第346話『もう、震えも怯えもない。領主の顔だった。』
翌日、俺達は馬車でルーベンバッハ宮を出た。あの話し合いの後、特別なことはなかった。何より俺とアイノ以外は疲れていたので、早めに眠りについた。
二頭立ての馬車が二台、聖竜領の者とヘレウスが同乗して帝城へと向かっていく。ちなみに皇帝は朝早く出て行った。先に謁見の準備をしているらしい。結構無理して出迎えてくれたようだ。事前の準備を怠らない抜け目なさは皇帝らしい。それもあって、聖竜領に来る時以外は働きづめだそうだが。
「さすがは帝都だな。レールがない以外は、クアリアや聖竜領とは比べものにならない町並みだ」
宮殿を出て王都に向かうにつれて、徐々に町並みが豪華になっていく。歴史を感じる古い石造りの建物群が建ち並ぶと思えたら、新しく見える高層建築が目に入ってきたりもする。
「建築技術の進歩もあって、建物の高層化が最近の流行だ。おかげで町の外観が大きく変わってきている。帝城周辺は周りが緑地なのもあって、静かなものだよ」
「レール馬車の技術は東から普及する計画なのね。お父様ならさっさと広めそうなのに」
サンドラが言うとヘレウスが眉間に皺を寄せた。この馬車に乗っているのは、ヘレウス、サンドラ、リーラと俺だ。アイノとマイアは別になってしまった。
「意外と抵抗勢力が多くてな。説得に難儀している。しかし、近い内に何とかなるだろう。できれば、帝国を東西に貫くレールを敷設したい」
「大きく出たな。かなりの大事業だろうに」
「税金の使い道としては悪くない。さて、二人に注意事項を説明しておこう。本来であれば、謁見の後、宴を開くところだが、今回は用意していない」
「いいのか? 俺としては助かるんだが」
華やかなパーティーは正直苦手だ。聖竜様的には料理が楽しみかも知れないけど、面倒が多すぎる。
「正直なところ、帝国貴族がアルマス殿やアイノ殿にどのようなことをしでかすか想像できない。なので、昨夜の内にその手のことは陛下と済ませたということにしておく」
「陛下との関係性も強調できるわね。お父様、お招きされた場合も断って良いかしら?」
娘の問いかけにヘレウスは頷く。
「それも構わない。滞在期間は既に予定が埋まっていることにして欲しい。アルマス殿の都合で聖竜領を長く開けられないという言い訳は可能だろうか?」
「問題ないな。上手くつかってくれ」
別に俺が聖竜領を長期間離れられないわけじゃないが、使える嘘なら使ってしまおう。簡単に呼びつけられたりするようになると、迷惑だしな。
「今日も目標は謁見を無事に済ませて、何事もなく我が家に帰ることだ。頑張ろう」
なんだか子供のお使いみたいな目標を深刻な顔で言われた。本当に何事もなく心を砕いてくれているんだろうな。この男は。
高い建物と多くの人々、そんな通りが馬車の窓から見えていたが急に景色が変わった。見えたのは都会らしくない豊富な緑だ。
「帝城の庭園だ。到着は近い」
心なしか馬車が速度を落としていく。やがて俺達は綺麗に舗装された石畳と質実剛健とした門に守られた、イグリア帝国の帝城へと到着した。
○○○
イグリア帝国帝城。『嵐の時代』の後期に建築され、その後帝国の発展に合わせて度重なる増改築を受けた巨大建造物だ。その見た目は、何というか四角い。四角い砦がいくつも重なったような作りになっていて、ルーベンバッハ宮のような優美さは微塵もない。
しかも、そこかしこに見張り用や攻撃用の窓が開いている。
平和な時代であっても、この国が戦乱の上に立ったことを忘れないため、この外観だとヘレウスが説明をしてくれた。よく整った周囲の庭園とのギャップはあるが、国としての方針では仕方ない。
中に入り、部屋に通され謁見の準備だ。俺はともかく、女性陣は少しばかり服装を整えなければいけない。
それが終わったら、少し慌ただしく謁見の時間が来た。
城の見た目とは裏腹に、壮大な装飾の施された謁見の間。衛兵によって重そうな扉が開かれた向こう側には、沢山の人々が横に立ち並ぶ。
中央に空いた道の先にあるのは大きいながらも質素な見た目の玉座と、そこにちょこんと座るクレスト皇帝だった。
「聖竜領領主、サンドラ・エクセリオ様! 聖竜様の眷属、アルマス様! ご来訪!」
衛兵の叫び声を受けて、俺達は前に進む。後ろを歩くアイノとマイアが緊張しているのがわかる。リーラはいつも通りだな。サンドラは……ちょっと顔が青いけど目が据わっている。覚悟を決めたな。
途中、横目にヘレウスを見つつ、クレスト皇帝の前に立つ。周囲の貴族達からの視線はサンドラよりも俺に集中しているな。想定内だ。俺が目立つ分には、問題ない。自力で何とかできる。
「聖竜領領主、サンドラ・エクセリオにございます」
「聖竜様の眷属、アルマスだ」
サンドラ、リーラ、マイアが跪き。俺とアイノは一礼する。その様子を見た貴族達が一斉にざわめいた。
「静かに。聖竜領は我が帝国の領地ではあるが、偉大なる聖竜から借り受けているもの。それが帝国としての公式見解よ」
クレスト皇帝が立ち上がり、周囲を黙らせる一声を放った。いつもよりも力の籠もった、威厳のある声。こちらが彼女の仕事上の姿という訳か。服装も豪華だしな。
「そして、聖竜の眷属アルマスは私の友人よ。これからも友好的でありたいわね」
そう言って一歩前に出て右手を差し出された。
「勿論だ。聖竜様も俺も、イグリア帝国の長い平和と発展を願っている」
「その言葉、ありがたく頂戴するわ。それと、一つ私の頼みを聞いて貰えるかしら?」
「友人からの頼みは断れないな」
クレスト皇帝が周囲を見回して、言う。
「ここ、暑いんだけど」
「奇遇だな。俺もそう思っていた」
聖竜様の杖を取り出して、俺は謁見の間全体に冷房の魔法をかける。期間は二ヶ月。衛兵が一瞬武器に手をかけたが、部屋が涼しくなったのを見て呆気にとられた。
驚いたのは衛兵だけじゃない。この場の者ほぼ全員が、突如快適空間に変わったことに戸惑い、驚く。
「友好の証だ。皇帝への特別な贈り物だと思ってくれ」
「ありがとう、賢者アルマス。そして、サンドラ。貴方はよくやったわ。今後も彼らと友誼を結び、聖竜領をよく収めなさい」
「心得ました。全力を尽くします」
顔を上げて、サンドラが強い口調で言う。もう、震えも怯えもない。領主の顔だった。
「では、謁見は終わりとするわ。細かい話は済んでいるのでね。皆の者、アルマスは私の友人だから、変なことをしないように」
鋭く釘を刺す一言で、謁見の時間は思った以上にあっさりと終わりを告げた。
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