第330話「一応、考えがあるが、まずは領主と話すべきだろう」

 南部の工事においても書類仕事はそれなりに発生する。サンドラの性格もあり、報告書は頻繁に魔法具でやりとりをすることになっている。現場の人間にとっては多少面倒だが、報告すれば必要なものを速やかに供給してくれるということで不満は少ない。


 事務仕事に関しては職人の代表と俺がそれぞれ担当していたんだが、ミレルが来てからかなり楽になった。

 彼女はとにかく書類仕事が得意だ。サンドラの執務室にいるメガネのメイドほどではないそうだが、俺達にとっては十分助かる存在だ。


 事務用にあてがわれた建物の中で、俺はミレルと共に事務仕事をしていた。主に俺がやるのは内容の確認とサインを書くだけだ。細かいところをやってくれるのは本当にありがたい。ちょっと前まで、ここの親方と一緒に仕事後に頑張っていたからな。


「よし、一通り終わったな」

「はい。……あの、アルマス様、私は個人面談はしないのですか?」


 最後の書類にサインをしたら、ミレルが遠慮がちに問いかけてきた。銀髪にメガネ、同じ服装をしているメイド達の中でも目を引く外見をしている彼女は、エルフの血が混じっているそうだ。その眼鏡の奥の瞳が、かすかに揺れている。

 やはり、彼女もまた帝都に行きたい理由があるのだろうな。


「個人面談と呼ばれているのか。ただ、なにかしら事情があると思って聞いていただけなんだんだが」

「レイチェとフランセが驚いていました。能力か好みのどちらかを基準に選ばれると思っていましたので」

「今回は、その能力を判断基準にしにくいからな。帝都向きの能力があればすぐ決めていたよ」

「全員、メイド島の出身ですものね」


 くすりと笑いながら、ミレルがお茶を入れてくれた。事情を教えてくれるというなら、遠慮なく聞くとしよう。


「実は私、副業をしておりまして。いえ、そんなだいそれたものではないのですが」


 彼女の言葉は、意外なものだった。


「副業か。こうして話せるということは、リーラも把握しているんだな。内容を聞いてもいいか?」

「クアリアの職人に作ってもらったものを、商店に卸して販売しております。たまたま知り合った子のアクセサリが気に入りまして、メイド新聞作りの伝手を伝ったらいつの間にか商売になっておりまして」


 苦笑しながら言うミレル。話しぶりからすると、最初は善意からやった行動が、いつの間にやら、ということだろう。


「規模としては小さいのですが、楽しくやらせていただいております」

「すると、帝都で物でも仕入れるとか、売り込みでもしたいのか?」

「いえ、滅相もありません。ただ、都会ではどんな商売があるのか見てみたいと思ったのです」

「なるほどな……」


 つまり、彼女は日々の生活を通して商売に興味をもったわけだ。それで王都へ赴いて勉強としたい。素晴らしい向上心だ。


「自分でも意外です。メイド島での生活と、メイドという仕事に満足していたのですが。こちらに来て、商売に興味が出るとは」

「知らない世界に興味を持つのはおかしなことではないよ。ミレルがしっかりといろいろな物事を見ている証拠だろう」

「大げさです。でも、世界を見るというのは悪くありませんね。将来、メイドではなく商売しながら色々な町を巡るのも良いかもしれません」

「聖竜領には行商をしていた商人もいる。話を聞くと参考になるぞ」


 ドワーフ商人のドーレスなんか、そこらじゅうを回っていたはずだ。彼女と話すのも参考になるだろう。ミレルがメイド服を脱いでダン商会の商人にされてしまうかもしれないが、それはそれ、人生に変化はつきものだ。ダン商会も優秀なメンバーが増えるのは悪いことじゃない。


「短いですが、私の話としてはこんなところです。参考になるかわかりませんが」

「いや、大いに参考になったよ。ありがとう」


 一言礼を言ってお茶を飲みきってから、俺は事務用の倉庫を出た。

 外に出ると、現在開拓中の南部草原が目に入る。

 そこかしこでゴーレムが働き、地面が掘り返され、畑が作られ、建築物が建ち並ぼうとしている。

 商人たちの間をメイド服を来た女性が走っているのが見える。あれはフランセだな。元気で働きものだ。


 皆、日々の生活に追われているかと思いきや、色々と考えているものだ。仕事を済ませるだけでも大変なのに、自分の今度もしっかり見据えている。

 実に立派だ。正直、尊敬する。俺は妹のことを考えながら、身の回りの仕事をするばかりでこれといった進歩がない。

 

 レイチェ、フランセ、ミレル。できれば彼女達三人、全員を帝都に連れて行ってやりたい。その気持ちは大いにあるが難しい。同行できるのは一人だけだ。これは覆せない。ハリアの航空便は容量が決まっているし、帝都で身の回りのことをお願いするにしても、三人は多すぎる。


 できるだけ良いようにしてあげねば。こういう時、あまり責任を感じすぎるのは良くないと思うのだが、つい思ってしまう。


『それで、どうするのじゃ?』

 

 聖竜様が短く聞いてきた。心情的には、この人も全員連れて行きたがるだろう。


『とりあえず、サンドラに相談してみます』


 一応、考えがあるが、まずは領主と話すべきだろう。ついでに丸投げしてきたリーラに苦情の一つも言った上で、彼女達の帝都行きについて決めさせてもらおう。

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