第344話『ここを宿にするというのは、俺の感覚だと立派すぎる。』
イグリア帝国の帝都は言うまでも無く最も都会である。上空に到達して、それが嫌でも伝わってきた。これまでも大きな町の上を通過していたが、格が違う。石造りの高層建築が立ち並ぶ区画があり、その側には巨大な川が流れ、やはり巨大な橋がかかっている。
郊外にいくにつれて建物は低く、そして俺でも見慣れたものになっていくが、その範囲があまりにも広い。
そんな帝都の中心部に、周囲と比べると低く感じてしまう城がある。かなり広い緑地も抱えたその建物こそ、皇帝の居城である帝城だ。
しかし、俺達は今回そこに到着しない。眼下にそれを確認して、北へ向かう。
すると見えてくるのは、庭園……というより草原の中央の着陸場を設けてある、巨大な宮殿だ。
ルーベンバッハ宮と呼ばれる、帝都内における皇帝の別荘だ。何代か前の皇帝が、帝都から離れたくないが休みは取りたいから作ったという。
俺達はその敷地内に設けられた着陸場にゆっくりと着地した。
外に出ると、出迎えてくれたのは見覚えのある人々だ。
「よく来てくれたわね、賢者アルマス。イグリア帝国を代表して礼を言うわ」
多くの部下を引きつれて俺達の前の現われたのは、クレスト皇帝だった。すぐ側に、サンドラの父ヘレウスもいる。その他、色々な者がいるが、全員呆気にとられている様子だ。巨大な竜が着陸する様子と、すぐに小さくなって浮いているのをほぼ同時に目撃したわけだからな。
「こちらこそ。色々と準備してくれた上、招いてくれたことに感謝する。クレスト皇帝」
「皇帝陛下におきましてはご機嫌麗しゅう。聖竜領領主サンドラ、無事にまかりこしてございます」
「うん。お疲れ様。サンドラ! いやー、しかし凄いわハリア君。帝都の空を竜が飛んでくるなんて、事前に通告しても大騒ぎなんだから。大人気よ?」
「人気者? 人気者?」
近寄ってきたハリアが皇帝に褒められて嬉しそうにしている。この二人、案外仲が良いな。
「もちろん。きっと色んなグッズとか作られちゃうわよ。楽しみね」
皇帝がハリアを撫で回す横で、魔法伯と領主の親子が再会していた。
「サンドラ、道中は問題なかったか?」
「少し、足止めされそうになりました。すでに手回しされていたようです」
「わかった。調べておく。無事に到着して何よりだ。アルマス殿、アイノ殿、マイア殿とリーラも元気そうで何よりだ」
声をかけられた女性陣がそれぞれの反応を返した。最初に見知った顔に会えるのは安心するな。アイノへの負担が少なそうで良い。
「賢者アルマス。どう、このルーベンバッハ宮は。三代前の皇帝が帝都で夏休みを過ごすために作った建物なのよ」
「立派なものだな。なにより、庭が広い。維持管理が大変そうだ」
「そうなのよ。正直、どこかの金持ちにでも売り払って財源にしちゃおうかと思ったときもあったんだけどね。こうしてハリアの発着場に使えたのを考えると、そのままにしといて良かったわ」
「かなり豪快に庭を改造したわけだな」
見た感じ、庭の規模も作りも立派なものだ。アリアに見せたらずっと見て回っているんじゃないだろうか。草木の手入れは行き届いているし、目に入る建築物はどれも細かく立派なものだ。遠くに噴水まである。
「まあね。たまに着陸場として稼働するなら国で持っててもいいと思ったのよ。ちょっと建物が大きすぎるのが気になるけれど」
「まさか、俺達はこの宮殿に泊まるのか?」
ルーベンバッハ宮は本当に立派な宮殿だ。戦いを想定して作られた城ではない。平地で人々を出迎えるための作りであり、壮麗で壮大。部屋なんかいくつあるかも想像がつかない。
ここを宿にするというのは、俺の感覚だと立派すぎる。
「アルマス殿、安心して欲しい。全員。私の屋敷に泊まって貰う予定だ。その方が、警護もしやすい」
俺が心配していると、ヘレウスが横から教えてくれた。ならいい。ここまで大きいと侵入されやすそうだし、いくら俺でも目が行き届かない可能性がある。帝都には不届き者がいるだろうしな。
『のう、アルマス。宮殿ではどんな料理が出るんじゃろうなぁ』
『宮廷料理なら、帝城で味わえると思いますよ』
聖竜様がただ一人、のんびりとした心配をしていた。いや、この人はこれでいいんだけれど。帝都でも問題なく俺とアイノには話しかけられるようだ。何かあったら、連絡をとってもらおう。
『ところでアルマスよ。わかっておるな?』
『わかっています。アレをどうするか、後で相談しますから。もちろん、試験もです』
今回、聖竜領から持ってきた荷物の一つに、とっておきの品がある。これについては後でヘレウスと運用を相談しなければ。
「さ、ここで立ち話も何だし、中に入りましょ。冷たい飲み物も用意してあるわ。しかし、今年の夏は暑いわね……。賢者アルマス、どうにかならない?」
自分の足で歩きつつ、顔を手でパタパタ扇ぎながら皇帝が言う。とても偉い上に、周りに侍女がいるんだが、彼女達が風を起こす道具を持っていない辺りに、彼女の人柄を感じる。
同時に、今の発言をしつつ意味有りげな視線を向けてきたのもよくわかった。
あからさまだが、これは皇帝からのお願いだ。これにどう対応するべきか。
俺は周囲を見回し、空の太陽を一瞬仰ぎ見る。
比較的冷涼な気候の聖竜領と比べると、帝都は暑い。服装も、周りに比べると聖竜領から来た俺達は若干厚着している。
アイノとサンドラの体調が心配だ。気候の違いは体に影響するからな。
「ここは聖竜領に比べると暑いな。冷房の魔法をかけよう。代金の方はいい。素晴らしい宮殿に招いてくれたお礼だ」
「いいわね。友人からの贈り物ってことにしておきましょう。……いや、本当に助かるのよ。今年は本当に暑くてね……。なんなら個人的にお金も払うから、後で色々お願いするわ」
話の途中で皇帝の顔を脱ぎ捨てて、本音が出ていた。案外、このために出迎えてくれたのかもしれない。
「アルマス殿、あとで我が家も頼む。代金は弾もう」
横からヘレウスも言ってきた。暑すぎると疲れるからな。嫌なものは嫌だろう。
「わかった。後ほど遠慮なくやらせてもらおう。滞在先は快適な方がいいからな」
とりあえず、俺達は無事に帝都での第一歩を踏み出したようだ。
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