第334話「帝都行きともなると、色々な人に気を使われるな。」
聖竜領の領主の屋敷周辺は、最近では「村」と呼ばれることが多い。人も店も増えて、ようやくそれらしくなったおかげであり、中々感慨深い話でもある。
そんな村の中でも大切な場所の一つ、それは酒場だ。人々が交流し、情報交換する場所であり、俺のように家事のできない者が食事を取る場所でもある。商人も割と訪れるので、宿泊所としての機能も見逃せない。
村に帰ってきた日の夜。その日はアイノがクアリアに宿泊しているとのことだったので、俺は酒場に向かった。
「おや、マノンとマルティナじゃないか。ここにいるのは珍しいな」
「ごきげんよう。アルマス様。ちょっと商売の相談もありまして、こちらで夕食になった次第でしてよ」
クアリア支部長のマノンとその従者である戦闘メイドのマルティナが、酒場内のテーブルで夕食中だった。貴族のお嬢様だが、あまりこういう場で食事を取ることに忌避感がないようだ。サンドラも同じか。どちらも「そんな取り繕っている余裕がない」と回答しそうだ。
「アルマス様、どうぞこちらへ」
マルティナが席を用意してくれた。店内はほぼ満員だ。助かる。
素早くテーブルにやってきたメイドに料理を注文すると、とりあえず疑問を口にする。
「向こうにはドーレスがいるのに商売の相談か?」
「厳密に言うと、サンドラ様の帝都行きの打ち合わせもあったんですの。その上でダニー商会長と話もしておきたかったのですわ」
「む、帝都行きか。具体的になってくると、色々とあるなものだな」
「ええ、本当に……」
軽くため息をついてから、マノンは陶器製のカップに入った液体を一気に飲み干した。酒の匂いはしない。果物を絞ったものだろう。
「大事なこととして、サンドラ様不在の間、私が聖竜領の領主代理をすることになりますの。その引き継ぎですわね」
「それは、大変そうだが、大丈夫なのか?」
サンドラが聖竜領でやっている仕事は多岐に渡る。マノンが優秀だからといって、ちょっと引き継いで運用できるものだろうか?
「大丈夫じゃありませんわ。いい機会だから、仕事を精査して、聖竜領の他の者に割り振ることにしましたの。せっかく講堂に事務所も作ったことですし」
「そういうことか。その準備も大変そうだが……」
冬に完成した講堂。内部の事務所は絶賛稼働中だ。今は事務仕事の得意なメイドが中心だが、今後はより専門的な人材を配置すると話していた。
「こういうのは最初が一番大変なんですの。一回回り始めれば少しは楽になるのがわかっているから、やる気に繋がりますわね」
「マノンも楽になるのか?」
「…………」
俺の問いかけに、マノンが固まった。サンドラの仕事はともかく、マノンはクアリアで聖竜領の代表として外部とのやり取りをしている。果たしてそれまで改善するものだろうか。……固まったのを見るに、今一つということか。
「正直、サンドラ様に直接話した方が早く済むのですわ。だから、人伝いになると、一時的に私の業務は遅くなるかもしれません。ですけれど、良い話がありました」
「ほう。良い話。援軍か?」
その言葉に、マノンはわかりやすく笑顔になった。
「第二副帝様とヘレウス様に頼んで、クアリア支部向けの人材を配置することになりましたの。私も少し業務を分割するということですわね。……ようやく少し休みを増やせそうな目処が出て来ましたわ」
「本当にお疲れ様としか言えないな。帝都行きでも迷惑をかけるが……」
「いえ、必要なことですわ。いずれやらねばならないことが今来た、そういうことでしょう」
満足げな顔でマノンが言ったのと同時に、俺の分の食事が運ばれてきた。
「そういえば、ドーレス様はいらっしゃっていませんか?」
「いや、会っていないな」
マルティナに質問されたが、特に記憶にはない。
「そうですか。帝都行きについて、同行するか悩んでいる様子でしたので」
「ダン商会の規模では、帝都の貴族とやり取りするのは時期尚早という話じゃなかったか?」
マルティナはこくんと頷いてから口を開く。
「同行して帝都の反応を見たいようでした。クアリアを窓口として商売をしていますが、今後を見据えると、帝都貴族のことを知りたいのでしょう」
「む……。そう言われると一緒に居てもらった方が良さそうに思えてくるな」
「最終的にはサンドラ様の判断でしょうね。ハリア様達が定期的に帝都まで飛ぶなら、またの機会でも良いと思いますわ」
いつの間にか用意された食後の紅茶の香りを確かめながらマノン。それもそうか。あの三人メイドの件もあるし、帝都行きは難しい話じゃなくなる可能性だってあるわけだ。
「アルマス様がうっかり変な商談をしないかも心配している様子でしたが……」
「変な商談ってなんだ……。いや、一度話をしておくべきだな。眷属印の件もある」
あれは俺の作ってる商品だが、基本はダン商会に卸している。その辺りの内容を詰めておこう。
「そうそう。帝都行きについて、私の方からも知人などに連絡をしておきますわ。もし、何かあったらお頼りくださいませ」
にこやかにマノンがそんなことを付け加えてくれた。
帝都行きともなると、色々な人に気を使われるな。
俺は感謝の言葉を述べた後、少しばかり、帝都のことを聞いたのだった。
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