第341話「港予定地に差し込む日差しは、間違いなく夏のものだ。」
とりあえず、男だらけで釣りにいくことになった。
到着するなり精力的に働くディニスに馴染んでもらいつつ、強制的に休養を取らせる意味も込めて、男性陣で港予定地に繰り出すのだ。
急な話だったが、声をかけたらロイ先生、ユーグ、それとゼッテルとビリエルが参加してくれた。そんな、ちょっと珍しい面子で、道具と食材を持って南部方面に朝から向かう。ちなみに、ディニスには視察も兼ねるという名目で納得してもらった。
季節は夏だが、朝はまだ多少は涼しい。打ち寄せる波に向かって、釣り竿を振る。ここでの釣りは聖竜領において定番の息抜きとなりつつある。
「しかし、俺は本当に釣れないな……」
「僕もです。アリアさんは調子が良いとどんどん釣れるんですが……」
「ここの魚、人を見てるんですかね……」
何も掛からない俺とロイ先生は首をひねりながら話す。横にいるユーグは一匹釣り上げている。その後何もないが。
そんな冴えない俺達とは対象的に、ディニス達の方は盛り上がっていた。
「ほう。お二人は入植当初は護衛だったと。その後、大工の仕事を覚えるのは大変だったでしょうね」
「師匠が厳しかったけど、元々そっちの方が向いてたんでさぁ。それで、今ではエルフ村の方で色々作ったりもしてるんですぜ」
「そうそう。最初は大変だったけど、今は楽しくやらせてもらってますわ。楽器を教わったり、自分好みの家具を作ってみたり」
「ふぅむ。興味深い、余暇があるということですね。帝都では競争が激しく、生きるために仕事をし続ける必要がありました」
「……それは、極端じゃないですかねぇ?」
「少なくとも、ヘレウス様はそうしておりましたので」
「ああ、なるほど」
聞こえてきた会話で俺も納得した。ディニスの仕事に対する姿勢は上司の影響か。きっと休みなく働き続けているんだろうな、帝都では。
「おっと、また釣れましたぜ」
「不思議なものです、特に変わったことはしていないのですが」
「これだけ大漁なら、もう料理の用意をし始めたほうが良さそうだ。ちょっと俺達が準備してきますわ」
彼らの方はなぜかよく釣れる。場所の問題ではない。なぜなら一度変わってもらったから。もうやっぱり魚が人を選んでるじゃないだろうか。本気でそう思う。
釣果を確認したゼッテルとビリエルが小屋の方に向かっていくと、近くの石を積み上げ始めた。簡単な竈を作って、煮炊きをするらしい。今日は男の料理を作るとか言っていた。量重視のものが出来上がることだろう。
「ディニス、釣りは楽しんでいるか?」
「はい。なかなか面白いものですね。それに、波を眺めるというのも良いものです。帝都の港から見える海は、どうしても船の数とその内訳が気になってしまいましたので」
俺が近くに行って声をかけると、仕事の鬼は笑顔で答えた。ここに来て、初めて彼の人格が見えたような気がした。あらゆる事象を仕事に結びつけかねない雰囲気があるのは怖いが。
「察しているかと思うが、今日の視察というのはあくまで名目だ」
「承知しております。お気遣い頂いて、感謝致します。我ながらどうかと思うのですが、サンドラ様の仕事を引き継いでいると落ち着くのですよ。……正直なところ、ヘレウス様の御息女の代わりが務まるのかと不安だったのです」
「……それもそうか。あの子の代わりとなると気が重いことだろう」
軽くほほえみながらディニスは頷く。
「天才と名高いサンドラ・エクセリオ。自らの働きで領地を起こし、皇帝陛下からの評価も高く、六大竜が現実に存在することも証明してみせた……そんな大役の代わりをしろと言われて、ちょっと吐きました」
「なんか、すまん。実際のところ、なんとかなりそうか?」
「はい。自分の苦手な決断の部分はマノン様がやってくれますので、仕事に集中できそうです」
「仕事ばかりは困るから、たまには休んでくれ」
「不思議な場所ですね、ここは。皆さん、適度に休めと言ってくれます。働くようになってから初めての経験ですよ」
「職場に問題がありすぎる気がするんだが」
帝都に行ったらヘレウスにしっかり指摘しておこう。部下を働かせ過ぎだ。
「問題ですか。外に出ないと、わからないものですね。今、自分は初めて周囲を落ち着いて見回せている気がするのです。余裕ができたのでしょう。仕事以外のことに手を出してみようという気持ちが早くも湧いています」
「それは良いことだ。サンドラが帰ってくるまでは大変だろうが、できればその後も残って聖竜領の暮らしを楽しんで欲しい」
そもそも、彼はサンドラの仕事量を減らすための人員でもある。この勢いで聖竜領で新しい生き方を身に着けて貰いたい。割と深刻なので、サンドラの仕事量は。
「おっと、また魚がかかりました。楽しいものですね、釣りというのは」
「なあ、なにかコツがあるのか? 餌か? 道具か? 何が違うんだ?」
こともなげにまた一匹釣り上げたディニスに問いかけると、彼はじっと考えてから申し訳なさそうに口を開いた。
「自分にはわかりかねます」
「そうか……」
もうこれは才能とかの問題じゃないと思いたい。ちょっと本気で釣りの特訓をしたくなってきた。帝都で何か良いものでも手に入らないだろうか。
「そういえば、ここは日差しがありますが帝都ほどの暑さは感じませんね」
「氷結山脈のおかげだな。とはいえ、本格的な夏になれば違うぞ」
港予定地に差し込む日差しは、間違いなく夏のものだ。
帝都行きは近い。準備は整いつつある。
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