第327話「せめて事前に相談してほしかったので、それだけは伝えておくことにした。」
今更だが、聖竜領南部の輸送について説明したい。
現状、南部草原の主要な輸送手段は、川を使った水運である。前に俺が地形をいじって現れた川を使い、ハリア達が住んでいる湖から少し離れた場所まで船で荷物を運んでいる。
流れてくるのはちゃんとした舟だったり、即席のイカダだったりと場合による。どちらもそのまま資材として使うことが多いが、舟の方は別荘地に戻してそちら用になることもある。
運ばれてくるのは主に建築資材と食料だ。南部を人の住める土地にするための物品が、日々やってくる。もちろん、交代要員や増員としての人も来るし、手紙をはじめとした書類もある。
聖竜領の領主の屋敷とは連絡が密にとれているし、荷馬車があるので急ぎなら馬で戻ることもできる。
未開とはいえいろんな努力もあって、環境はそれほど悪くない。住居と食料をはじめとした物資は確保できているし、何より水が豊富だ。俺がいるので何なら毎日風呂に入って汗を流すことができるので清潔でもある。
そんな場所に、突然メイドが三人やってきた。
「人手の補充は予定があったが、メイドの予定はない。これはどうしたことだろう?」
倉庫兼住居に囲われた広場にて、焚き火を囲みながら、俺は三人のメイドを相手に話していた。椅子の代わりの荷箱に腰掛けた三人の女性は、全員真面目な顔で俺に向き合っている。
「リーラ様……メイド長からのご命令です。私達三人、この地にてアルマス様より選定を受けるように、と」
「聞いてないんだが」
「アルマス様なら大丈夫と言っておりましたが、こちらを持たされております」
メイドの一人が封筒を渡してきた。封蝋は聖竜領の印ではなく、サンドラをデフォルメしたもの。間違いない、リーラだ。
素早く開封して目を通す。とりあえず俺は事態を把握できた。短い文章だが、要領を得ているのでわかりにくくはない。さすがはリーラだな。
「君達三人は、帝都行きを希望しているということか」
三人が同時に頷いた。教育が行き届いている。
「私達三人は、メイド島生まれ、メイド島育ちです。聖竜領に来るまで、外の世界を知りませんでした」
「これから先、誰かに仕えるにしろ、広い世界を知っておく経験はしておくべきとメイド長に仰せつかりました」
「聖竜領の帝都行きは、学ぶ上でのまたとない機会であると同時に、アルマス様達の負担を減らす一助になる、と考えております」
それぞれが続けて話す。事前に用意していた言葉だろう。
理屈としてはわからなくもない。メイド島というのがどんな場所かは知らないが、大都会というわけではないだろう。そこを出たと思ったら、今度は辺境の聖竜領だ。そうすると、どうしても経験としては偏ったものになってしまう。一応、隣にクアリアという都市もあるが、あちらはまだ発展中だしな。貴族社会など、都会特有のものとの接点は薄い。
「率直に聞こう。本音は?」
「……ちょっとだけ帝都に行ってみたいです」
「アルマス様達のお役に立ちたいのも本当です!」
「そう、ちょっと、来る途中横目に見た街にいきたいなって……」
彼女たちは聖竜領にいるメイドの中でも比較的若手だ。まだ十代だろう。それ故に、あまりにも素直な本音が出てきた。
「…………」
一瞬、場にやってしまった……という空気が流れた。
「正直でよろしい。俺としても身の回りのことができる者の同行は許可したい。特にアイノのはな。三人は特技はあるのか?」
問いかけると、三人は立ち上がり、自己紹介を始めた。
「レイチェと申します。メイドとしての作法は一通り修めております。どちらかといえば、料理が得意でしょうか」
真面目そうな顔をした黒髪長髪の少女は、短くそう自己紹介すると一礼した。たまにトゥルーズのところで見る子だな。こうして話すのは初めてだ。
「フランセです。特技はお掃除。メイドとしての仕事は一通り出来ますよっ」
元気に語った薄い茶髪の子は、そう言ってにっこり笑った。親しみやすそうな印象は、同行者として悪くない。
「マレミレル・ラブカンチェスカです……えっと、ミレルと覚えてください」
良かった。名前を聞き返す前に略称を教えてくれた。
ミレルは聖竜領全体を見ても珍しい、銀髪の子だ。メガネをかけている子で、珍しい髪色で印象に残っている。ルゼがひと目見て、「あの子、エルフの血が混ざっていますね」と言っていたのを覚えている。
「私もメイドとしては一通りのことができます。特技は……強いていえば、事務作業でしょうか」
三人のメイドは自己紹介を終えると改めて一礼した。訓練された、優雅な所作だった。
「つまり、三人ともメイドとしての能力は問題なく修めているわけだな」
「はい。メイド長のお墨付きです」
うん。つまり、最低限、仕事のできるものを同行者の候補にしてくれたわけか。
「それで、三人とも帝都や貴族の知識はあまり無いわけだな?」
「……はい」
つまり、帝都の事情に通じているわけではない、というわけである。どちらかというと、そういう人材のほうがありがたいのだが。
いや、それは帝都に行けば何とかなる問題だ。向こうでサンドラの父ヘレウスが手を打ってくれる手はずになっている。
「……これは難問だな。すぐに君達のうち誰とか言えないぞ」
つまるところ、この三人のうち一人を同行者に選べと言われても、決め手に欠けるわけだ。
全員が仕事ができて、全員が帝都向きの能力を持っていない。少なくとも、初対面の今のところはそう見える。
「ですので、しばらくこちらでお仕事をお手伝いし、選んで頂くように、とのことです」
「炊事洗濯、いたしますよっ」
「事務仕事も頑張ります」
多分、リーラとしても選ぶのに悩んだんじゃないだろうか。帝都で経験を積ませたいメイドがいるが、決め手に欠ける。こうなれば、いっそ俺に選ばせよう。そういう魂胆か。
色々納得した俺は、かるく頷いて彼女たちを見た。
「わかった。これから宜しく頼む」
人を選ぶ仕事に自信はないが、やらせてもらおう。
あと、スティーナが来たとはいえ、基本男所帯なので、メイド達の助っ人は割と助かる。
メイドたちは一様に表情を明るくした。最悪、俺に断られることを覚悟していたんだろう。
「まずはリーラに手紙を書くとしよう。今後、こういうときは一報入れるようにとね」
せめて事前に相談してほしかったので、それだけは伝えておくことにした。
仕事をしながら帝都行きの準備もしろということなんだろうな、これは。頑張るとしよう。
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