第343話「つまり、俺達は全員とても元気ということだ。」
ハリアの航空便は速いとはいえ、今回は二日ほど道中で停泊する予定だ。
朝出発して飛び続け、日が落ちかけた頃、一日目の宿泊地が見えてきた。
サンドラの父、へレウスの仕事が良いのだろう。上空からでもわかりやすい着陸場が整えられており、ハリアはゆっくりと地面に降り立った。そこそこ大きな町に無事着陸だ。
「やはり、沢山人がいるな」
「目立つもの。行きましょう。普通に挨拶をして一泊できるといいのだけれど」
「?」
サンドラがよくわからない懸念を口をしていたが、すぐにその答えを知る所となった。
「ようこそ、サンドラ・エクセリオ男爵。そして、聖竜領の賢者殿」
そういって笑顔で挨拶してきたのは、この辺りの領主だった。町長ではなく領主。大がかりな出来事ならではの登場人物と言える。
「はじめまして。着陸場と宿の提供など、感謝致します」
「いえいえ、こちらこそ皇帝陛下勅命ともいえる聖竜領の事業に関われて光栄です。歓待のご用意もしておりますので、どうぞゆっくり逗留してください」
「逗留? 俺たちは明日の朝には出発するつもりだが?」
「いえいえ、せっかく来ていただいたのですから。我々としても歓待せねば気が済みません。それに、帝国の東の果てからあの小さな建物で飛んでくるのはお疲れでもあるでしょう? ならば、ゆっくりと疲れを癒して頂ければと思いまして。我々としても色々とご用意がありますので」
「兄さん……」
「ああ……これは……」
これは遅滞戦術だ。恐らく、俺たちの帝都到着を遅らせるよう、この領主は命令を受けている。どの筋の者かはわからない。航空便が予定通り到着しないこと、サンドラが頼みを断り切れずに数日使ってしまうこと、どちらも彼らにとっては利益になる。
「困ります。わたし達は明日には発たねばなりませんから。宿だけの提供で良いと話がいっているのでは?」
「いえいえ、我々としてもですね。この日のために色々と準備を重ねておりまして……」
サンドラにはいつものような屹然とした態度がない。爵位的に相手の方が上位なようだ。それに、この場を穏便に収めたいというのもあるのだろう。なにせ、周りに見物人が沢山いるからな。
リーラもマイアも貴族同士の話には手出しできない。ここは俺がどうにかするか。
「サンドラ。泊まれないということなら仕方ない。すぐにここから飛び立って別の町に行こう」
「アルマス?」
「む、それは無茶ではありませんか。賢者殿。これから夜ですぞ」
「夜空には山賊も海賊もいないだろう。それにハリアは竜だ。夜目も効くし、この世界で恐れる魔物もいない。もちろん、疲れてもいないぞ? 竜はその気になれば何年も飛ぶことができる」
「……ぬぅ」
余計なことを。そんな顔だ。余計なことを言わせたのはそちらだろうに。
「それと、俺達は予定通り帝都に到着する必要がある。皇帝が待っているからな。もちろん、ご存じだとは思うが」
「それは……そうですな……」
やはり皇帝の名前を出す効果てきめんだな。目の前の人物の裏で手を回している奴なら、今の問いかけへの言い訳も用意していそうだが、そこまで念入りではなかったようだ。
「そういう事情なの。一泊できれば十分。どうしても難しいようでしたら、アルマスの言う通り別の場所を探して飛び立たねばなりません」
「そうだな。どこかの町か村が受け入れてくれるだろう。その場合、発着場の場所が変わることもあるかもしれない」
「そ、それは……っ! だ、大丈夫です。失礼致しました。何分、初めてのことで舞い上がっておりまして」
「いえ、わかって頂ければ良いのです。……大変ですね」
そういうサンドラの表情には、憤りではなく、気遣いがあった。向こうの立場を想像して怒る気も失せたのだろう。
〇〇〇
前日の領主の態度が安い妨害であることは明白だった。
用意された宿はそれなりで、快適だったが、へレウスが手出ししてあったおかげか歓待は控えめになっていた。ただ泊まって次の日出発するだけ、そんな風に用意したのだが、別の勢力から横やりが入ったのだろう、というのがサンドラの見立てだ。
そして、翌日も妨害はあった。朝からハリアに飛んでもらった先、着陸してすぐに、地域の大商人という者がお出迎えだ。
「噂に名高い聖竜領の領主様と賢者様にお会いできて光栄です。今宵、ご用意しているのは我が商会の宿でして。ご挨拶に伺いました」
「わざわざ出迎え頂き感謝致しますわ。……それで、何かご用件が?」
サンドラが一瞬鋭い視線をして問いかけると商人の顔つきが変わった。
発着場で待ち構えて話を始めるのも作戦のうちだと俺達は見ている。恐らく、「長い空の旅で疲れた俺達が一刻も早く宿に入りたいに違いない」という前提があるのだろう。
残念ながら間違いだ。揺れる馬車の中ならともかく、ベッドまで用意されている空の旅はとても快適である。その気になれば、広い場所に着陸して休憩だってとれる。つまり、俺達は全員とても元気ということだ。
「いえ、ご用件など。皆さまお疲れでしょうから、宿にご案内をと思いまして。ただ、せっかくですから、噂の竜や特産品をこの目で見られればと思った次第です」
「なるほど。ちなみに俺達は全然疲れていないぞ。空の旅は馬車より快適だ」
「え? そ、そうでしたか」
「特産品については皇帝陛下への献上品なので、お譲りできないの」
「そ、そうでしょうが、どうにかなりませぬか? できれば噂の品を見せて頂ければ。その真贋を見分けたいと思っておりまして。無論、しっかりと代金は払いますので」
ちょっと慌てつつも、商人の様子が落ち着いたのがわかった。これが本題だ。
帝都に持っていく特産品を買い付けて、何なら噂でも流すつもりなのかもしれない。あるいは、部下でも使って変な物品を紛れ込ませるとか、客室の倉庫へ細工でもするか。
サンドラの予想では、さりげなく妨害要素を混ぜるくらいは十分考えられるそうだ。あまり、彼らに客室は見せたくない。
「特産品をお渡しすることはできませんが。良ければこの場でお茶を振る舞うことは可能ですよ?」
話し合った結果、俺達が用意した策がこれだった。眷属印のお茶を振る舞って、その身をもって確かめてもらおうというわけだ。
「ここに俺が育てた薬草がある。茶にして飲むと疲労回復に著しく効果があり、眷属印として市場に出回っているものだ」
「そ……それは、噂に聞いておりますが。殆どこちら側には回ってこないという?」
俺は頷く。クアリア経由で多少は流通に乗っているが、ほとんど貴族が確保してしまっているはずだ。
「これを今から、わたしの戦闘メイド、リーラが淹れますわ。一宿のお礼と言ってはなんですが、一度聖竜領の特産品を味わってはいかがかしら?」
既に俺たちの背後ではマイアとアイノがテーブルや茶器の用意をしている。準備は万端だ。空の旅の間、時間が余りがちだからな。
「……承知致しました。またとない機会です」
じっくり考え込んだ後、爽やかな笑顔で商人は答えた。多分、頭の中で色々と計算を働かせたのだと思う。
短いお茶会の後、即座に眷属印の効果を体験した商人は大変ご機嫌になり、その日の宿はとても良い部屋を用意してくれた。
あと、何とかして帝都行きの航路を定期的に運航して、自分の分だけでもいいから眷属印を売ってくれと頼まれた。
増産するの、面倒だな。うっかりすると働きづめになりそうだし。
「無事に行程を消化できて良かったの」
翌朝、飛び立つハリアの客室から眼下の景色を眺めながら、サンドラが小さく呟いた。
多少の妨害はあったが、俺達はついに帝都の領域へと足を踏み入れるのだ。空からだが。
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