第328話「なんか、その上で答えを出すのは大変そうだけれど、頑張るとしよう。」

 メイドが三人来て、生活水準が著しく向上した。

 基本、男所帯の南部現場、それなりに気を遣ってはいるものの、どうしても掃除や整理などには行き届かない部分がある。性別というより、仕事の合間にこなすのが厳しいのも大きい。スティーナという女性も来ているが、あいつは一番働いていて、いつも疲れ果てて寝る。たまに見かねた面々が掃除しているほどだ。

 そこにメイド島で教育を受けたメイド達が来てくれれば、当然のように助かる。


 共用スペースは綺麗に清掃され、食事の方も大雑把な味と量重視のものから、しっかりしたものになり、仕事も捗るというものだ。


「正直、突然の訪問にちょっと困ったと思ったのだが、とても助かっている」

「お役に立てて何よりです。しかしこれ、便利ですね」


 黒髪長髪のメイド、レイチェが笑顔で答える。今日も朝から元気そうで何よりだ。


「ロイ先生が試作を重ねたものだからな」


 俺達は湖から流れ出た川で洗濯をしていた。

 とはいえ、洗い物をしているのはゴーレムだ。ロイ先生考案の洗濯ゴーレムで、洗濯物を掴んで巨大な桶の中で揉み洗いやすすぎをしてくれるという優れものだ。なお、力加減が難しいので、常に誰かが指示を出す必要がある。


「以前からあったが、最近、腹に脱水機能が追加されたんだ」

「これ、本当に便利ですね。すぐ量産した方がよいのでは?」


 洗濯ゴーレムは腹にローラーがついており、そこに洗濯物を通すことで、凄まじい力で脱水してくれる。


「報告しておくよ。ああ、ローラーに巻き込まれないように気をつけてくれ。メイド服はヒラヒラしてるからな」

「ありがとうございます。すごい、これを手でやったらかなり時間がかかりますよ」


 洗濯ゴーレムの魅力に捕われたレイチェが、次々とローラーに洗濯物を通していく。脱水される衣類を次々と籠に入れる俺。平和な光景だ。一応、仕事が一段落して手伝いに来ているので、俺も暇なわけではない。


「アルマス様、干すのは私どもでやりますので。ご自分のお仕事を」

「そうか。わかった」


 その性能に満足したらしく、洗濯ゴーレムを優しく撫でた後、巨大な洗濯籠を持ったレイチェは物干し場へと向かっていった。


「……あまりにも、問題がないな」


 メイド服の後ろ姿を見送りつつ、思わず呟く。


 レイチェ達三人は、帝都に同行するメンバー選定のため、リーラから南部に寄越された。実際、彼女達の能力は非常に高い。助かる。

 しかし残念なことに、メンバー選定は全く進んでいなかった。決め手がないのだ。

 レイチェ、フランセ、ミレル、この三人はメイドとしての能力を全員問題なく備えている。そして、差がない。例えばレイチェはお菓子作りが好きで、料理も得意だそうだが、帝都行きに加える決定打としては弱い。帝国一の都会に行った時、同行したメイドが料理をする場面はまずないだろう。

 他二人も同様だ。これは、という所が今のところ見当たらない。


「もう少し観察してみるか……」


 結論を急ぐことはない。リーラのことだ、なにか考えがあってこの件を俺に投げたはずだ。そこに留意しながら行動することにしよう。

 そんな風に思い直し、俺も自分の仕事へと戻った。


 それから二日後。なんの収穫も得られなかった。


「アルマス様、お洗濯をするのが好きなのですか?」

「いや、洗濯ゴーレムの稼働状況を確認して、ロイ先生に報告する必要があるんだ。清潔なのが好きなのも事実だがな」


 観察を兼ねて毎日洗濯を手伝っていたら、綺麗好きだと思われた。間違ってはいない。あと、ロイ先生への報告も嘘じゃない。このゴーレムは使えそうだ。戻ったら聖竜領内にいくつか作らないか相談してみよう。


「つかぬことをお尋ね致しますが、誰が帝都に行くべきか見当はついたのでしょうか?」


 洗濯ゴーレムで脱水作業をしながら、レイチェの方から話題を振ってきてくれた。ありがたい。どう切り出すべきか悩んでいたんだ。


「いや、なかなか難しくてな。三人とも、能力的には十分だし……」

「そうですか……」

「そこでだ、理由を聞きたい。レイチェは何がしたくて帝都に行きたいんだ?」


 メイド島育ちの三人に経験を積ませるためだと彼女たちは言った。しかし、本当にそれだけだろうか? それは表向きで、三人のメイドにもそれぞれ個人的な事情があるんじゃないだろうか。


「……私はご主人様を探しているのです」


 洗濯の手を止めて、レイチェは遠くを眺めて呟いた。


「む、主人が行方不明なのか?」

「紛らわしい言い方をしてしまいました。なんといいましょうか、仕えるべき主人を探している、といいましょうか。リーラ様やマルティナ様のように、自分が心から仕えることができるのはどんな方だろうかと、最近考えるようになりまして」

「メイドの主人か……」

「常に望んだ方に雇って頂けるわけでないのはわかってはおります。ですが、メイド島で生まれ育った者としては、自然と考えてしまうのです」


 聖竜領のメイド達の多くはリーラを慕って来た面々だが、全員がずっと居るわけではない。何かしらの理由があって、新しい生き方を見つけたり、新しい主人を見つける者もいるだろう。

 これから先、メイド学校ができて定期的に人材が供給されるようになれば、尚更だ。辺境にメイドの仕事先はそれほどない。


「自分の仕事について考えるのは、良いことだ」

「ありがとうございます」


 俺はそういうのが精一杯だった。若者の自分探しみたいな話じゃないか、これは。正直、荷が重い。俺なんてもう、目的を果たして余生に入っているようなものだからな。割と勢いでこの状態まで来たから、他人の人生にどうこう言うのは難しい。


「これまで聖竜領にいらっしゃる方々を拝見してきましたが、これ、といった方はいらっしゃいませんでした」

「たしかに、帝都に行けば色々な貴族を目にすることはできるな」

「そのように考えております。検討の材料になるでしょうか?」

「ああ、十分だ」


 レイチェの本音が聞けたのは収穫だ。こうなると、残る二人のことも確認しておくべきだろう。

 なんか、その上で答えを出すのは大変そうだけれど、頑張るとしよう。


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