第331話「父親に似てきたな。言うと怒りそうだが。」

 俺がサンドラ達に会いにいくべきだと思った翌日、当の本人達が川を下ってやってきた。


「天気が良い日の川下りは気持ちがいいわね。視察も兼ねて頻度を増やそうかしら」

「よいお考えかと。お嬢様の運動にもなりますので」


 船から下りた領主とメイドは、周囲を眺めながらのんびりとそんな話をしていた。春の晴天、のんびり川を下ってくるのはたしかに気分が良かっただろう。一緒に大量の荷物も持ってきている。嗜好品など、現場の士気を高める物資などだそうだ。


「珍しいな。連絡もなくやってくるとは」

「報告を聞いた感じ、そろそろ形が見えていそうだったし、少し時間ができたから来ることにしたの」

「少々、驚きましたね」


 サンドラが衝動的な行動に出るとは確かに珍しい。理由がないと動けないのは彼女らしいといえるが。これも春の陽気のなせる技だろうか。


「視察に来てくれたのはありがたいが、見ての通りだ。畑は掘り返して土作り、家の方もまだ整地中だ」

「つまり、順調ということね。とても良いことだわ。川の水量はあるみたいだし、水路を掘るのも良いかも知れないわね」

「工期が伸びるなら、職人を交代させる計画を考え直す必要があるぞ」


 やってきていきなり、仕事が増えそうな話になった。今いる人員は水路掘りまで考えていないから、更に人と物を投入しなければならないな。資金の方は……まあ、大丈夫か。こちらの開拓は第一副帝も絡んでいることだし。


「そちらの計画は任せるよ。帝都行きに影響のないようにしてくれ」

「今日来たのはその件もあってなの。えっと、話ができる場所はあるかしら?」

「事務用の小屋がいいだろう。簡単な打ち合わせができるようになっている」


 今はメイドが三人もいるから綺麗だしな、と付け足して俺は二人を案内した。


「こちらに預けたメイド達のことはリーラに任せているの。だから話はリーラとお願いね」


 事務小屋に通して、リーラがお茶を用意したらサンドラはそういって椅子に座ってのんびりし始めた。

 俺の正面にはリーラが座っている。いつものように無表情だ。ちなみに小屋にはミレルがいたのだが、サンドラ達の顔を見たら大層驚いていた。リーラから席を外すよう言われると、すぐに事情を察して出て行ったのはさすがといえる。


「さあ、アルマス様。率直な意見をお願い致します。私としては能力的には申し分のない者を候補に挙げたつもりです」

「そうだな。能力的には非常に優秀だ。かなり助かっている。それでだ、それぞれ帝都に行く理由も聞いた上で考えたんだが……」

「どうぞ、お話しください。彼女たちには私から話しますので」


 俺が言葉を濁すと、リーラが気を遣ってそんなことを言った。一人を選ぶということは、二人を選ばないということ。こうしたことを告げるのは嫌な役回りだ。

 だが、俺が悩んだのはそのあたりの事柄ではない。


「今回は三人とも同行はなしにしようと思うんだが」

「……理由をお聞きしても?」


 怪訝な顔でリーラが問う。その隣のサンドラは静かにお茶を飲んでいる。ここは推移を見守る構えらしい。


「三人とも、帝都に行く理由がある。しっかりとした、将来を見据えた考えだ。だから、一人だけというのは何というか、勿体ない気がしたんだ」

「今回はメイド島出身で、先のことを考え始めた者を選定しましたから。それで、同行なしというのは?」

「今回きりの機会といわず、メイド達が外に出られる仕組みを作ってほしい。行き先は帝都でなくてもいいだろう? 東都とか、他の都市でもいいわけだし」

「それは……私としても有り難い話ですが」


 これは本来、俺から言うべきことではないだろう。ただ、人を預けられて判断しろと言われ、こんな結論に至った。それだけの話だ。


「いいんじゃない? ハリアの航空便にレール馬車の延長もあることだし。メイド学校を運営する上でも必要な仕組みだと思うの」


 サンドラが口を開いてそう言った。領主が賛成してくれるなら、問題ないだろう。

 リーラは俺とサンドラの両方を何度か見てから、ゆっくりと頷いた。


「承知致しました。お二人がそう仰るなら、そのように致しましょう。私としても有り難いお話です」

「最初からそうなることを狙っていたんじゃないのか?」

「まさか、私は先のことを考え始めた若手の手助けをしたいと思っただけです。そんな大事になるような考えがあるなら、既にお嬢様に相談しております」


 俺が思うに、リーラの頭の中に考えが無かったわけではないだろう。学校も出来ていない現状では時期尚早と見て、サンドラに進言しなかったんだと思う。遅かれ早かれ、こうした態勢は必要だったはずだ。


「しかし、意外だわ。アルマスはアイノさんのこと以外でここまで親身になってくれるなんて」

「俺にとってアイノが最優先なだけで、他人をどうでもいいと思ってるわけじゃないぞ」


 本当に意外そうな顔でサンドラに言われた。まったく、失礼な話だ。


「知ってるわ。他人をどうでもいいと思っている人なら、わたし達を助けてくれないものね」


 サンドラはにこやかに答えると、せっかくだからとリーラと共にこの場で書類仕事を始めた。なんか荷物が多いと思ったら、仕事を持ち込んでいたらしい。時間に余裕が出来ても仕事をするあたり、父親に似てきたな。言うと怒りそうだが。

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