第10話 結論
駅を降りて走り出した。目的地はたった一つ。決まっている。
俺は小さな公園の前で足を止めた。小さく、かけがえのない思い出の公園だ。
ブランコに座り込む少女が見えた。この季節にはそぐわない薄着で。息を整えながら近づいて話しかける。
「どうかされましたか」
彼女、丸橋さんは面をあげてこちらをみる。
「肇くん、どうしてここに!?」
「俺を舐めないでいただきたい」
掌の数は「0:00:08」になっていた。残り時間は8分。
「丸橋さん―――」
「近寄らないで!」
話しかけようとした声を遮られ、両腕で突き放される。その手は震えていた。
「君も知ってるんでしょ、あと7分。7分後には私は死ぬの」
不安ではち切れそうな思いが言葉に乗って肌で感じる。
「身勝手でごめん。でも君に迷惑はかけたくないの。君にだけは私を忘れて幸せでいてほしいの!」
消えそうな声で彼女は叫ぶ。そして彼女は立ち上がり、不安定で壊れそうな笑顔で言う。
「それが、私の幸せなの」
か弱くも力強い言葉で。俺の目を見て彼女は言った。そんな彼女が俺はどうしても守りたくて。
「そんなこと言うなよ!」
俺は叫んだ。彼女はびくりと体を震わせる。これが全身全霊で、渾身の言葉だ。
「声だって、腕だって振るえてるじゃないか!君の幸せは俺のものじゃない。誰にも奪わせてはならない、誰にもゆだねてはならない、君だけのものだ!」
響け、天高く。
「丸橋さんのことは俺が救う!だから、どうか、どうか…」
次の言葉が出ない。自分の言語中枢が指示に従わない。だめだ、こんなんじゃ彼女に届けられない。この想いが風化してしまう。
くすりと彼女が笑う声が聞こえる。彼女は俺のほうを向いて、君は儚い笑みを顔に浮かべる。
「じゃぁ、いくね」
彼女は独り言のように言う。掌上の数字は「0:00:02」になっていた。彼女は歩き始めた。堂々と、そしてどこかちっぽけで孤独な背中で。
その瞬間、言い知れない感情が血液中を占める。足を、手を、体を動かす。
「陽!」
俺は、彼女の背中を抱きしめ、叫ぶ。
「俺は、俺はお前のことが大好きだ!」
別に何か明確に言語化できる感情があったわけではない。理由があったわけでもない。ただ、そういう理屈を置き去りにして、ただそうすべきだと感じたのだ。
掌の数字は「0:00:01」。あと60秒を切った。心の底から湧き上がる感情。そして、祈り。仮説よ、成立せよ。
その刹那、掌の数字は確かに挙動を変えた。「##:##:##」へと数字を変えたのちに砕け散ったのだ。まるで、明確な未来の更新があったかのように。
「これは!?」
彼女は言う。
「ふーっ、よかった…」
大きく息を吐いて言う。俺の中で張り詰めてた緊張感がほどけた。彼女は何が起きたかまだ理解できてないようで、周りを見渡し、掌をみて、また周りを見渡した。
「何があったんですか!?」
「実は…」
先ほど思いついた仮説。それは「物語を誤りとする」ということだ。物語の終焉は女の子が事故に遭っていた。訂正を通して現実世界に影響を及ぼせる。ならば、物語を訂正することにより運命に影響を及ぼせられるのではないかと考えたのだ。
「そんなことしていいんですか?未来を変えるなんて」
「いいでしょう、これくらいなら。あと、未来を変えるという表現は時折不適切になる場合があります。変わるという言葉は本来何かの状態である必要があり—――」
そんなことを言おうとすると、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれる。
「よかった…よがったよぉ…」
鼻声で彼女は言う。かがみこんで泣く彼女をみると俺も心に去来するものがある。
「あっ」
ふと声が漏れる。頭に雪が降ってきたことに気が付いた。
「お体に障りますよ」
出てくるときに慌てたまま雑にとったジャンバーを着せる。雪は俺たちを祝福するように一面を真っ白に染め上げた。
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