第361話「やりすぎてしまうかもしれない。」
急な話し合いの舞台になったのは、小さな家の中だった。民家とはいえ、貴族の使う建物だ、品質も良く、中も綺麗に整えられている。そもそも、人口が過密状態である帝都内の民家というだけで高級物件らしい。
応接にてお茶の用意もせずに、オルヴァは頭を深く下げて話を始めた。
「本当に、本当に申し訳ありません。全ては我が家の不始末。しかし、なんとかして賢者殿に我が家の事情を聞いていただきたく、このような手段を……」
「わかった。とりあえず話をしてくれ。時間がないのは共通認識だと思うが?」
「はっ。失礼しました。つい……」
巨漢が平身低頭誤ってくると、不思議と申し訳ない気持ちが湧いてくる。それが狙いというわけでもなかろうが。ともかく、話を聞こう。
「そもそもことの始まりは、ヴィクセル伯。自分達の父でして……。領地を持つだけでなく、若い頃から商売熱心だったのですが、その……手法が今の時代から見ると強引で……」
「話には聞いたな……」
そうですか。と寂しそうに頷きながら、オルヴァは話を続ける。実の息子から見ても強引とは、相当だな、ヴィクセル伯。商売を始めた直後などは無茶をせねばならない時があると聞くが、そんなものじゃなかったのかもしれない。そもそもが貴族という権力者だからな。無理が効く。
「父上の方針に問題はあれど、さすがに年齢を重ねて来たこともあり、最近は一番上の兄に色々と任せる形になっておりました。我々の方からもそうなるように仕向けていた面はあるのですが」
「そこに問題が出たというわけか?」
「はい。いくつか要因はありますが、一番はドワーフ王国との交易がいきなりなくなったことでしょう。金額以上に、外国と交易しているというのは父上にとっての誇りの一つだったわけでして……」
「……それは…………」
少し、悪いことをしたかなと思ってしまった。急に辺境に出てきた領地が長年の苦労を水の泡にしたわけだから、面白くなかったのだろう。しかも、皇帝やら魔法伯やらの後ろ盾付きなので邪魔もできないときた。
「ああっ。お気になさらず。我々としては納得はしているのです。商売ではありうることですし。そもそも、聖竜領は真っ当に取れる手段をとったと認識しております」
「そう言われると少し安心するが。そちらの家は大変だったのだろう?」
オルヴァは頷いた。そもそも、この場に実質家を取り仕切っていたであろう、長男がいないことからも事態は察せられる。
「ドワーフ王国との交易がなくなったことを理由に、父上は家での権力を取り戻しにかかりました。それにはフムス……三番目の弟が強く押しているというのもありまして。恥ずかしい話ですが、家の中で騒動になっているのです」
「長男はどうしたんだ? 今、帝都にはいないと見たが」
「領地経営と、新しい商売のために飛び回っておりまして……。半分くらいは、父上達の手回しですが」
「事態はなんとなく把握した。それで、何故俺に接触してきた?」
つまり、ヴィクセル伯と三男フムス。長男と次男オルヴァの派閥に別れて家の中で争っているわけだ。家督争いなんて、『嵐の時代』にもよく聞いたものだ。まさか、そこに自分が関わることになるとは思いもしなかったが。
「聖竜領の賢者殿に、我が家が必ずしも敵対しているわけではないことを伝えるためです。それと、妹君に今起きていることのご説明を」
「アイノは今、何をされようとしているんだ? 聞いた感じ、歓待を受けているだけのようだが」
聖竜様からの話では、良い感じにもてなされているだけのようだった。懐柔策だとは思うが、何が狙いなのか、ここではっきりしておくのはかなり助かる。
「父は古い人間ですので。女性には贅沢な品を渡す形で都合よく話を聞かせればいいと思っている節があります。その、恐らく賢者殿の妹君と、マイア殿を揃って金銭で落としにかかろうとしているのではないかと……」
「マイアもなのか?」
「はい。帝国五剣の名家ですから」
「なるほどな……しかし、相手が悪かったな」
金銭による懐柔というのは性別に限らず有効だと思う。古い、新しいに限らず、目の前に大量の金品を置かれれば誰だって心が動く。俺はそう理解している。
だが今回ばかりはそれが通用しないだろう。
アイノもマイアも、あまりその辺りに興味がないのだ。アイノなど、節約が好きなところもあるので贅沢品を警戒しているところがある。マイア相手なら魔剣でも用意できれば別だが、そこまでの準備があるだろうか。
「金品では動かない方々だと?」
「率直に言って、サンドラを相手に何かしらした方がまだ可能性があっただろうな」
相応のメリットを提示すればサンドラは何かしらの条件を飲む可能性がある。余程のことがない限り感情を排除して判断をするだろう。少なくとも、領地経営に関してはそうだ。
「つまり、話し合いは難航すると……。そうすると、まずいですね。フムスが何人か乱暴な護衛を連れています。あいつは力で押し込もうとしようとするところがありますが」
「暴力に訴える可能性があるのか?」
「妹君を人質にして、マイア殿ごと捕まえ、秘密裏に交渉する。そのくらい考えかねません、あの二人は」
「まずいな……」
「本当に申し訳ありません。大事な方々を傷つけてしまうかも……」
「いや、そっちの心配じゃない」
「はい?」
オルヴァはアイノ達の心配をしてくれているようだが、それは違う。
「向こうから殴りかかってきた場合、あの二人が反撃するのを心配しているんだ」
基本的に、帝都ではアイノに暴力沙汰を禁じている。力があることをばらさないためだ。
しかし、自衛となると話は違う。自分の身に危険が迫った場合、反撃して良しと俺もサンドラも話してあるのだ。
やりすぎてしまうかもしれない。
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