第332話「安全は大事だ。」
結局、俺はサンドラ達と一緒に南部から戻ってきた。理由は今後の打ち合わせと休暇だ。いや、南部の作業に入ってから、俺だけ働きづめだと、今さらながら指摘されて気づいた。いくらでも動ける体だからか、やる気を出すと際限なく働いてしまうな。悪い癖だ。アイノにも怒られるから、気をつけよう。
「久しぶりに文明の気配のある場所に帰ってきた気がするな」
「気がする、ではなくてその通りだと思うの。働き過ぎよ、アルマス」
「アイノ様も心配しておりましたよ」
領主の屋敷の執務室でのんびりお茶を飲みながら、打ち合わせは始まった。またアイノに心配をかけてしまった。自宅に帰ったら謝ろう。それと、甘い物の手土産も必要だな。
「春が来て、ちょっと頑張りすぎてしまったようだ。今後気をつけるよ」
実のところ、南部のゴーレム設置はほぼ完了した。これから俺の出番は減るはずだ。
「さて、アルマスは早く家に帰りたいだろうから、打ち合わせをしましょうか」
サンドラの声に応えるように、リーラが一枚の紙をテーブル上に置く。そこには帝都行きの予定について書かれていた。ただ、空欄が多い。
「いよいよ具体的な話になってきたな。……仕事の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫にするのよ。夏頃には一度、帝都に行っておきたいの。空の試験飛行も兼ねてね」
そういって、更に一枚。今度はイグリア帝国の全域を記した地図が取り出された。
図上には書き込みがあり、特に何カ所か、目につく所があった。
「ハリアの着陸場、多いな」
町中に三カ所。それ以外の平原や農地にも着陸場が設けられている。帝国を横断するのだから、このくらい必要だと言えば納得はするが、多いとも思う。
「行程は三日間。一日六時間の飛行予定よ。時々着陸して、休憩を取る。町の着陸場は宿泊予定地ね」
「ふむ……ハリアはもっと長く飛べるが?」
水竜の眷属であるハリアの体力は無尽蔵だ。一日十二時間だって余裕で飛べる。なんなら飛びっぱなしでもいい。
「いきなり限界に挑戦するわけにもいかないでしょ。安全のため、余裕をもった速度にしてあるの。あと、乗っているわたし達の方が長時間の飛行が辛くなるかもしれないし」
「そういうものか。いや、そうだな」
安全は大事だ。
「さっきも言ったように時期は夏頃。南部の建物がある程度出来て、人と牛の移住が終わった後ね」
「彼らからすると、移住していきなり領主不在になるわけだが」
「そこは大丈夫。マノンがしっかりやってくれるわ。それと、必要なものは大体用意しておく」
「承知した」
サンドラが平気というなら大丈夫なのだろう。さすがにもう、その程度の信頼はある。
「帝都行きはお嬢様とアルマス様。それと私とアイノ様、マイア様。以上五名の予定です。……宜しいですね?」
リーラが確認するように言ったのは、先日の三人メイドのことがあったからだろう。
「問題ない。現地に行けばヘレウスの用意した人がいるだろう。……そういえば、商人の同行は必要ないのか? 商売の話もあると思うんだが」
帝都に行けば聖竜領の特産品をどうこうという話もいくらかあるだろう。そんな時、ダニー・ダンなりドーレスがいてくれれば心強いのは確かだ。
「その件も考えたのだけれど。今回は見送ったわ。うっかり帝都の貴族と大きな取引の約束をしても、納品できる保証がないもの。極力、わたしの方で上手くはぐらかしておくわ」
「それもそうか。俺の方は冷蔵や冷凍の魔法をどう使うかだな」
「基本的にはアルマスに任せるけれど。どうせなら勿体ぶってほしいかも」
「安売りはしない、というわけだな。承知した」
どうせ俺と聖竜様の存在を半信半疑でいるような連中だ。そこまで親切にすることはない。皇帝とヘレウスの依頼を中心に受けるとしよう。それと、眷属印の薬草やハーブについても、契約は控えるようにする。これ以上忙しくなると困るからな。
「現地での予定だけれど。皇帝陛下への謁見、それからパーティーがあるわ。面白くないだろうけど、お願いね」
「ダンスはできないから、せいぜい大人しくするように心がけるよ」
『むぅ、料理がちょっと気になるのう』
『ヘレウスに頼んで冷凍向きのを用意して貰いましょうか? そうすれば聖竜領でお渡しできますよ』
『そうじゃな! そこは頑張って欲しいのじゃ!』
「……聖竜様はなんて言ってるの?」
俺の瞳の色の変化に気づいたらサンドラが、恐る恐るといった様子で聞いてきた。直接話せないからか、聖竜様への畏敬の念が維持されているな。本当に良かった。
「特に問題はないようだ。俺としては、帝都の珍しい食べ物でも持ち帰ってお供えしたいな」
「聖竜様の好きそうなものを現地で探しましょうか」
サンドラが軽く笑いながら言った。聖竜様とその眷属は、帝都行きに不満はないと判断したようだ。
「さて、後はわたしの代わりの人員ね」
「ヘレウスは誰か派遣するつもりみたいだが、大丈夫なのか?」
「それはこれからね。帝都から帰って来るまで、ちょっと気が休まらないわね」
どこか遠い目をして、サンドラは言った。若き領主の悩みは尽きないな。
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