第360話「多分、この場で一番冷静なのは彼だと思う。」
『聖竜様、詳しく教えて頂けますか?』
『うむ。予定通り、貴族が少なそうじゃが治安が良い場所で買い物をしていての。そこで声をかけられたのじゃ。ヴェクセル伯の息子と、結構強そうな奴が四人ほどじゃな。今は近くの建物におる』
『マイアは何かしていましたか?』
当然ながら、マイアはアイノの護衛として同行している。彼女が剣を抜かなかったということは、差し迫って危険でもないということだろうか。
『うむ。結構強引に来たんで追い返そうか悩んだみたいじゃ。しかし、アイノの方が「少しお話をするくらいなら」と受けてのう。実力行使する前に止まった感じじゃな』
『暴れにくい状況ですからね。仕方ないか……』
マイアの判断を責めることはできない。そもそも、魔物とは勝手が違うのだ。王都にはロジェを始め、彼女の親族もいる。日常的に意識することはないとはいえ、家への影響がどうしても頭をよぎるだろう。
加えて、「アイノを目立たせたくない」という帝都に来て以来、何度も言っている俺の意向もある。
恐らく、その場でマイアとアイノがひと暴れして脱出することは可能だったはずだ。しかし、諸々の事情でその場は抑えて、話は聞くことになった、という所か。
『聖竜様、お手数ですが、アイノにもうすぐ俺が行くことを伝えてください。ここは慎重に動いてもらわないといけません』
『うむ。わかったのじゃ。ところで、慎重に動くというのは、アイノ達のことじゃよな?』
『もちろんですとも。俺が動く分には問題ない』
アイノとマイアを取り巻く色々な事情。当たり前だが、俺には適用されない。荒事になって俺が目立つ分には何一つ困らない。いや、ヴィクセル伯との関係悪化が決定的になると、サンドラが困るかもしれないな。
「あの、アルマス様。どちらに向かいますか?」
俺に同行しているヘレウスの部下が不安そうな顔で聞いてきた。目を金色にして、静かにしてたのを待っていてくれたのだろう。よくできた者を寄越してくれているものだ。
「そうだな。俺を現地に連れて行って降ろしてくれ。そうしたら、君は屋敷に戻ってヘレウスかサンドラに伝えてくれ。帰りはアイノ達の馬車で行くよ」
「はい。承知致しました」
疑問を挟まれること無くよどみなく答えが戻ってきて、素早く御者に指示が出された。
馬車の窓の外、景色が高速で流れていく。急いでくれているようだ。
都会は賑やかで楽しいが、人が多いとどうしても面倒は増えてしまうものだ。
◯◯◯
軽快に飛ばしている馬車が急停車した。突然の動きに向かいに座る部下の若者ががくんとバランスを崩した。俺が助けること無く、若者は立て直すと、外の御者に鋭い声を飛ばす。
「どうした!」
「それが、貴族様の馬車が道を塞いでおりまして……」
御者が困った様子で言うように、外を見ると仕立ての良い馬車が道を塞いでいた。
話をつけにいくべきか。
ヴィクセル伯の妨害工作の一環と判断したので、ちょっと降りてお話し合いをしようかと思った所で、馬車から男性が一人降りてきた。
貴族だ。と一目でわかったのは来ている衣服の良さからだろう。
体が大きく、筋肉質。癖のある髪の毛と、どこか疲れた灰色の瞳が特徴の大男だった。
武器は持っていない。素手で俺を止めるつもりか?
「……ヴィクセル伯次男、オルヴァ様です」
部下の人が教えてくれた。素晴らしい人材をつけてくれたヘレウスに感謝だ。
オルヴァは近づいてくると、馬車の扉を軽くノックした。
「何用だ?」
扉についた小窓を開けて軽く覗き込み、問いかける。
俺を見た瞬間だった。
オルヴァは顔を歪めた後、深々と頭を下げた。
「我が親族が大変ご迷惑をおかけして申し訳ない! しばし、お時間を頂けませんでしょうか!」
見た目に違わぬ大声だった。
「…………」
部下の人が「どうします?」という顔でこちらを見た。俺が判断するしかないか。そうだよな。
「わかった。話を聞こう」
「ありがとうございます! では、自分の馬車に続いてください! 大丈夫。時間はとらせません! すぐそこです!」
本当にすぐそこだった。
感じの良い民家の敷地に入ったかと思ったら、オルヴァは飛び降りる勢いで馬車を降り、自分の手で俺達の馬車の扉を開けてくれた。そういえば、共も連れていないな。単身で来ているというのも何かしらの心情の現れなのかもしれない。
「どうぞ中へ。自分の商談用の家の一つです。時間はとらせませんので。賢者殿の妹君が置かれた状況について、ご説明がしたいのです」
すぐ話します。それも全部。とオルヴァは付け加えた。
全部教えてくれるなら、それはかなり助かる。判断材料は多いほうがいい。場合によっては、アイノとマイアにその場でひと暴れする許可も出せるだろう。
「わかった。話を聞こう。手短にな」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
大男がその場に平服しかねない勢いで頭を下げまくってくる。なんだろう。なにもしていないのに、この態度をされると心が痛むな。もしかしたら、そういう作戦かもしれない。
「アルマス様、私は外で待機しております」
どこまでも優秀な部下の人は、澄ました顔でそう言った。多分、この場で一番冷静なのは彼だと思う。
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