ダッチ・シェーファー

 首都外郭放水路。

 メガロポリスの地下に穿たれた巨大な空洞。

 普段は一縷の光さえ差さない静謐と闇の神殿。


 激しく弾ける火花が、そこに僕と彼女とを照らして映す。それともう一人。コンクリートをウエハースのように砕いて撒き散らす外国人の大男を。二度、三度。少し間を開けて四度。

 巨大な機械の腕。必死な表情のロザ。交差するアンドロイドの足とサイボーグの手。

 

 伸ばした手の先さえ見えない真の闇では、ロザのアイカメラの光増幅機能を最大稼働させても殆ど像を見出すことはできない。サーマルでは僅かに反応があるが、相手はどうやら漏れ出す熱を抑制する装備を持つようで、熱源探知も現状実用に耐えるとは言い難かった。代わりに僕が僅か先の未来を視て、ロザにそれを告げ、防御し、攻撃する。

 逆に僕たちには向こうの熱源探知を躱す術がなく、奴から僕らは丸見えのはずだ。

 僕たちは敵の未来を、敵は僕たちの熱を視て、闇の中で戦っているのだ。

 僕らの敵。英国情報部──M.I.6内の機械化部隊「マシナーズ」の実働エージェント、ダッチ・ザ・インパクト。掘削機のような巨大な機械の左腕の内部ではタングステンの円盤が何層も高速回転しており、ディーン効果を利用してその遠心力を掌方向に集中させている。並列した多重の遠心力を、発生源の円盤を同時に停止させることでサイボーグの掌に集中させ、戦車砲弾の着弾時を超える衝撃エネルギーを発生させる重積衝撃デバイス「アンタイオスの手」は、まともに当たれば人間なら痛みを感じさせる暇もなく血煙と僅かな肉片に変え、アンドロイドならそのボディに大きな穴を開けて完全に破壊するだろう。


 チャンスだった。


 僕が僅かに未来予知を間違えれば、簡単に僕も彼女も死ぬ。

 男前の少尉が言った、ネズミが檻から出る方法。

 それがすぐそこにあった。

 この非現実の現実を終わらせる。

 僕の浅ましい御都合主義で塗り固めた、憧憬と虚構の世界。僕に夢中なヒロインと、特別な能力で称賛される僕。

 この世界で長く過ごせばその分だけ、僕はそれとは逆の、「そうでない自分」を繰り返し突き付けられる。

 もう御免だった。

 僕は、現実の不遇な僕を一時忘れる為にこの世界を作ったのだ。それが僕を苦しめ痛め付けるなら本末転倒もいい所だ。

 勿論、少尉が言った通り、僕がその力ゆえに精神を病んだ超能力者である可能性は残っている。

 けれどそれでも同じことだ。


 僕が認識する世界のあり方が、僕に取っての紛れもない現実なのだから。


 終わらせよう。

 この狂った現実を。馬鹿げた妄想のパーティーを。


「ロザ」

「なんだヒロト」

「提案がある」

「手短に話せ」

「奴はこの闇の中、熱源として僕らを視ている。人間である僕は闇夜に光る提灯みたいなものだ。だから一か八か、僕は君から離れる」

 この提案は原作にもある。ロザは受け入れるはずだ。

「危険だ! 死ぬぞ!」

「まあ最後まで聴け。君は活動を極限まで抑制して少し離れた所で待機する。奴のデバイスは一度発動して円盤を止めたら遠心力を得るための円盤回転の再加速までに時間が掛かる。僕は一人で……アプリオリで奴の攻撃を躱す。その直後、君は活動を再開して奴を捕まえる」

「しかし……!」

「僕らにできて奴に出来ないこと。それは『分業』だ。頼りにしていいか。パートナー」

「……勿論だ。我々はチームだ。キミの判断と能力を、信じよう」


 暗闇の中で僕らは二手に別れた。


 僅時間未来予知感覚は、映画の予告編のように一本の定まった未来が視えるわけではない。


 未来は無数に分岐していて、その確率の上に揺らぐ複数の時間軸が、ピンボケ画像のようにぶれて重なったビジョンとして視えるのだ。


 僕は僕に襲いかかる巨漢のサイボーグを視た。


 血煙。肉片。誰かが悲鳴のような声で僕の名前を叫ぶ──。

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