第337話「この様子なら、頑張って馴染んでくれるだろう」
南部からの輸送を終えたのは夕刻だった。かなり早いペースと言えるだろう。そして、ちょうどその時にサンドラがリーラを伴ってやってきた。物資を載せた荷馬車つきだ。イーリス達への移住祝いらしい。
「えっと、お話するのはイーリスさんだけで良いのかしら?」
「は、はい! 申し訳ありません! 家族はみんな、牛の世話をすぐにでもしたいと思っておりまして……。というか、全力で世話をしております」
「さっき物凄い挨拶をされたから構わないけれど、良いのかしら?」
サンドラがこちらを見る。会ったばかりなのに俺にどう判断しろというのか。イーリスの家族は到着して、建物を見るなり泣いて喜び、サンドラがやってきたら全員地に頭を擦り付ける勢いでお礼を言っていた。
その後、魔法から目覚めた牛の世話を初めて、現在も作業中だ。牛舎の準備や引っ越しなど作業は多い。
サンドラから色々と話したいことがあるので代表者をと伝えたら、やってきたのがイーリスだったというわけだ。
「一応聞くが、お父上でなくていいのか?」
「あのその、恥ずかしながら、家族で一番こういった話を落ち着いてできるのが私という始末でして。両親がそうだから、今の状況になったという面もありまして……」
筋金入りの牛好きだな。イーリスの複雑な表情で色々とあったことは察せる。それで自分たちの立場まで悪くしていては元も子もないとは思うが。
「理解したわ。仕事熱心ということで納得しておきます。実際、移動に伴う牛のストレスもあるでしょうから。そちらはお任せするわ」
「はい! ありがとうございます! それで、何のお話でしょうか。領主様!」
完全平服だ。サンドラは困った顔をしている。ここまで極端なのは珍しいからな。
「お嬢様、こちらを」
さっとリーラが書類を出すと、サンドラが我に返った。仕事を見ると落ち着く。これはこれで良くないな。
「まずは、イーリスさん達の住民登録。それと、聖竜領で用意した各種補助……というか援助の話ね」
「補助? ですか? すでに十分やってもらっていますが」
「貴方がたにはこの地に定住してもらわなければならないの。第一副帝から預かった民だから。それに必要とされるものを色々指示されています」
「第一副帝様がそんなことまで……」
彼からしてもこれは大事な取引だ。聖竜領に必要な南部の住民。それをどうにか居着かせなければならない。多少の金銭くらい出すだろう。イーリスにその辺りのことを話すと無駄に責任を抱えそうだから黙っておこう。彼女たちには大好きな牛の世話をしながら普通に生活して貰えばよいのだから。
「まずは、税の話ね。とりあえず、移住初年度は無税」
「ひぃっ!」
「それと、しばらくは食料と牛の飼料を援助するわ。これは第一副帝からの贈り物」
「ひえぇぇっ!」
「今日持ってきた荷車に乗っている資材類は使ってね。服とか農具とか。農地を少し用意したけど、足りなければアルマスと相談して増やします。何を育てるかは教えてくれれば用意するわ。無料で」
「ひょえぇぇえっ!」
「それと、夏と冬は冷暖房の魔法をアルマスか、アイノさん――アルマスの妹よ――にかけてもらいます。南に比べるとこちらの冬は寒いから、遠慮しないで」
「ぐはっ……う……ぜぇぜぇ……」
サンドラが一言いうたびに全身を痙攣させ、どんどん息が粗くなるイーリス。大丈夫だろうか?
「あの、大丈夫かしら?」
「平気だろう。このような待遇を想定していなかったようだからな」
「向こうでは苦労していたそうですから、扱いの違いに驚いているというわけですね」
床に崩れ落ちたイーリスを眺めながら三人で心配する。物凄い発汗だが。平気か?
「あ、あの……本当にいいんですか? 私達、牛を飼うだけしか能のない一族ですよ? そりゃ、私達の作るミルクにチーズにバターは最高ですが……魔法をそんなにかけて貰うなんて」
「必要なことをやっているまでだ。気にしなくていい。何度もいうが、俺は君達の生み出すものを楽しみにしている」
「そ、そうですか……。これは、家族みんなで頑張らないと……っ」
何とか立ち上がり、握りこぶしを作るイーリス。やる気になって何よりだ。
「あ、言い忘れていたわ。来年以降は税をとるけれど、第一副帝からの補助金で相殺できるようにするから、今後数年は実質無税ね」
「はう……っ」
イーリスはそのまま床に倒れ込んで動かなくなった。
「……気絶しているな」
「大げさ、とも言えないのだけれどね、この対応。わたし達からすると、新しい住民であると同時に客人だから。それに、牛が病気になって全滅したりしないよう、手厚くしたいの。ここは人里からも遠いし」
「第一副帝様から頂いた金銭も莫大でしたからね」
全部彼女たちのために使えということではないだろうが、できるだけのことはしたい、というわけだ。
「この様子なら、頑張って馴染んでくれるだろう」
相変わらず気絶しているイーリスは、どこか幸せな顔をしていた。
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