第350話「技術があるのか、こういうのにも……。」
へレウスの屋敷の一画に何もない小さな部屋がある。天井近くに窓があり、周囲を白い壁に囲われた書斎のような部屋だ。
しかし、ここは書斎ではない。部屋の中央付近にあるのは机ではなく、小さな台座だ。大理石だろうか。シンプルな台形に整えらえたそれは、屋敷全体の雰囲気とあまりにもそぐわない。
「ここだ。アルマス殿、頼む」
「承知した」
墓参りから戻った俺達の次にするべき仕事は、この台座への聖竜像の設置だ。
とはいえ、そんなに大がかりなものでもない。聖竜領から持ち込んだのは、俺が抱えられるくらいの大きさだ。台座もそれに合わせて設計されている。
石像はシンプルに重いので、魔力で身体強化できる俺が設置することになった。いっそ帝都で作ってもらうべきだったかとも思うが、聖竜領やクアリアで作ったものでないと効果が出ないかもしれないので、今回は輸送した次第だ。
「よし……、どうだ?」
「少し、曲がっているな」
「そうね。小指一本程度、横にずれてもいるわ」
「……わかった」
細かいことをいう親子の指示を受けつつ、場所を調整する。数分かかったが、良い感じになった。
帝都の屋敷に鎮座する聖竜像。なんというか、不思議な感じだ。へレウスからの提案であり、友好の証と、離れた場所で像が効果を発揮するかの検証である。
「設置はこんなものだな」
「そうね。リーラ、お願い」
「承知致しました」
様子を見守っていたリーラが、皿に乗った料理を像の前に供える。屋敷の厨房で作られた、果物のタルトだ。とても美味しかった。
「聖竜様、宜しくお願いします」
果たして、遠く離れた帝都で像が発動するだろうか。聖竜の森から大分距離があるので難しい気もするが……。
そんなことを考えていたら、普通に像が光って、タルトが消えた。
『おおっ! なんか、物凄く強く念じて頑張ったら、出来たぞい! これはワシに食欲の勝利じゃなぁ!』
物凄く嬉しそうな声が聞こえてきた。まさか、食欲の力でどうにかしたのか、六大竜が。
『なんか失礼なことを考えておるな。ワシの食欲を舐めるでないぞ。うむ。美味い』
『上手くいったならいいんですが。この距離でもできるんですね』
『もしかしたら、像経由で供物を手に入れるのに慣れたかもしれんな。コツがあるんじゃよ、こういうのは。何年もやってるからのう』
技術があるのか、こういうのにも……。
とにかく、上手くいったのは確かだ。ここは結果に注目しよう。へレイスもサンドラも何か心配そうに俺の方を見てるしな。
「上手くいったようだ。聖竜様はとても満足している」
「そうか。良いことだな」
「本当。これは凄いわね。クアリアの聖竜領支部にも建てましょう」
「俺としてはありがたいが、二人とも熱心だな」
「何をいう。帝国と聖竜は友好関係にある。これを証明できるんだから、良いことだよ」
「そうよ。聖竜領は聖竜あってのものなんだから、こういうのはしっかりしないと」
『ワシ、なんか凄く重要な存在みたいじゃなぁ』
『この世界の歴史的にこれ以上ないくらいには重要かと』
身近すぎると忘れかけることがあるが、聖竜様はとんでもない存在だ。サンドラもへレウスもそれをしっかり把握して動いてくれる。この二人がいる間は、問題は起きないだろう。案外、こういう関係性をしっかり続けるというのが難しい……と思う。
「後はアルマス殿が去った後も供えたものが消えるかの検証が必要だな。眷属がいるからこそ発動した可能性もある」
「そうね。お父様、結果は……アルマスから聞けばいいわね」
「二人とも本当に乗り気だな」
「当然だとも。聖竜領のみならず、既に私にとっても良いことが起きているのだ。アルマス殿が来ただけでな」
へレウスがよくわからないことを言い出した。俺がやったことと言えば、皇帝に挨拶したのと、冷房の魔法をかけたことくらいなんだが。
「アルマス殿が謁見の間で冷房の魔法をかけただろう? あれのおかげで、私相手に相談が殺到している。今年の帝都は特に暑いからな」
「それは勿論、関係の浅い貴族からということよね」
娘の言葉に父親は満足気に頷いた。
「アルマス殿達が来てまだ二日。だが、冷房の件でその力は知れ渡り、貴族の間ではちょっとした騒ぎになっている。皇帝陛下と、我が家の次に、聖竜領の賢者に魔法をかけて貰えるのは誰か……とな」
「つまり、俺と仲良くなるために、へレウスとサンドラに有利な提案をする者が出てくるということか?」
「その通り。すでにいくつか具体的な話が来ているよ。こちらの優位を作りやすい情勢だ」
「さすがですわお父様、相変わらず策が冴えていますこと」
「違うぞサンドラ。これは偶然だ」
皮肉っぽく言ったサンドラに、へレウスが真顔で返した。これは、本気の目だ。
「今回私が一番気を使っているのは、聖竜領の人々に害が及ばないことだ。皇帝陛下への謁見も済ませたし、無事に帰ってもらうことが望みだよ」
それは、暗に娘の安全に最大限尽くしているという話でもある。それが察せないわけはないサンドラは、ばつの悪そうな顔をする。こういう時は年相応に見えるな。
「残念ながら、へレウスは家族相手にはこういう男だ。わかっているだろう?」
「……そうね。お父様らしくて嬉しいわ」
「そうか。良かった」
家庭のことになると急に計算が働かなくなる男は、ほっとしたように静かに笑みを浮かべた。
「像の設置は終わりだな。手間をかけるが、宜しく頼む」
「任せてくれ。帝都の名物や流行の品を供えよう」
『たまにワシの要望も伝えられんかのう?』
『それは難しいんじゃないですか?』
男同士の約束をして、部屋を出る。聖竜様が直接へレウスに語り掛けることができないからな、今のところ要望を伝える手段はない。
無事に仕事を果たした俺達は、今後の打ち合わせのために別室に移動する。
実を言うと、クレスト皇帝への謁見を済ませた我々は、割と予定に余裕があるのだ。そんなわけで、これからちょっと相談である。
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