第352話「そう、かつてとは違うのだ。ここは変に気負わず帝都見物と洒落込もう。」
今日は帝都観光だ。仕事から離れた行動が取れると思うと、心が弾む。実は割と興味があるんだ。空から見たところ、かなりの都会だからな。見たことのないものがひしめき合っているに違いない。
「さて、帝都を巡って何をするべきだろうか」
現在、ヘレウス邸の一室にて、サンドラ、リーラ、アイノ、マイアと集まって出かける前の雑談中だ。
「都会ですからね。聖竜領にないものが沢山ありますよ!」
「じゃあ、お土産も色々選べそうですね。楽しみ」
マイアの発言を受けて、アイノが朗らかに笑いながら言った。まず土産の心配とは。我が妹ながらその心優しさには感心するが、もう少し自分の買い物をしても良いと思う。
「土産ね……。何を買おうかしら。ハリアの客室に乗る量だって多くないし」
「そうだな。悩ましい所だ」
土産問題。実は、密かに俺を悩ませていたことだ。
こういう時、何を買えばいいのかわからない。聖竜領全員分など、とうてい無理だ。とはいえ、個人宛に何か買えば不公平な感じになってしまう。
「兄さん、お土産で悩んでいる顔をしてる」
「それはまた珍しい顔ですね」
アイノに心の中を見抜かれた。
「あまり深く考えなくても宜しいかと思います。皆さん、喜んでくれるでしょうし」
「そうはいうがな。それなりに気の利いたものを持って帰りたいじゃないか」
リーラの言う通り、聖竜領の者なら余程変なものを出さない限り喜んでくれるだろう。
しかしだ、表向き喜ばれて実は微妙に思われてしまっていたとかあったら、ちょっと傷つくじゃないか。できればそれなりのものを用意したいと思うのは、普通の心理だと思う。
「アルマスが何を用意するのかちょっと楽しみになってきたわ」
「お嬢様……」
サンドラが意地の悪い笑みを浮かべていた。帝都出身で何があるか熟知している上に、隣にはリーラがいる。安心しきった態度だ。
「大丈夫よ兄さん。私とマイアさんも一緒だから」
「ご安心ください! こう見えて帝都の有名店は一通り抑えておりますので!」
「それは頼もしいな。二人に相談するとしよう」
こう見えてマイアはお嬢様育ちでもある。剣ばかり振っているようで、たまに育ちの良さが出ていることから、信頼はできる……はずだ。帝都育ちだしな。
「これだけ物がある所に来たんだ、俺でも何かしらいいものを選べるだろうさ」
「そうね。部屋で話していてもきりがないし、出かけてしまいましょう。……アルマスの選ぶもの、やっぱりちょっと楽しみだわ」
「俺が変なものを選ぶのを期待するのはやめておくんだな。今はアイノがいる」
そう、かつてとは違うのだ。ここは変に気負わず帝都見物と洒落込もう。
「あまり私に期待されても困るのだけれどね」
アイノはちょっと困った顔をしていたが、俺が変なものを選んだら注意してくれるのは間違いない。これは安心して買い物できるな。
◯◯◯
帝都の建物は高い。帝城の周辺は古くて落ち着いた景色だったが、経済の中心地であるすぐそばの区域は石造りの高い建物が沢山建っている。
「よくもまあ、崩れないものだな。城より高いぞ」
「建築技術の進歩によるものです。年々、高い建物が建っていますよ。経済が豊かになっている証拠でもあるそうです」
馬車の窓から見える景色に感心していると、ヘレウスの用意してくれた案内人がそう教えてくれた。
レール馬車に比べると揺れる車内で、俺、アイノ、マイアの三人は帝都の景色を満喫している。横目に大きな川が流れているが、石畳や橋一つとっても、ちょっとした意匠が凝らされていたりと、なかなか見応えがある。
「あ、凄い。川を眺めながらお茶ができるんですね」
「私が居た頃にはなかったお店ですね!」
「はい。最近できたお店ですね。これから行く先ではありませんが、お菓子が美味しいと評判ですよ」
『ほう。興味深いのう』
『今日は行かないみたいですよ』
途中、聖竜様の発言が紛れ込んだりもしつつ、俺達は目的地に到着した。
「こちらは黄金通りと呼ばれる場所です。帝都でも指折りの店が並ぶ地区で、一日に大量の金銭が取引されることからそう呼ばれています」
降り立った先は、見た瞬間にわかるくらい高い店が並ぶ通りだった。ここだけ石畳の素材が違うし、魔道具の街灯がある。立ち並ぶ店舗はどれも重厚な佇まいで、入るのに躊躇させる雰囲気があった。
「こ、ここか……?」
「はい。治安が良く、間違いなく良いものが揃っておりますので。こちらへどうぞ」
案内されるまま入ったのは、新しくて綺麗で高い建物だった。中に入ると店内は明るく照らされ、陳列される大量の商品が目に入ってきた。
「む。これは場所ごとに店舗が違うのか?」
「はい。複数の商会が店を出している総合店舗です。帝都でもまだここだけのお店ですよ」
「そうか。ここなら一通りのものを買えるな」
「それだけでなく、通り沿いのお店よりもお値段が控えめな店も入っております。買い物をしやすいかと」
「これは凄いですね! 武器屋はあるんですか?」
「わぁ……。あ、あの、どんなお店があるんですか?」
アイノとマイアが目を輝かせていた。いきなり武器を探すのはともかく、買い物を思う存分楽しんで欲しい。
「良ければ、アイノ達の要望に答えて案内してやってくれないか? 俺はそれほど欲しいものがないから好きに見て回らせてもらいたい」
「承知いたしました。旦那様から、アルマス様はご自由に動きたがるだろうと承っておりますので」
「…………」
行動が読まれていた。さすがは仕事は有能な男だ。
「一通りご満足されましたら、五階にあるレストランへいらっしゃってください。聖竜領の方の名前でお休み出来るよう、個室を確保してあります」
「何から何まですまない。では、適当に見物させてもらうよ。アイノ、金のことは気にしないでいいからな」
「わかったわ兄さん」
いつになく即答したアイノに不安を覚えつつ、俺は店内を自由に歩き始めた。
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