
「ふふ、うんっ・・・えっ?あっヤダぁ~、それなら写真見て思い出してぇ。」
「あ・・・あぁっ、そ、そうですよねぇっ。すいません。」
「はははっ、もうっ。」
「ふふふ・・・あぁ、じゃぁ、どこへ行きます?」
「う~ん、そうだなぁ・・・・うん、君が普段行ってるようなとこが良いなぁ。」
「そんなこと言われると、あの・・・黄色いアーチのハンバーガーに・・・。」
「ふ~ん・・・案外倹約家なんだぁ。」
「いや、そういう訳でも・・・。」
いつも金欠気味な高校生には、これでも結構な贅沢なのだが。
「それでも、いいですか?」
「うんっ。あ、もちろん君のおごりね。」
「え、あ、はい・・・。」
「にひひっ。」
この笑顔ひとつで何でも許してしまえそうだから、この人は不思議な人だ。
「えっと・・・じゃぁ、チーズバーガーのセットをコー・・・あぁいや、オレンジジュースで。」
実は緊張しているのを悟られないように注文すると、
「私も同じのをっ。」
と彼女も続いた。
「はいっ、かしこまりましたぁ。」
レジのお姉さんの明るい笑顔。この笑顔が「0円」という企業努力。
「じゃぁ席取っとくから、持ってきてね。」
ヒョコタヒョコタと歩く後姿が、なんだか先ほどのゴリラを彷彿と・・・いや、なんでもない。
支払いを済ませ、席へ向かうと。
「あっ、コッチコッチ~。」
と、松葉杖を振る姿が見えた。窓際の明るい席。
「お待たせしましたぁ。」
「へへ~、いい席取ったでしょ?」
「え、あ・・・はい。」
「ん・・・。で、私のチーズバーガーはどっちだい?」
「あ・・・お、お好きな方をどうぞ。」
「ん~じゃぁねぇ・・・。」
どっちも同じだと思うけど・・・。
「うんっ、こっち~。」
「ふふふっ、礼子さんって・・・。」
「ん?・・・あ~っ、今『子供っぽい』とか言おうとしたでしょ?」
「え、あの・・・は、はい。」
「あぁ、やっぱり~。も~、いつもこうなんだよなぁ。」
と小さく口をとがらせる仕草が、やっぱり子供っぽくってなんとも言えず可愛らしい。
「ふふっ。」
「む~、また笑ったぁ。」
「いやぁ、あのこれは・・・。」
「あ~ぁ、どうやったら『大人な女』になれるのかなぁ。」
「あの・・・礼子さんは・・・。」
「ん?」
「礼子さんは・・・素敵ですよ。」
「へ?」
「あの・・・。明るくて、はつらつとしてて、とっても前向きで・・・ホントに、素敵です。」
「え・・・あ、う、うん・・・ありがと。」
少し照れ臭そうにキョロキョロと。
「あ~もう、君が変こと言うからぁ・・・。も~、食べちゃお~。」
勢い良くハンバーガーにかぶりつこうとする彼女。
「あぁ、その前に『いただきます』は?」
「ん~・・・っ。」
ハンバーガー越しに睨まれる。
「一応、僕のおごりですけど?」
「う~・・・い、いただきますぅ。」
「ん、よろしい・・・ふふふっ。」
「ふふっ・・・あ~むっ。」
「あの、ホントにここで良かったんですか?あぁほら、せっかく東京まできてハンバーガーって・・・。」
「ん?じゃぁ、私が駄々こねてたら有名なすき焼き屋さんにでも連れてってくれた?」
「それは・・・無理、ですけど・・・。」
「ね?だから、私はここで良いの。」
「でも・・・。」
「それにね。ふふっ・・・うん、このハンバーガーはどこでも食べられるけど・・・」
急に真剣な表情でこちらを見つめ、
「君と食べるハンバーガーは、ここにしかないから。」
なんて台詞を言う彼女。
「え・・・?」
真剣だった表情が笑顔に変わっても、その視線は外さない。
「礼子さん・・・?」
「・・・ぷっ。」
たまらず吹き出す彼女。
「はははっ。ねぇ、ドキッとした?ねぇねぇねぇ、キュンとした?」
「は?え、えぇ?」
「あははっ、今いい顔したぁ。」
「も、もうっ。礼子さん、からかってます?」
「ははっ、う、うん。ちょっと、ね。ふふふっ。」
「ん~・・・もう、そういうことするんじゃ今からでも割り勘にしてもらいますけど?」
「あはは、ごめん、ごめんって~。はははっ。」
両手を合わせ謝るポーズを見せながらも、笑いがおさまらない様子の彼女に、
「もう、可愛いんだから・・・。」
思わず、こんな感想が漏れる。
「え?・・・ふふっ。」
聞こえなかったのか、聞こえなかったフリをしているのか。
「ほらぁもう、そろそろ行きますよぉ、可愛いお姉さんっ。」
「え、あ~待ってぇ、置いてかないでぇ~。」
帰りの新幹線の時間を聞くと、残りの時間が少し中途半端で、結局上野公園に戻り不忍池のあたりをぶらぶらとすることにした。
「あ~カメさん、いっぱいいるねぇ。」
沢山のカメが石の上でひしめき合っている。
「ふふっ、やっぱり礼子さんって・・・。」
「あぁっ、また『子供っぽい』とか言おうとしたぁ。」
「はい・・・ふふっ。」
「むうぅ・・・やっぱりぃ。」
池のほとりのベンチに腰を下ろす。
「ねぇ、コータ君は・・・」
改めて名前で呼ばれると、ドキッとする。
「コータ君は・・・子供っぽい女性は・・・嫌い、かなぁ?」
「え・・・?それって、礼子さんの事、ですか?」
「う・・・うん。」
「れ、礼子さんは・・・ぼ、僕にとっては、その・・・素敵な女性、ですよ。ホントに。」
「嫌いじゃ、無い?」
「そんな、とんでもない。」
「なら、良かった・・・。」
「えぇ。」
「ぅん、なら・・・また、会いに来ても・・・会いに、来ちゃっても・・・いい?」
「え?・・・えぇ、もちろん。」
「んふふっ、良かったぁ。」
「あぁいや、今度は・・・今度は、僕が会いに、行きます。」
「君・・・が?」
「は・・・はい。」
「静岡まで?」
「はい・・・。」
「ホントに?」
「はい。」
「結構高いよ?」
「はい?」
「新幹線代。」
「あ・・・ぁ・・・。」
「ふふふっ、ね?だから、私が会いに来るから。」
「はい・・・すいません。」
「も~、謝らないのこんなことでぇ。」
「はい・・・。・・・あぁっ」
そうだ、その手があるんだ。
「あの、やっぱり・・・やっぱり今度は、僕が会いに行きます。」
「いいよぉ、無理しないでぇ。」
「いえ、あの・・・ら、来年の春・・・。」
「来年の、春?」
「はい・・・きっと。」
「きっと?」
「はい。」
「ん・・・待ってても、いい?」
「は・・・はい。」
「うん。じゃぁ、期待して待ってるね。」
「はいっ。」
「ふふふっ、まったくぅ。この子は何を企んでるんだかぁ。」
「そ、そんな『企む』ってほど大袈裟な事では・・・。」
「ふ~ん・・・。でも、分かってる?年上の女性を『待たせる』ってことがどういうことか。」
「え・・・あ、あの・・・。」
「はははっ、もう冗談っ、冗談って~。も~そんな顔しないの~。」
「すいません・・・。」
「もぉ・・・ふふふっ。でも、ホントに待ってるからね。君が、私に会いに来るの。」
「は・・・はい。」
頃合いな時間になって、彼女を駅まで送っていった。
「やっぱり東京駅まで行きましょうか?」
「ううん。いいの、ここで。歩くのもリハビリだからねぇ。」
「気を付けて、くださいね。」
「うん、ありがと。ねぇ、続けてくれるよね・・・文通。」
「えぇ、もちろんっ。」
「ふふっ、良かった。」
松葉杖を突きながら、器用に改札を通る彼女。
「じゃぁ、コータ君・・・またねっ。」
「はいっ・・・また。」
「ふふふ・・・うんっ。」
「ただいま・・・。」
「おぉ~、おかえり~っ。ねぇ、ねぇねぇ、どうだった?どんな人だった、礼子さん。」
帰るなり噛みつくように聞いてきた、我が母。
「え・・・あ、う・・・うん。」
「え?なによ、『うん』じゃ分かんないわよぉ。」
「う、うん・・・。素敵な・・・とっても、素敵な人、だった。」
「あらぁ~、良かったじゃない。じゃぁ、お祝いしないとねぇ。お赤飯炊かなくっちゃ。」
「も~、馬鹿だなぁ。そんな大袈裟な事じゃないからぁ、いつものご飯で良いからぁ。」
「あらぁ、いいのかい?」
「あ、当たり前だろぉ。そ、それより・・・こ、これからは、ちゃんと勉強・・・するから。」
「は?今・・・今お前なんて言った?ねぇ『勉強する』って言った?ねぇねぇ、どうしちまったんだい?あんた本当に私が腹を痛めて生んだ子かい?」
「あ、ああ、当たり前だろ~。もぉ、大袈裟にもほどがあるんだから・・・。」
「そんなら、いいんだけど・・・あぁ、熱でもあるんじゃないのかい?」
「も~、大丈夫だって~。」
「あらぁ、そう・・・。あ、そうそう、礼子さんから届いてるわよ。手紙。」
「え?」
「ほれ、さっき届いた。」
母から手紙を受け取り開封すると、それは短い手紙だった。
タイミングよく届いていれば、君がこの手紙を読むのは翌日・・・かな?
私の姿を見て、きっと驚いただろうね。
あとは、これを読んでいる君が、私のことを嫌いになっていないことを願う。
「礼子さん・・・。」
手紙には切手が一枚同封され、その裏に『帰ってきてね』と、小さく書かれていた。
「・・・かぁちゃん。」
「・・・ん?」
「頑張るから、ね。」
「お・・・おぉ、頑張っとくれぇ。」
次の春が来て。静岡駅。
「あっ、来た来た。コッチコッチ~、お~いっ。」
改札を出たところで、両手を大きく振る彼女の姿が見えた。しっかりと二本の足で立っている。
「すいません、お待たせしました。」
「ううん、ちょうどよく着いたとこっ。ふふっ。一年ぶり、だね。」
「はい・・・一年ぶり、ですね。」
「うんっ。」
その弾けるような笑顔は一年前と変わらないが、少し香水の香りがした。
「それにしても驚いたよ~、君があの大学受かるなんてさぁ。結構頭良かったんだね~。」
「いや・・・ぁ、そうでもなかったんですけど・・・。」
「あぁっ。ってことはさぁ、受験のために一回こっちに来てるってことだよねぇ。」
「え、えぇ。」
「も~、言っといてくれれば、そん時・・・会えたのにぃ。」
「そうですけど・・・そ、それだと試験が手に着かなくなっちゃうし、それに・・・お、落ちたら思いっきりカッコ悪いし・・・。」
「ん?はははっ、それもそうだっ。」
「すいません、黙ってて。」
「ん、うん。ホントだよ、ビックリしたんだからぁ。」
少し口を尖らせて、笑顔で怒った仕草を見せる。
「ふふっ。ねぇ、コータ君・・・」
「ん?」
「・・・頑張ったん、だね。」
「は・・・はい。・・・あ、それなら・・・」
今一度、彼女が二本の足で立っているのを確認して。
「れ、礼子さんだって・・・。」
「う・・・うんっ。私、頑張ったんだよっ。」
「はいっ。」
「ん・・・え?それだけぇ?ねぇ~もっと褒めてよぉ、ホントに大変だったんだからぁ。」
「え・・・っと、あ、じゃぁはいっ、いい子いい子・・・。」
おでこのあたりを優しく撫でてあげる。こうしてあげると女性は喜ぶ、と、何かで読んだ気がする。
「あぁっ、また子ども扱いするぅ。もぉ~っ。」
明るくて、はつらつとしていて、とっても前向きで、ちょっと子供っぽくって・・・そうなんだ、僕はこの笑顔に、ずっと会いたかったんだ。
「あ~ぁ、せっかくセットしたのに前髪クシャクシャだよぉ。」
「あらら・・・。」
下手な雑誌の情報を真に受けるのは、もうやめよう。
「ん~、もうっ。はい、じゃぁ改めまして・・・」
わざとらしく一つ咳ばらいをし、パッと両手を広げ。
「我が静岡県へようこそっ。」
「あ、はいっ。しばらくお世話になります。」
「ふふふっ、うんっ。」
「ふふ・・・。」
「あ・・・っ、じゃぁなに?しばらくウチに泊まるってこと?」
「へ?あ~いえいえ。あの、ちゃんと学生寮に入れてもらえることになってますので・・・。」
「あ~・・・だよねぇ。」
「はい、その辺はちゃんとしてますので・・・。」
「ふ~ん・・・ウチに、来てくれても良かったんだけどなぁ・・・。」
「え・・・?」
「ふふっ、も~冗談っ。すぐそういう顔するんだからぁ。ほらぁ、約束のウナギ食べに行くよぉ。」
「あぁ、はい。」
「今日は私のおごりだからねぇ、今日は。」
「は、はい。ご馳走になります。」
「うむ、よろしいっ・・・ふふふっ。」
それから、何度目かの春。
富士山が見える一戸建ての新居、さすがに中古物件。それほど大きくはない庭を、息子たちがキャッキャキャッキャと飛び回っている。
「ほらぁ~、そうやって走り回んないの~っ。」
彼らの母親である礼子さんが、笑顔で怒っている。
「も~、元気なのはいいんだけどさぁ・・・ねぇ。」
「ふふ、誰に似たんだろうねぇ。」
「ん?」
「ん~?」
「・・・私だって言いたいのかい?」
「そりゃ・・・松葉杖突いて東京まで行っちゃう人ですからぁ?」
「あぁっ、またその話するぅ?もぉ・・・。」
あの頃と同じ弾けるような笑顔の彼女が、いつも隣に居てくれる。
「ねぇ、それよりさぁコータ・・・」
「ん?」
「もう一人・・・ねぇ。」
「ん、もう一人?」
「うん・・・ねっ。」
「え、大丈夫?二人でもこんなに大変なのに。」
「うん、大丈夫。そのために一戸建てにしたんだから。」
「え?そうだったの?」
「うん、そうだよ。ね、だから・・・。」
「う・・・うん。頑張って、みますか・・・?」
「うんっ。・・・あ、今度こそ女の子ねっ。」
「え、そ、それは・・・コウノトリさんのご機嫌次第、ということで・・・。」
「あぁも~、またそうやってぇ・・・。」
リビングのテレビの横。特等席を与えられた写真立てには、二人の結婚式の写真と使用済みの切手が一枚収められている。
その切手の裏には、小さく『帰ってきてね』と書かれている。
ゆりかご揺れて 八木☆健太郎 @Ken-Yagi
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