第3話 数字

 ノートを取り、情報をまとめる。この本のミスと「1=1/2」のついて考えられることを書き綴る。一つ一つを吟味しながら書くと思ったよりも時間がかかるようだ。時刻は10時41分。

「今日はここまでか」

 まとめたミスの数は8個。まだまだミスは多くある。思ったよりも楽しめそうだ。


 ――――――――――――


 朝が来た。楽しみが一つ増えた俺は、6時10分を指すアラームをさわやかに止める。寝ぼけ眼をこすり、眼鏡を取る。

 ベッドから出ようと寒さに耐えて布団から出ようとしたそのとき、

「ん?」

 右の掌に何か赤みがかった白色で光る何かがあるように見えた。見てみるとそこには、「6:15:32」とあった。

「まだ寝ぼけてるのか」

 俺は気にせず、一階へと向かった。


「おはよー…」

「おはよう、あら。今日は早いじゃないの」

 テーブルの上にあるいつものと変わらない朝食を視界の端で捉えながら、母のほうへと視線を向ける。

 何気なく向けた視線の先には、あの数字がまたあった。

 それは「18290:13:21」を示していた。


 朝食を摂った俺は家を出た。時刻は6時44分。最右の数を変えながら母の頭上にある数字は秒刻みで「18290:12:50」になっており、俺の掌上にある数字もまた「6:14:58」へ変わっていた。

 寝ぼけているにしては期限が長すぎる。しかもこれ、どうやらすべての生物の頭上に見えるらしく、いつも通りの景色が天変地異級の違和感ある世界に。

「夢の中なら早く覚めてくれ、面倒だ」

 そんな独り言がため息を連れて逃げた。



 学校周辺の飽きっぽい人混みは、それはもう壮観だった。知らない人だらけの雑踏が赤白く光る数字で埋め尽くされるのだ。共通性がありそうでなさそうな数字の羅列を眺めるのは案外暇つぶしになるようで、教室までの道のりが短く思えた。

 授業もそうだ。次の先生が持つ数字は何だろうと推測してみたり、秒刻みで減る数を見ながらその性質を模索したり。とまぁ、することには困らなかった。

 もちろん掌の数も漏れなく変化しており、「6:05:54」とある。時刻は15時50分。

「結局、この数字の意味はわからずじまいか…」


 家に帰った。晩御飯を食べ、例の本を手に取って机に向かう途中に洗面台の鏡を見てみると、自らの頭上に「29869:18:02」とあった。誤字訂正や1=1/2の考察をノートにまとめたが、本日は掌や頭上の数字の考察もあったがために、誤字は4つしかまとめられなかった。

「明日はもっとまとめたいな」

 そんなことを思いながら風呂に入り床に就いた。


 ――――――――――――


 朝になった。蒙昧な世界線中で体は同じ動きでアラームを止める。時刻は6時11分。眼鏡をとって、ぼんやりとした頭で思考する。そうだ、掌の数字は今なお減っているのだろうか。

 確認する。そして驚愕し、ノートの考察を修正する。

 それは「7:15:31」確かにその数字に変わっていた。


 その予想外な観察結果で俺の脳内は一日中持ちきりだった。

 家を出るときの母親の数字は「18289:13:06」。差は-0:23:52。学校に行く途中や、授業中に覚えている昨日の数字と今日の数字を比較してみたりもした。が、全員そろって減っているばかりで増えているのはどれ一つとしてなかった。

「もしかして、掌の数と頭上の数は関係ないのか」

 そんなとりとめのない考察をノートにまとめ、今日を終えた。


 ――――――――――――


 さて、そんなことを繰り返していると意外にも珍妙な数を含有した視界にも慣れるようで。

 この数やあの本に対する関心も薄れ、ノートを開く回数も次第に減っていった。

 そんな翌週の朝。

 けたたましく鳴り響くアラーム音は幻想世界の俺を惨たらしく破壊し現実世界の俺として再形成した。眼鏡を手に取り、寝ぼけた目で6時12分を指すアラームを止める。

 今日は図書委員だから、あの本を追加できる日だ。でも情報が全くないから登録不可能だ。そういえばあの本の誤字何個までまとめたっけ。まぁそんなことはどうでもいいや。さて、どうしようか。思考の濁流を止め、回らない頭で下階に向かう。


 まどろこい授業を夢現で聞いた昼下がり。稼働率低下中の頭を無理して運び、図書室へと向かう。思春期特有の倦怠感。時刻は15時49分。掌の数字は「5:06:14」となった。

 挨拶はもういいか、なんて思いつつ鉛の扉を開けるため重力のかかる腕を伸ばす。すると、手の甲が何かに触れた。

「「あっ」」

 その何かの主と俺が同時に声を上げる。その声の主を見ると、少しの不安は確かに大きな恐怖へと変わった。丸橋さんだ。

「あっ、あっ、すみません、えっと、おさき、どうぞ」

「…どうも」

 あれっ、思ったより反応が明るい。蔑んだ目で見下しながら舌打ちと共に何も言わず扉を開けるくらいするかと思ったのに。

 もしかして俺に対する評価が良くなったりしたのか。それなら好都合だ。このまま右肩上がりに上がってくれ。せめてこの図書室から冷えた空気が無くなるくらいまで―――ん?

「掌の数と丸橋さんの数、同じじゃないか?」

 そんな疑問が口から漏れた。確認してみる。掌の数は「5:06:12」。丸橋さんの頭上にある数字も「5:06:12」。

 やっぱり。予想は的中だ。掌の数は、丸橋さんの数とリンクしているのか。

 いや、だから何だよ。丸橋さんの数が、こんなちっぽけな掌の家に乗っているのか。恐れ多い。数の持つ意味も分からないから余計恐怖だ。

 だからと言って俺にできることはない。今は図書委員としての責務を果たすだけだ。

 そんなことを考えながら、俺は図書室の敷居をまたいだ。



 仕事を終え、帰宅すると母の「おかえり」という声が聞こえた。

 晩御飯は何だろうと思いつつリビングに行く。

 ぼんやりと椅子に座ると、テレビを媒体として視界に今日のニュースが入ってきた。

 アナウンサー等の頭上にも数字が見える。そんな光景をうつろな目に映していた。

「さて、次のニュースです。あまりにも早すぎる別れと、なりました」

 アナウンサーが原稿を持ち替えたのちに話題が変わる。

 俺はそのニュース、いや、正確に言う。俺はそのニュースを通し目に飛び込んできた数字で点と点の全てが線となってリンクしたのだ。暗に思いつつも、具現化しなかったその案。その共通点。その性質。それは―――

「―――死までの、時間」

 テレビ画面には著名な俳優の遺影と「0:00:00」の数字があった。

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