第359話「聖竜様がケーキを食べている時、うるさかった。」

 豪奢な建物だな。

 ハギスト公の自宅に対する第一印象がそれだった。屋敷というよりも小さな城を思わせる外観。白と青に塗りわけられた壁と屋根が印象に残る建築だ。

 建っているのは帝都中心部に近く、庭は狭い。城みたいな外観をしていても掘があるわけでもない。

 

 これは帝都が昔、城塞都市だった時の名残で建物が密集している傾向にあることが影響しているという。むしろ、土地付きのこれだけ立派な建物を持って維持しているのは、相当の家であることの現れだという。

 我が家よりも余程立派な家柄だよ、とは色々教えてくれたヘレウスの言葉だ。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 馬車を降りると、家令とでも言うのだろうか。穏やかそうな男性が現われ、案内を務めてくれた。

 小さいながらもよく手入れされた庭を通り、頑丈そうな城門の向こうへと誘われる。

 門の向こうに出迎えの人物がいた。


「ようこそいらっしゃいました。聖竜領の賢者様。ハギスト公爵の妻でございます」


 ハギスト公の夫人は、いかにも貴族といった外見の人だった。結い上げた髪型に、動きやすそうなドレス。色が青いのは、家に合わせているのだろうか。

 細かく観察しても仕方ない。俺は仕事をするのみだ。


「はじめまして、アルマスだ。依頼を受けて魔法をかけにきた。すぐに取りかかっても構わないだろうか? 今日も暑いことだし」

「ええ、是非ともお願い致します。魔法をかけて欲しい場所をご案内致しますね」

「宜しく頼む」


 そうして、俺は案内されるまま、次々に冷房の魔法をかけていった。客室、寝室、リビング、厨房など。期間は二ヶ月。夏の間、涼しく過ごせるだろう。

 ちょっと驚いたのは、夫人が使用人達の部屋にも魔法をかけるように言ったことだ。


「こう暑いとゆっくり休めないでしょうと、あの人からの指示なのです。優秀な人間は育てるのに時間がかかる、だから大切にせよ、と」


 顔に出ていたのだろう、自慢げな笑みを浮かべながら、夫人は言い切った。受け継いだ血脈や陰謀だけで帝国の中枢にいるわけではないということだ。そうでなければあの皇帝が置いておくわけもないか。


 一通り魔法をかけ終わると、応接に通された。お茶の誘いだ。正直、断りたかった。今日はアイノ達が別の場所で買い物にでている。


 ちなみに、ハリアは昨日から皇帝に呼び出されて、帝城で楽しくやっているらしい。あいつだけ別行動だが、その見た目のおかげか可愛がられているようだ。色々食べて帰って来る様子に、聖竜様が嫉妬していた。


 すっかり涼しくなった室内で、美味しい茶と菓子類が用意された。周囲には五人ほどの使用人が並ぶ。最初に案内してくれた家令の人も勿論その中にいた。


「素晴らしい魔法ですわ。今年の夏は暑くて、参っていましたの」

「そのようだ。聖竜領に比べると、この辺りは大分暑い」

「ええ、そうですの。そうだ、いくつかお伺いしても宜しい? 噂の賢者様がこうしていらっしゃってくれたのですもの」

「構わない。俺にわかることでよければ」


 思ったよりも正面から来た。夫人からのお誘いは強引に断ることも出来たが、あえて受けた理由がこれだ。

 帝都にある、聖竜領の悪い噂を払拭する……とまではいかないが、その布石を打っておく。ヘレウスからの提案である。


 貴族の女性達は噂好きだ。そして、社交という名の情報交換を頻繁に行う。俺がここでハギスト公の夫人からの質問に答えておき、正しい情報が広まるのを狙うのだ。


「賢者様が『嵐の時代』を生きていたというのは本当ですか?」

「本当だ。北の小国にいた。もうなくなっているようだが」

「では、本当に元人間なのですね。魔法で人間を操る恐ろしい賢者という噂もあったのですよ」


 そんな噂まであったのか。酷い話だ。そんなことしないぞ。


「国ごと無くなっているから証明するのは難しいな。当時を知るエルフでもいれば確認はできる。魔法で人を操ったことはない。ただの魔法師だよ」

「ですけど、不思議なハーブや薬草をお作りになるのでしょう? 眷属印とかいう」

「聖竜様の加護だ。実は、聖竜領の皆と畑をやって気づいたんだ。それまで、自分にそんな能力があるなんて知らなかった」

「あの空飛ぶ竜を使役して、気に入らない相手を食べるというのは? 噂だと、挑んできたどこかの領主にやったと……」

「そんな事実はないな。俺はこの国と接触してから、人を殺めたことは一度も無い。何度か、身の程知らずを叩きのめしたことはあるが」

「お強いのですね。帝国五剣よりも」

「俺は竜だからな」


 割と率直な問いかけが続く。夫人の方は思いつくまま、聖竜領の噂をぶつけて来る感じだ。俺は基本的にそれを訂正し、時には一部肯定した。特にサンドラが捧げられたというところは念入りに否定しておく。彼女に失礼だ。


 紅茶を二杯ほどおかわりし、美味しいケーキのおかわりを断ったところで質問は一通り終わった。聖竜様がケーキを食べている時、うるさかった。


「失礼いたしました。次々と質問を浴びせてしまって」

「いや、問題ない。こちらとしても、どんな噂をされていたのか気になっていた。なにせ辺境に現われた得体の知れない魔法師だからな」

「あら、ご自分で仰るのですね」

「そのくらいはわかっているとも」


 くすくす笑う夫人だが、その目は真剣そのものだ。俺を値踏みしているし、旦那にしっかり報告するのだろう。悪い印象を与えず、ちょっと面倒な奴だと思って貰うくらいがちょうどいいな。


「さて、そろそろお暇するとしよう。代金は後ほどヘレウス……魔法伯から請求が来る手はずだ。それと、これは遅くなったが手土産になる」


 俺は杖を収納している空間から、小さな袋を出した。帝都で買ったちょっと良い紙袋を、リーラが上手くラッピングしてくれたものだ。


「眷属印のハーブティーだ。疲労を取る効果がある」

「まあ! 実は以前、一度だけ手に入って使ったことがありますの。素晴らしいものでしたわ。夫もそれはもう疲れがとれて。帝都だとなかなか入手できなくて困っていたのですけれど……」

「手土産くらい持っていけと皆に言われてな。特に他意はないから受け取って欲しい」


 嘘である。ヘレウスから以前、夫人が眷属印を使い、一時期必死に探していたという情報を得ている。利用できるから、させて貰った。


「感謝致しますわ。聖竜領の賢者様」


 夫人はそれまでとは違う種類の笑顔を浮かべて、贈り物を受け取ってくれた。

 その後、夫人及び使用人一同に見送られて、俺は白と青の小さな城を後にした。


 このままアイノ達と合流すべく、馬車に乗った直後、聖竜様の声が響いた。


『アルマス。アイノ達がヴィクセル伯と接触したぞい』


 商人貴族め。アイノ達に目を付けたか。正面から挨拶しろと言ったのに。

 俺は案内をするべく同行しているヘレウスの部下に、聖竜様から教わった行き先を伝えた。アイノに何かあったら容赦はしない。

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『新生魔術師はゆっくり暮らしたい』という新作の投稿を始めました。

お読み頂けると嬉しいです。宜しくお願い致します。


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