第338話「イグリア帝国の端っこで俺達は目立ちすぎたのだから。」

 牛飼い達の移住を済ませた翌日、俺は聖竜領の屋敷にいた。

 時刻は夜、場所はサンドラの執務室だ。日中の仕事は終わっているため、室内にいるのはサンドラとリーラのみ。

 三人でしかできない打ち合わせのため、俺は呼ばれていた。


「お父様から連絡があったわ。帝都行きの日程や道順、着陸地点が決まったの。帝都までは二日、宿泊先はお父様が手配してあるそうよ」


 言いながらテーブル上にイグリア帝国の簡易地図が置かれた。そこにはハリアの航路と、着陸地点が記されている。ほぼ真っ直ぐ、西に向かう経路だ。一日の移動距離は馬車の何倍も長い。


「意外と小さい街の近くに着陸するんだな」

「人の多い所に行くと騒ぎになるかもしれないからでしょうね。とはいえ、小さな村だと宿泊すら怪しいし」

「ちょうどいい所を選んだというわけか」


 あの男らしい配慮だ。ありがたく受け取っておこう。


「移動が二日になっているのは、この前の南からの移住の件を受けてみたいね。思ったよりもハリアの速度が早かったみたい」

「その気になれば一日もかからず到着することも出来るだろうな」


 人や荷物を運ぶ時、ハリアはかなり手加減した速度を出している。実は輸送時は周囲に風から保護する結界を張っているので、もっと速度は出せるのだが、「こわれたら困るから」と慎重になっているようだ。この辺りは性格だな。


「一日かからずに帝国内を行き来できる方法があるのが知れ渡ると色々問題が出るんでしょうね。……二日でも早すぎるけれど。一応、同時に竜は頻繁に長距離飛行できないって嘘を広めておくそうよ」


 移動が早くなるというのは距離の概念が変わるということでもある。帝国内だけでなく、外国からも注目され、余計なことが起きかねないということだろう。わからない話でもない。


「では、一緒に聖竜領からあまり離れることができないという話も広めるようお願いできるか?」


 とりあえず、聖竜領の竜は領地を遠く離れることが出来ない。そういう設定だ。あんまりハリア達を使い倒そうとする者が集まってくるのは良くないので、今のうちに防げるようにしておこう。 


「いい考えね。広めてもらいましょう。人数も少ないし、着陸場所さえ決まれば帝都に行くのは問題ないわね。それで、今度はこちらの話よ」


 サンドラが一枚の用紙をテーブル上に置く。そこには三つの名前と情報が端的に書かれていた。


・ハギスト公:聖竜領懐疑派。皇帝の側近。

・ヴィクセル伯:商人と繋がりが深い。ドワーフ交易で痛手。

・レフスト伯:武闘派。アルマスへ戦いを挑む可能性あり。


「……なんか、面倒くさそうなことが書いてあるな。……最悪、殴っていいか?」

「駄目よ。と言いたい所だけれど、レフスト伯はいいかもしれないのよね。腕の立つ武芸者を囲って色々やってる人で、本人もかなりの腕前なの。帝国五剣に挑戦して何度も敗れるのがちょっとしたお祭りになっているくらい。アルマスが実力を示すのは手っ取り早いかもしれない」

「いいのか……。いや、わかりやすいのが一人いるだけでも助かるが」


 なかなか面白い人材がいるな、イグリア帝国には。レフスト伯については、最悪実力で黙らせよう。


「そうね。残る二人は遠回しな手段で何かしてくる可能性は高いわ。ハギスト公は帝国の忠臣でね。そもそも、聖竜様やアルマスのことを疑っているし、聖竜領が特別扱いされているのが気に入らないみたいなの」

「帝国の忠臣か。皇帝ではなく」


 サンドラがこくりと頷いた。つまり、彼が忠誠を誓っているのはイグリア帝国という統治機構なわけだ。そうすると、異物である聖竜領は気に入らないだろう。


「ヴィクセル伯は、黒い噂の多い商人貴族ね。ドワーフ王国からの交易品の利益が激減して怒ってる。この中で一番気をつけなきゃいけない人かも」

「なんというか、単純な嫌がらせをしてきそうで困るな」

「そうね。もともと大貴族の権力を使ってやりたいようにやっていた中で、急に手出ししてきたのがわたし達って構図に見えるでしょうから……」

「厄介だな……」


 そういうのが一番困る。政治的な理由でもなく、個人的感情からくる攻撃は厄介だ。


「アルマス、お願いがあるのだけれど。もし、帝都でなにかあっても、本気で暴れるのはアイノさんに危害が加わりそうになった時だけにしてくれる?」


 おずおずと申し出たサンドラの瞳の色には気遣いがあった。帝国の事情に俺を巻き込んで申し訳ないとでも思っているのだろう。


「君は俺のことをよくわかってるな。その約束は承諾するしか無いだろう。言っておくが、聖竜領の者に危害が加わりそうになっても、俺はそれなりの行動は取るつもりだぞ。……大事な仲間だからな」


 度過ぎたシスコンといえど、仲間意識くらいはある。そもそも戦場では、仲間同士で助け合うべきなのだ。

 戦場……。そうだな、初めていく帝都はそのようなものになるだろう。イグリア帝国の端っこで俺達は目立ちすぎたのだから。


「いきなり、帝都でのんびり観光とはいかないものだな」


 そう呟くと、サンドラは無言で頷いた。

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