第349話『親愛なるアルマス・ウィフネンへ。』

 親愛なるアルマス・ウィフネンへ。

 もし、この手紙を貴方が読んでいるなら、まずは「おめでとう」と言わせてもらうわ。

 きっと、望みが叶い、妹さんと暮らしているのでしょうね。


 伝承の彼方に消えていた聖竜に出会えたこと、とても羨ましく思うわ。

 貴方を知る殆どの人は、兄妹揃って帰らぬ人となることを確信していたけれど、私は違います。

 アルマス、貴方はいつも妹の話ばかりする所を除けば、非常に優秀で、必ずやり遂げる人だった。

 誰もが二度と帰って来ないと思っていた作戦を何度も生き残って、そしらぬ顔で私の前に現れるのは驚きでした。


 今でも思い出します。最初に出会ったのは私の開発した製品に対する苦情で、若かった私はなんと失礼な男だろうと思ったことを。

 その後も、新しい技術を開発するたびに貴方は苦情を言いに来て、いつの間にかそれが日常になって……。


 いえ、余計なことを書くのはやめましょう。

 こうして貴方への手紙を書こうと思ったのは、最近になってよく昔のことを考えるようになったからです。

 少しばかり、情勢が落ち着いたからでしょうね。まだ戦争はそこらじゅうで続いており、私達のいた国も既に無くなってしまったけれど、少しは世の中が良くなる兆候があります。

 時間はかかるでしょうけれど、将来的に戦乱も終わる気がします。残念なのは、人間の寿命ではそれを目にすることができないことですね。


 そこで私は子孫にこの手紙を残すことにしました。子供たちが上手く次代に続けば、そのうち貴方の手に渡ることでしょう。

 貴方は聖竜に会って眷属と呼ばれる存在になっているはず。必死になって調べたから間違いないはずよ。きっと、寿命も人間を超えているでしょうね。

 

 なので、この手紙は貴方が生きていて、妹さんと幸せに暮らしていることを前提に書くことにします。

 死ぬまでに未練があってはいけないから。それが筆をとった理由。


 私が貴方に言いたいことは多くないわ。二つほど。


 一つ目は、聖竜探索の旅に連れて行ってほしかったということ。

 正直、貴方が消えた時、殴りに行こうかと思った。本気よ。荷造りしている途中で思いとどまったけれど。

 もし私が貴方が頼りにできるくらい強ければ、声をかけてくれたかしら。難しいでしょうね。死ぬ確率の方が高いことを、理解していただろうから。

 でも、勝手ながら、今でも声をかけてくれなかったことを恨んでいます。


 そしてもう一つ。これを書くのは勇気がいるのだけれど、せっかくだから書いておくわ。もうお婆ちゃんだから、失うものもないしね。


 愛していたわ。アルマス。


 それだけよ。妹さんとお幸せに。貴方の出会う、私の子孫が善き人であることを願っているわ。


 気が向いたらまた手紙を書きます。今度は思い出話でもいいかしらね。



〇〇〇


 アイノが泣いている。かつてない程困った。

 原因は、フレス・エヴェリーナからの手紙を読んだことだ。一読した後、たまたま部屋に来たアイノの目に止まり、同じ時代を生きた者として読んでも問題ないと判断したのだが、ご覧の状況だ。


「アイノ、何も泣くことはないじゃないか」

「だって……私のせいで、兄さんと、この人の人生が……」

「気にすることはないぞ」

「気になるに決まってるでしょう!」


 だん! といつになく強い口調と共に、テーブルを叩くアイノ。怖い。どうしよう。


「私が病気にならなければ、兄さんとフレスさんはもっと普通に幸せになれたのに……」

「俺の幸せはアイノが元気に過ごすことなんだが」

「兄さんはそれでいいかもしれないけど! フレスさんがあんまりじゃない! 付き合ってる人とあんなお別れの仕方をして……」

「いや、付き合ってないぞ」

「え……」


 珍しく激しい感情を見せていたアイノの動きが止まった。やはり、勘違いしていたらしい。


「俺とフレス・エヴェリーナが付き合っていたという事実はない」

「でも、この手紙を見た限り、フレスさんは明らかに兄さんのことがかなり好きに見えるんだけど。兄さんも仲良かったんじゃないの?」

「仕事上の付き合いがあったのは事実だ。頻繁に製品の試験などを依頼されていてな、何かと顔を合わせてはいた。仕事以外でもそれなりに付き合いはあったが、恋人同士のものかと言われると違うと思う」

「……本当に?」


 妹がかつてない疑念の目で俺の方を見ている。まるで信用されていない。


『どうやら、ワシの出番のようじゃな』

「聖竜様? 一体何を?」


 ずっと静かにしてると思ったら急に出て来た。声の感じが呆れたような、楽しそうな、俺の不安を煽る雰囲気がある。


『ワシはアルマスを眷属にした際、これまでの記憶を全て読み取っておる。何百年もたって記憶がおぼろげになっている本人よりも、客観的かつ、正確な事実を判断できるじゃろう』


 俺について俺より詳しい人がいた。しかも上司。怖い。


「あの、聖竜様。実際のところ、フレスさんと兄さんの関係はどうだったんですか?」


 アイノの言葉に、聖竜様は『うむ……』と少し時間をおいてから答えた。


『たしかに明確な恋人同士という話はしておらんな。しかし、仕事から帰る度にフレスに会っておるし、休日に二人で出かけたり、買い物したりもしておる。アルマスは気づいておらぬようじゃが、職場では公認のように見られていたような節もあるのう』

「ちょっと待ってください。俺の記憶を歪めて解釈していませんか?」

『失礼じゃのう。相手の反応や、お前さんが気にしていなかった小言、その他周囲の表情などからワシが導き出したんじゃぞ。戦時下に二人で景色を眺めながらピクニックとかしとるじゃないか』

「いや、あれはアイノを呼んだ時に案内すると良い場所があると話を持ちかけられて」

「私を使えば誘い出せるとわかっていたのよ、兄さん……」


 そうだったのか……。まるで気づかなかった。


『とはいえ、アルマスも当時は一杯一杯でそれどころじゃなかったようじゃ。もし告白されても受けたとも思えん』

「それは、そうですね……」


 当時の俺にフレス・エヴェリーナの思いに応えられたかと問われると自信はない。そのくらい精神的にすり減っていた。今ほど強くないから必死だし、戦争は人間性を削っていく。


「そうね。兄さんだって色々あるものね。でも……どうするの?」

「どうすると言われてもな……。聖竜様、死者を蘇生することは可能ですか?」

『うーん。ちょっとそれは難しいのう』

「じゃ、じゃあ死者とお話することはできますか?」

『あー、それ実はワシの担当じゃないんじゃよ。可能性があるとすれば邪竜じゃな』

「そうですか……」


 聖竜様以外の六大竜は眠りについている。連絡をとれても力を貸してくれるかどうかも怪しい。


「せめて、子孫であるサンドラの力になるようにしよう」


 そのくらいしかできることは思いつかない。勝手な想像だが、フレスもそれで喜んでくれるだろう。


「一つ聞かせて。兄さん、フレスさんのこと、どう思っていたの?」


 その問いかけに、俺は少しばかり考え、素直な答えをいうことにした。全ては過去、もうやり直しはきかない。だからこそ、正直になろう。


「嫌いであれば、毎回会いに行ったりはしなかったよ」


 それが、嘘偽りのない、本音だ。この言葉や気持ちに今やどれだけの意味があるのか、俺にはわからない。むしろ、時を超えてサンドラと出会わせてくれたフレスの方の気持ちこそ、大切にするべきだと思える。


「そう。兄さんがそう言う人に、会ってみたかったな、私も……」


 今更ながら思い出した。あの時、病気になったアイノを見つけた時。本来なら、職場に連れて行く予定だったことを。


「そうだな。残念だ……」

 

 そんな言葉しか出なかった。まさか、帝都に来て今更自分の過去と向き合うことになるとは……。いや、これはきっと忘れてはいけないことだな。

 せめて、この手紙は魔法をかけて保管しておこう。俺が人間だった頃の、大切な記憶だ。

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