第348話『思いがけない贈り物を受け取った。』
サンドラの母の墓は、帝都の郊外にある静かな場所にあった。都市の発展に取り残されたかのような、不自然な自然溢れる墓所。そんな印象を受けていたが、ヘレウス曰く「貴族の墓が集まる場所で、開発から逃れた」だけだという。自然が残るにも理由があるということだ。
「綺麗にしているのね」
「ここの手入れだけはかかさないことにしている。……サンドラを連れてきた。リーラもいる。久しぶりだな」
サンドラの母の墓石は、装飾もない簡素なものだった。貴族によっては祭壇みたいになっている墓もあるのだが、そういうのもない、質素で目立たない。ただ、サンドラの言った通りとても綺麗で大切にされているのが伝わってくる。
静かに墓石を見つめるヘレウスは穏やかながら、その目には見たことのない感情の色が浮かんでいた。それは俺の気のせいではないだろう。
「お母様。お久しぶりです。何年も会いに来ないなんて、想像もしていませんでした。家まで出てしまったから、間違いなく不良娘ですね」
そこに母親がいるかのように、墓石にそっと手を添えてサンドラが語りかける。
「お母様がいなくなってから、色々とありました。悪いこともありましたけれど、今はとても幸せです。リーラもいるし、力を貸してくれる人達も沢山います。お母様の家も再興したんですよ。利用したみたいだけれど、笑って許してくれると思ったから」
サンドラ・エクセリオ。当たり前のようにヘレウスの家に帰っていても、帝国の書類上では、彼女は別の家になる。立場のために利用したとはいえ、母親の家の名を名乗ったのは、決して軽い気持ちではない。
「いざとなると、あまり話すことが思いつきませんね。また来ます。空を飛んで帝都まで来るんですよ、わたし達は。お母様にも乗って欲しかった」
最後に笑って言ったサンドラの瞳の端に、光る物が見えた。
「お嬢様……」
「ありがとう。リーラ」
リーラから花を受け取って、静かに置かれる。聖竜領でも沢山咲いている、青い花。彼女の母が好んでいたというのを聞いたのは、出会った頃だったか。
「同行感謝する。アルマス殿」
「俺も礼を言わなければならない相手だからな。……墓碑銘がないようだが」
墓石には生没年と名前しかない。他を見た感じ、何かしら、墓碑銘が刻まれているものだが。
「お父様、まだ決めかねているのね」
「恥ずかしながら、なんと刻むべきなのか、悩んでいる。私にとっても、妻の早逝は気持ちの整理がついていない。そのせいで、サンドラに迷惑をかけてしまった」
言いながら、ヘレイスはサンドラの肩に軽く手を置いた。
「サンドラ。お前も考えてくれ。母さんの墓に言葉を刻むのは、お前の方がふさわしいとも思う」
「……わかりました。でも、お父様も考えるのよ。大事なことだけ娘に任せたと知ったら、お母様は怒ると思う」
「……そうだな」
苦笑するヘレウスに対して、サンドラは少し強気な笑顔を見せた。
「妻は難しい病だった。正直、アルマス殿にもっと早く出会えていれば違う運命が待っていたかもしれないと、思うときはある」
同行していたアイノとマイアが花を供えるのを見ながら、ヘレウスが語る。
「……俺は医者じゃない。治せる保証はないぞ」
「だが、聖竜の力がある。帝都の医者よりは、良い考えがあったかもしれない。……忘れてくれ。情けない男のありえない想定だ」
「いや、気持ちはわかるよ」
今、俺がアイノと一緒に暮らせているのは一種の奇跡だ。あの日、あの時、全てを捨てて聖竜様の元へと旅立った。出会える可能性の方が低い賭けに俺達は勝った。本当にそれだけのことだ。
自分で言うことではないが、普通ではない。立場があり、娘もいるヘレウスが聖竜様の下へと向かう決断など、出来ようはずもない。
「アルマス、アイノさん、マイア。朝からお墓参りに付き合わせてしまって御免なさいね。おかげで、少しすっきりしたわ」
「ここは俺達も来るべき場所だよ。今度は俺も花の一つも用意しよう。アイノに選んで貰ってな」
「そ、そうね。兄さんより私が選んだ方がいいかな……」
そんな会話をしつつ、俺達は屋敷へ戻るべく馬車へと向かった。
後から振り返ると、これは帝都で過ごす数少ない静かな時間となった。
予想外のことがあったのは帰りの馬車の中だ。
「アルマス。遅くなってしまったけれど、これを貴方に渡しておくわ」
そういってサンドラが差し出したのは、古い封筒だった。変色は激しいが、手紙としての体は残している。かなり古い……。
「これは?」
「ご先祖様、フレス・エヴェリーナの手紙よ。貴方宛」
「帝都に保管されていたんだな……」
「ごめんなさい。わたしが先に読んでしまったの」
「気にしなくていい。何百年も前の手紙の送り先が生存しているなんて、思わないだろう」
「おかげで、わたしは貴方に会えたわ。この手紙が、わたしの人生を拓いてくれた」
サンドラにとってのきっかけか。書いた当人も、子孫にそんな影響を与えるとは思っていなかっただろう。
「ありがとう。心して読むよ」
思いがけない贈り物を受け取った。今となっては数少ない過去との繋がりだ。戻ったらゆっくり読もう。
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