第345話『彼もまた暑いのは嫌らしい。』

 宮殿の中もまた、暑かった。涼しくするよう色々と工夫はされているんだろうが、気候の方がまさったようだ。俺はさっそく冷房の魔法をいくつかの部屋にかけておいた。


「ふぅ。本当に有難いわねこれ。ちなみにこれ、どれくらい続くの?」


 一仕事終えた後、俺達は冷房の効いた一室に集まった。いるのは皇帝、へレウス、アルマス、サンドラ、リーラだ。

 アイノとハリアとマイアは別室で休んだ後、宮殿を見回っている。皇帝は理由があるのか、二人を外させたためだ。


「とりあえず、六十日ほどだな。足りるか?」

「じゅーぶん。でもいいの? なんか、メイドたちの休憩室や厨房にもかけてくれたみたいだけど」

「体を動かす者が休みやすい方がいいだろう。最初は宮殿全体にかけようとしたんだがな……」

「陛下の御前としても、やりすぎよ。あまり力を見せびらかさない方がいいと思うの」

「サンドラも大変ね。とはいえ、賢者アルマスが思うがままに力を使ってくれた方が帝都が快適になりそうだけれど」

「陛下。それは少々乱暴かと……」


 強すぎる力を見せびらかすのは余計な問題を呼び寄せかねない。この場の全員の一致した意見だ。なので、俺も少々手加減させて貰った。


「わかってるわよ。さて、あえて妹さんとハリアとマイアに席を外してもらったのはね。これから退屈な話をするからよ。まず、明日の謁見について。いかにも偉そうだけど、一応やんないとね」


 明日、俺達は帝城でもう一度皇帝に挨拶することになっている。その際の打ち合わせは大事だ。なにせ、細かいことを指摘する面々が周囲にいるので。なのでこの場で、俺は跪かないでいいとか、その場合の所作とかの確認を行う。


「で、まあ、それでも文句をいう連中がいるだろうからね。謁見の間でいきなり冷房の魔法を使って欲しいのよ。あったかくしとくから」

「なるほど。力を見せつけるわけか」

「安い演出だが、ある程度納得されよう。謁見の間に来る貴族は厚着が多いからな」

「…………」

「お嬢様、どうかされましたか?」


 リーラがそっと声をかけると、全員がサンドラに注目した。

 なんか、表情が硬いな。


「どうかしたのか?」

「いえ、あの謁見の間にいくと思うと、今更ちょっと緊張してしまって……」

「なーに言ってんのよ。目の前に皇帝がいるでしょうが」

「それはそうなのですが。やはりあの場所は特別といいますか……」

「そんなに違うのか?」

「謁見の間はイグリア帝国の歴史を象徴する場だ。集まる貴族も多く、玉座に座る陛下もその時ばかりは威圧感が増す」

「あそこにいると、偉そうに見えるってことよ。ま、勉強だと思って頑張りなさい。これ以上緊張することもないでしょう」


 へレウスの失礼な物言いも気にせず言ってのける皇帝。それを聞いたサンドラは静かに頷く。


「謁見そのものは短く済ませるから安心して欲しい。異議を唱える者も、その場にはいないだろう」


 その場以外ではいるということだな。アイノが面倒に巻き込まれなければいいが。


「じゃ、明日の打ち合わせはこのくらいにして、もうちょっと面倒な話をしよっか。そろそろ入っていいわよ!」


 声をかけると奥の扉が開いた。姿を現したのは壮年の男性だ。がっしりした体つきに、いかにも難しい人ですという雰囲気の顔つきをしている。眉間の皺と銀に近い白髪が、人生経験と苦労を象徴しているようだ。当然ながら、着ている服は上等なものである。


「む……これは……」


 男は一瞬表情を変えたが、すぐに引き締めた後、一瞬、俺の方を鋭い目つきで見た。あまり、友好的ではないな。


「こちらはハギスト公。私の右腕ね。そんで、聖竜領懐疑派」

「……っ! 陛下!?」

「なによ。こういうのは最初からはっきりしておいた方が話が早いでしょ。変な探り合いなんかしても、賢者アルマスには通用しないわよ。下手に勘繰れば六大竜の一つ、聖竜が出てきちゃうし」


 なんだかいきなり色々言われて気の毒だな。話が早くて助かるが。


「お初にお目にかかる。聖竜様の眷属アルマスだ。色々あって、サンドラに協力している。不信感を持つ気持ちはわかるが、イグリア帝国に害意はないと宣言しておく」

「……む。先ほど陛下に紹介頂いた通りだ。あの空から来たとこの部屋の涼しさは、貴方の手によるものですかな?」

「俺達を運んできたのはハリアという水竜の眷属だ。今は、俺の妹と共に、この宮殿内を探検している」

「探検? あの大きさが?」

「あの竜は大きさを自由に変えられるのよ。本気を出したらどうなるのかしらねー」

「ぬぅ……」


 どうやら、ハリアについての情報は知らされていなかったようだ。難しい顔をしている。竜は強大な存在だ、それが帝都の空を自由に飛んでいるのが気に食わないのだろう。


「聖竜の賢者殿は大きな力を持っていらっしゃる。それがイグリア帝国に向かないと、どう信じれば宜しいのか?」

「俺も聖竜様もこの国の端で平和に暮らしたいだけだ。他意があるなら、既にことを起こしているぞ。そちらの皇帝と魔物狩りに行ったのは一度ではない」

「そうよー。賢者アルマスがその気になれば、私もヘレウスもとっくにここにいないわ。それに、冷房やら暖房やら、色々やってくれるのよ? こんなに良い隣人なかなかいないと思うけど?」

「むぅ……たしかに、そうですが……。しかし陛下。歴史あるイグリア帝国の権威が……」

「何言ってるのよ。イグリア帝国、私と賢者アルマスより年下でしょうが。せめて千年以上続いてからそういうこと言うべきじゃない?」

「ちょ、長命種……」


 なんか、可哀そうになってきたな、ハギスト公。


「あー、ハギスト公。俺は聖竜様の眷属である以上、イグリア帝国に忠誠は誓えない。しかし、良き隣人ではありたい。魔境と呼ばれた地域を開拓してくれているのも感謝している。そのための協力もしている。……同盟者ということで納得できないか?」


 同盟者、という言葉でハギスト公は一応納得してくれたようだ。彼にとって必要なのは、帝国が舐められるような関係でないことなのだろう。その辺りに気を使えば、あからさまな嫌がらせはしてこないと見た。


「ぐ……ぬ……承知しました。しかし、問題がおきれば遠慮はしませんぞ」

「むしろそれは有難いな。なにせ、辺境から来ているので都会の常識には疎い」


 帝都にいる間、俺の品定めをしてみろ、ということだ。上手く伝わったらしい。

 信頼して味方になれとは言わないが、変な手出しをしない程度には理解して欲しい。同時に、イグリア帝国の平和が盤石であるほど、俺とアイノは快適に過ごせるわけなので、彼にも頑張って欲しいところだ。


「よし。話はまとまったわね。じゃあ、ハギスト公かえっていいわよ。賢者アルマスに冷房かけて欲しかったらお金いるから」

「……それは後で詳しく伺いますぞ」


 そう言い残して、ハギスト公は退出した。彼もまた暑いのは嫌らしい。

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