第353話「男の丁寧な物言いに、俺は即答した。」

 総合店舗内には色々ある。少し室内が暑いが、たまに涼しい風を送る魔法具が動いているのを見かける。魔法師を使って強引に温度を下げているようだ。帝城よりも金をかけているな。

 歩きながら、並んでいる商品を見ていく。衣服、装飾品、宝石、使い道のわからない家具、もっと使い道のわからない何か。どれも今ひとつ目に止まらない。というか、俺には価値のわからないものばかりだ。個人的に買いそうにないし、土産にも向いていなさそうだな、くらいの感想しか抱けない。


 唯一、魔法具の店が少し面白かった。置かれているのは照明や調理用など生活用のものが中心だが、細かい調整がされていたり、見た目も工夫があったりで面白い。

 とはいえ、魔法具は土産には適さない。高いしな。俺個人としては自前の魔法があるからいらないし。


 そんな風にさまよいながら色々見て歩いているうちに、本屋に行き着いた。建物内ながら、広いフロアを占有しており、クアリアの本屋よりも広い。当然、置かれた書物の種類も多い。


 俺の目についたのは一冊の薄い冊子だった。


「ほう。『イグリア帝国辺境録』か。興味深い」


 品質の悪い安い紙でまとめられた、一般向けの軽い書物だ。実際、値段も安い。旅行本のコーナーに置かれていて、そこそこ人気があるのかちょっとした山になっている。

 周囲を見た感じ、中身を軽く確認するくらいなら怒られなさそうなので、ちょっと見てみる。


「うむ。やはりあるな。聖竜領……」


 予想通り、しっかりと聖竜領についての記事があった。それどころか、特集されている。

 内容はあることないこと好き放題。裏取りなしで噂をまとめたようなものだ。

 軽く挙げるとこんな感じだ。

 伝説の聖竜の力によって閉ざされていた土地で、供物を捧げることで土地が豊かになっている。

 眷属と呼ばれる強力な魔法師がおり、強大な力を振るっている。怒らせると山と大地を引き裂くと脅迫している。あとシスコン。

 領主であるサンドラは自らを聖竜に捧げられることにより、この地の管理を任された。

 竜がそこら中で闊歩している恐ろしい場所であり、領民とて油断できない。

 聖竜領で採れる薬草は凄まじい効果を発揮しており、死んでいなければ何でも治せると言う。


 ないことないことばかりだ。一応、最後に申し訳程度に「これらは噂や憶測であり、事実ではないことを留意されたし」と書かれている。


『なんじゃこれは。どうせならワシの好物とか載せてくれんかのう?』

『遠く離れた辺境なんてこんなものですよ。お、こちらは少しまともですね』


 もう一冊、帝都辺境についてまとめられた本があり、こちらはちゃんとした記述がされていた。クアリアや東都など、聖竜領と関わりのある人の証言も記載されている。


『恐らく、この安い方は、面白おかしく書き立てる媒体なんでしょうね。正式に抗議もできそうですが、どうします?』

『む。一応、ヘレウスに頼んでおくのじゃ。面白いのは良いが、恐れられたり誤解されるのは良くないからのう』

『御意』

『なんで何冊も買おうとしてるんじゃ?』

『いい土産になると思いまして』


 自分たちの住んでいる場所が帝都からはどう見えているか。それがわかる面白い資料だ。何冊か買って帰って、みんなで回し読みしよう。ちょっと反応が楽しみだ。


『アルマス。会計をする前に、さっき入口辺りにあった帝国菓子全集という本を買っておくのじゃ。そしてトゥルーズに渡してくれ』

『わかりました』


 心の広い聖竜様は好き勝手書かれても気にしないようだった。あんまり嘘をばらまかれると困るから牽制はすべきだけれど、程々でいいだろう。


 書店を出て、軽い満足を覚えた俺は足早に総合店舗の外に出ることにした。


『アルマス、どうしたのじゃ?』

『一人で行動し始めてから、何人かに監視されています』


 どこの誰だか特定はできないが、見られている。馬車を降りた時からあったが、単独行動をとってからあからさまになった。「ばれてもいい」という感情が見える動き方だ。

 なので、素直に乗ることにした。帝都での貴重な時間を消費したくない。話をつけてしまおう。


 買った本を小脇に抱えて、黄金通の路地裏に入る。

 どれだけ綺麗に整えようと、路地裏はやはりそれなりだ。帝都の人口密集地でもあるので、少し道幅が狭い。


 路地に積まれた箱や荷物を避けながら適当に歩くと、ちょっとだけ広い場所に出た。

 中央に井戸のある、古い広場だ。井戸自体には蓋がされ、錠で閉じられている。既に役目を終えた水汲み場といったところか。人は誰も居ない。そういう場所なのか、人払いされているのか。そこまでは判断できないな。


「そろそろ出て来てくれないか。話をしたい」


 周囲に聞こえるよう声を大きくして言うと、複数人の足音が響いた。

 身なりの良い一般人。貴族ではない。そんな雰囲気の男性が一人。護衛らしき者が二名。こちらは服の下に短剣を潜ませているな。


「はじめまして。聖竜領の賢者アルマス様。まずは、ご無礼をお許しください」

「構わない。尾けるのも尾けられるのも慣れているからな。それで、どこの者だ? 用件なら手短に頼む」

「これは手厳しい。ですが、話が早い。我らの主、ヴィクセル伯爵が是非ともお会いしたいとのことです。すぐそこに馬車のご用意もあります。宜しければご一緒に……」

「いや、今は駄目だ。大事な用件の最中だからな」


 男の丁寧な物言いに、俺は即答した。


「? ……失礼ながら、観光と買い物だけとお見受けしましたが?」


 わかっていないな。俺というものを。ヴィクセル伯は商売人だと聞くが、事前調査を怠るのは心配だ。


「大事な妹との観光と買い物だ。俺にとってはこれ以上大事なことはない」


 大切なことなので、大事という言葉を二度使って強調してみた。

 向こうはあっけにとられている。よし、これで話しやすくなったはずだぞ。

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