第342話「俺とサンドラが言うと、マイアは軽く息をのんだ。なんでそんな真似を、といいたそうだ。」

 帝都に飛び立つ日が来た。良く晴れた夏の朝、俺、アイノ、サンドラ、リーラ、マイアの五人がそれぞれハリアの前に立っている。


「行ってくるわ。後を宜しくね、マノン」

「承知致しましたわ。色々と心配事がありますけれど、まあ、貴方達なら大丈夫でしょう。とりあえず、やりすぎないように、と言っておきますわ」


 見送りの代表者はマノンだ。今日からしばらく、クアリアではなく聖竜領の屋敷で執務を行う。引継ぎの方は順調で、安心して出発できるとのこと。


「心しておくわ」


 サンドラは基本穏やかだが、いざ攻撃してくる者が現れるとどうなるかわからないところがある。生き残るために命がけの逃亡を選ぶ覚悟があるからな。うっかり反撃して、とんでもないことになるかもしれん。


「アルマス、わかっているの? あなたにも言われているのよ?」

「……気を付けよう」


 思ったよりも信用がないな。俺はそんな頻繁に暴力に訴えたことはないはずだが。


「兄さんが何かしそうになったら私が止めますから。安心してください」

「アイノさんがいてくれて安心ですわ。サンドラの方もそれとなく止めてください」

「わ、わかりました」


 なにやら、アイノに多大な負担がかかっているな。迷惑をかけないように気を付けよう。

 マノンからの挨拶が終わりると、集まった人々との挨拶が続いた。主にご安全にと言い合うのが殆どだが、ドーレスだけはちょっと名残惜しそうだった。商売に繋げたいような、時期尚早なような、そんな気持ちらしい。


「皆さま、挨拶で日が暮れてしまいます。そろそろ出発しませんと」

 

 リーラがそう言ってくれたおかげで、俺たちはようやく乗り込むことができた。

 聖竜領の者が帝都に行くのは初めてだし、領主が長期不在になるのも久しぶりだからな。こればかりは仕方ない。


「じゃあ、そろそろ、出発するよー」


 俺達が乗り込んで、ハリアが宣言すると、ゆっくりと視線が上に上がっていく。見送る聖竜領の人々がどんどん小さくなり、窓の外に聖竜領の全景が見えるくらいになった。


「まだ手を振ってくれているな」

「ええ、もう見えないでしょうに」


 そういうサンドラも小さく手を振り続けていた。少し寂しそうなのは、俺の見間違いではないだろう。


「じゃあ、西に向かっていくよー」


 声が響くと、ハリアの航空便は少しずつ加速を始めた。

 西へ。イグリア帝国の帝都への旅が始まる。


〇〇〇


 せっかくなので、今回の遠出に合わせて新調されたハリアの航空便の荷箱について説明したい。

 いや、荷箱という呼び名はふさわしくない。聖竜領では、今回から人を乗せて飛ぶのを目的とした構造物を客室と呼ぶことになった。

 これまでは大きな箱を作ってそこに窓を作ったり、椅子や机を置いたという簡素なものであったが、今回新たに新造された客室は違う。

 

 基本は南部などの工事に用いられている倉庫兼住居を利用。これを二つ連結し、外と内側を大きく改築。内部に寝室二つ、リビング一つ、小さいながらキッチンなど水回りと倉庫まで備えた立派な空飛ぶ住宅となった。

 寝室は二段ベッドを二つ取り付けてあり、最大定員は八名となっている。今回、客室内で宿泊する予定はないので休憩用だが、将来的には役立つはずだ。


 限られた大きさに機能を詰め込んだため、広々としているとは言えないが、十分にくつろぐ余裕はある。ちなみに今回、男性は俺一人だが寝室を独占するというわけにもいかず、リビングで一人寝ることになった。いきなり想定外の運用である。


 他にもキッチンには火が出ない熱を発するだけの魔法具を使っているとか、倉庫にはきっちり冷蔵冷房の魔法がかけられているとか色々とある。つまるところ、以前に比べて空の旅が格段に良いものになったのは間違いない。

 半面、重量が大幅に増加したため、ハリアにいつもより大きくなってもらう必要が生じている。本人的に大した負担ではないらしいが、そこはちゃんと報酬で報いるそうだ。


 そんなわけで、俺達は快適に作られた客室の中から、眼下の景色を眺めながらのんびりお茶を飲んでいる。もちろん、室内には冷房の魔法をかけてある。そこはぬかりない。


「凄い景色だな。もうクアリアの領地を過ぎたぞ」

「そうね。たまに、通った村の子供たちが手を振っているのが見えるわ」

「お父様がしっかり周知をしていたようね。竜が頭上を飛んでも怯えないようにってことでしょう」

「へレウス様らしいお仕事ぶりですね。きっと、帝都に到着した後も色々と手配が済んでいるいることでしょう」


 リーラがそういうと、サンドラがちょっと嫌そうな顔をした。あの父親、子供に対してだけは変なことをする傾向があるからな。余計な算段を立てていなければいいが。


「あの、皆さん。これ、ちょっと速くないですか?」


 そう言ったのは外をずっと眺めていたマイアだった。こちらに振り返った顔は、少し引きつっている。


「帝都までは長旅だ。いつもより速度を上げるのは普通のことだろう?」

「た、たしかにそうですが! しかし、レール馬車で三時間はかかるクアリアをあっという間に通過しましたよ? 高いところを飛んでるからゆっくりに思えますけど。ドワーフ王国と行き来する時より大分早いですよね?」

「マイアは日ごろから鍛錬しているから目がいいんだな。よく気づいた。実はかなり速い。多分、馬車の五倍以上の早さはある」

「最終的に、早馬の二倍くらいの速さに挑戦する予定よ」


 俺とサンドラが言うと、マイアは軽く息をのんだ。なんでそんな真似を、といいたそうだ。


「せっかくだから、速度を上げる試験もすることになっているんだ」


 ハリアの飛行時は客室も含めて、周囲に結界が張られているので、どれだけ速度を出しても安全なはずだ。そこを検証しておきたい。

 色々と思惑はあるが、最終的に帝都まで一日でいけると便利になる、というのが俺とサンドラの見解である。色々困る人もいそうだが、便利には違いない。


「安心しろ。万が一があっても俺とハリアが助けるから」

「し、信じておりますが……。信じてはおりますが」

「大丈夫よ。あら、珍しい鳥が飛んでいるわ。あれは何かしら」

「図鑑を積んでいたはずです。お持ちしましょう、お嬢様」


 全てを受け入れているサンドラ主従を見たマイアは信じられないものを見た顔をしていた。

 その後しばらく、マイアはアイノと話して気を紛らわして心を落ち着かせていた。

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