第329話「野望とか微塵も気づく余地がない。むしろ今気になった。」
三人メイド。リーラからは経験を積むためといって寄越された人材だが、人というのは色んな側面を持つものだ。なにかしら、帝都行きに同行したい理由というのがあるだろう。
少なくとも、レイチェについてはそうだった。こうなったら残る二人の事情を聞いてみることにしよう。同行者を選別する決め手になるかもしれない。
さて、残る二人のメイドはフランセとミレル。そのうちフランセはというと、これがまたよく働く子である。掃除が好きというだけであって、倉庫の整理や宿泊所の共用スペース、スティーナの部屋掃除などで大活躍だ。
スティーナの部屋については本人に片付けて欲しいのだが、あれはあれで、いざ南部に来たら忙しそうに働き出した。基本、真面目なのだ。酒さえ絡まなければ。小屋がそのまま事務所になり、整理整頓しずらい環境だったので、フランセの存在は頼もしいようだ。スティーナが一番仲良くしているのが、フランセだった。
「しかしよくもまあ、ここまで綺麗にできるものだな。作業小屋など清掃に限界があると思っていたんだが」
「いえいえ、立派な建物ですから、こまめに手入れをすれば綺麗になるというだけなんですよ」
新しく届いた物資を倉庫に置いた後の小休止、俺のかけた褒め言葉にフランセは明るいながらも控えめな態度で答えた。
彼女の清掃能力は本当に大したものだ。そもそも、聖竜領のメイドというのは全員が掃除が得意なのだ、その中にあって「掃除が得意」と豪語できるのは、とんでもなく秀でた能力であるという証明でもある。
「アルマス様、それで誰が帝都行きになるか決めてくれたんですか?」
「む、そうだな……」
探りをいれることなく、直接言ってきた。こうした態度が浅はかに見えず、好ましい性質に見えるのも、彼女の性格故だな。
「まだ決めかねているな。全員、優秀だ」
「ですか。ま、フランセは掃除がとても得意ですけど、帝都で役立ちませんしね」
納得と共に軽く嘆息するメイド。なかなか聡い少女だ。
フランセの認識は正しい。帝都に同行した際、彼女の清掃能力が発揮される機会はまずないだろう。そこを考えると、彼女もやはり決め手にかける。
「フランセ、君は個人的に帝都に行きたい理由があるんじゃないのか? そこを教えて欲しいのだが」
「む、さすがはアルマス様。フランセの野望にお気づきでしたか」
「いや、初耳だが……」
ただ、帝都行き志望の理由があると思っただけで、野望とか微塵も気づく余地がない。むしろ今気になった。
「フランセはですね、メイド長になりたいのです」
「……リーラへの下剋上か。それはとんでもない野望だな」
「違いますよっ。そんな大それたことは考えていません! どこかのお屋敷に雇われて、そこでメイド長として采配をしたいというだけです! リーラ様に逆らうなんてそんな……そんな恐れ多い……」
違ったらしい。一瞬、尊敬したのだが。
考えてみれば、聖竜領に来たメイドの殆どがリーラに憧れている。下剋上はないか。
「いえ、リーラ様に指示をするフランセ……悪くないかもです……うへへ」
「想像できるだけでも凄いと思うぞ」
フランセはなかなか大物だった。
「っと、やっぱり無理無理です。リーラ様に勝てる要素が見当たりません。フランセにサンドラ様の従僕は不可能です」
「あれの仕事についていくのは本当に大変だろうからな」
聖竜領のメイド長は領主の秘書も兼ねる。ついでに護衛も兼ねている。想像を超えた激務だ。それを本人は嬉々としてこなしているわけだから……本当に凄い。
「えっと、とにかく、フランセなりに将来の身の振り方を考えた所、どこかでメイド長をしたいなと思ったのです。それで、色んなお屋敷や貴族様を見れる帝都行きは良い機会なわけです」
「そうだな。こんな時でも無いと聖竜領のメイドが帝都に行く機会はない」
「今のお仕事に不満があるわけではないのですが、生活が落ち着くと色々考えることがあったのです。メイドなりに」
「将来について考えるのは大切なことだ。検討の材料にさせてもらう」
「宜しくお願いしますっ」
元気よく返事をしたフランセを置いて、俺はその場を去った。なかなか良い収穫があったな。
さて、残る一人は銀髪眼鏡のメイド、マレミレル・ラブカンチェスカ。事務仕事を得意とする彼女はどんな理由を抱えて帝都行きの候補にあがったのだろうか。
せっかくだから、正面から聞いてみよう。これまでの二人を見た感じ、話しにくい事情を抱えているのは考えにくい。
しかしこれ、冷静に考えるとリーラの仕事じゃないだろうか。俺に同行者を選ぶ権利をくれたのか、丸投げしたのか。……なんだか両方な気がするな。誰を選んでも帝都での仕事に影響はなさそうだし。
たまにはこういうのもいいか。もう少し周りに目を向ける良い機会だ。
一瞬、リーラに文句を言いたい気分になったが、そう思い直した俺はゴーレムを作るべく作業場に向かった。
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