第333話「問いかけに、妹は嬉しそうに頷いた。」
俺は森に帰った。いや、単に自宅に帰っただけなんだが。最近は家を開けることが多かったが、アイノの方は別だ。
「おかえりなさい。兄さん」
帰宅すると、綺麗に掃除された部屋で、妹が出迎えてくれた。素晴らしい。これが自宅だ。
「ただいま。すまないな。つい帰ってくるのが遅くなってしまった」
「兄さん、仕事を始めると夢中になってしまうものね。サンドラさんが心配してたわ」
「そうなのか? 俺はいくらでも動き続けることができるからな。先のことを考えると、ちょっと多めに働いておいた方が良いと思ったんだよ」
「話は座ってしましょうか。兄さん、飲み物は紅茶? ハーブティー?」
「どちらでも……いや、ハーブをもらおうか。紅茶は屋敷で飲んだからな」
そう答えると、アイノが手早くお茶を入れてくれた。横には自分で焼いたらしきクッキーも置かれる。
「うん。ようやく落ち着いたな」
「兄さんはどこでも落ち着いているように見えるけれど?」
「そんなことはないぞ。仕事をしている時は、緊張だってする」
これは本当だ。仕事の時は他者と関わらなければならない。人間関係が発生するようなことは、それなりに気を回さざるを得ず、緊張するものだ。
「なんか、想像できないけれど。眷属になってからは超然としたところが昔より強くなったというか」
「気のせいだ。俺の人格は元々こんなものだよ」
聖竜様の眷属化は俺の性格まで影響を及ぼしていない……はずだ。ただ、昔より強大な力を振るえるので、ちょっと態度に出てしまっているかもしれない。
「それで、さっきの話。仕事を頑張ったのって、帝都に行くからよね?」
「ああ。サンドラとも話したが、夏に一度行くことになりそうだ。もう準備もかなり進んでいるらしい。アイノも同行でいいのか?」
この問いかけは冬の間も何度かあったものだ。帝都行きは政治的な事情も多分に含む。楽しい都会見物で終わり、とはいかない。アイノまで貴族間のつまらない争いに巻き込まれる恐れがある。
「大丈夫。私も行くわ。自分で決めたことだもの」
「わかった。それで、同行者だが、今のところマイアが護衛としてつくくらいしか決まっていない」
「十分だと思うけれど?」
「今の帝都に詳しいものを、ヘレウスに頼みたいと思っている」
マイアは聖竜領で暮らして長い。帝都育ちといえど、最新の事情までは把握していない。トラブルを避けるため、今の事情に詳しい者をアイノにつける。これは必要なことだ。
「兄さんが納得するなら構わないわ。心配しすぎとは言わないけれど、一応、訓練も積んでいるし大抵のことは切り抜けられると思うのだけれど」
「用心するに越したことはないだろう。政治の中枢とは、わけのわからない理屈で動く者がいるだろうしな」
冬の間に実戦経験まで積んだアイノは、かなり戦える。目覚めた時に眷属並の能力を得たのもあって、大抵の剣士や魔法師なら退けることができるだろう。だが、何事も想定外は起こる。
正直、俺もそんな酷いトラブルが起きるとは思っていないんだが、備えだけはしておきたい心理はどうしても働いてしまう。戦場では、常に最悪を想定して動いていたものだしな。
「うん、そうね。今、私はとても恵まれている環境にいるのはわかるもの。緊張感を持たないとね」
決意の表情で嬉しいことを妹が言ってくれた。
それと同時、家のドアがノックされた。
「はい」
「アルマス様、おかえりなさいませ。エルフの族長として差し入れに参りました」
「帝都への同行なら許可しないぞ。医者、足りないだろう?」
「うぅっ……一瞬で見抜かれて否定されてしまいました……。ユーグさん、あんまりだと思いませんかぁ?」
玄関に立っていたのは、エルフたちの族長にして医者のルゼだった。
地図作りに冒険好きの彼女のことだ、帝都行きに何とか混ぜてもらえないかと直談判に来たのだろうと踏んだが、案の定だ。
大変申し訳ないが、医者が彼女しか居ない聖竜領において、同行は許可できない。
「クアリアから別の医者を派遣して貰って、では駄目ですよね?」
横に立っていたユーグが聞くが、俺はかぶりをふった。
「サンドラと俺がいなくなる。聖竜領の重要人物をこれ以上減らせない。交代の医者を呼んで帝都に行くのは別の時期にしてくれ」
「つまり、帝都に行ってもいいということですね!」
話を聞いたルゼが突然元気になった。顔を上げて、喜色満面だ。
「問題ない。帝都行きの便ができるわけだしな。サンドラと話した上で、準備を整えれば……」
「やった……やったあああ! あ、そうだ、アルマス様、久しぶりのおかえりですので、森の皆でご飯を作ってきたんです。良ければご一緒に食べませんか?」
見れば、ルゼもユーグも大きな籠を持っていた。中は調理済みの食事ということだ。
「トゥルーズさん仕込みの、聖竜領の森の幸づくしですよ」
ユーグの言葉に、俺は頷く。
「そういうことは先に言ってくれ。早く中に入って食べよう。アイノ、問題ないか?」
問いかけに、妹は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。せっかくだから、こちらも手早くなにか作りますね」
そう言って、台所へと消えていく。
その日の夜は、森に住む友人たちと、楽しい時間を過ごせた。
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