第326話「これは、現場の職人にも振る舞うとしよう。」

 南部の草原地帯を掘り返す作業を始めて十日と少し、少しずつ草原が畑と家のある集落へと姿を変えつつある実感を伴い始めた頃、新たな来客が会った。


「なんで来たんだ、スティーナ。ここには酒場はないぞ?」

「酷い態度だね!? 自分の関わった仕事を確認に来るのがおかしいかい!」


 作業小屋に囲われた煮炊き用の広場で焚き火でパンを炙りながら言うと、いきなりやってきた大工が抗議の声をあげた。ちなみにパンは黒焦げになった。いつまでたっても火加減は苦手だ。俺には器用になる伸びしろがない気がして、落ち込みそうになるな。


「真剣に黒いパンを見てないで話をしておくれよ。何を作りに来たんだ? とか」

「さっき聞いたぞ。スティーナが来るのはもう少し後の予定だろう。牛飼い達の家を建てる時期にはまだ早い」


 現在、南部にあるのは倉庫兼作業小屋が十ほど。それと、整地中の土地と掘り返されたばかりの農地だ。周囲をゴーレムを使って柵を囲い、ようやく形が整いだしたところ。

 正直まだ彼女の出番ではない。なのに、追加の資材に乗ってやって来た時はびっくりした。事前連絡もなかったし。


「予定よりは早いけれども、やっぱり現地を見ておきたかったのさ。この辺の土地の状況、ちゃんと見たことなかったしね」

「そういうものか。好きに見て平気だぞ」


 理屈としてはわかる話だ。実際、スティーナは殆ど南部の草原に足を踏み入れたことはない。現地でしか見えない情報というものもあるだろう。


「ところで、荷物が多いようだが、何日くらいの滞在予定だ?」

「す、数日かな。ほら、あたしも女だからね。色々とあるんだよ」


 目が泳いでいる。俺は予定を聞いただけなのに。

 俺は立ち上がり、スティーナと共に運ばれてきた荷箱の山をじっと観察する。


「ま、魔法で透視とかしないでよ。下着とかも入っているんだから」

「いや、そんなことはできないが……。ふむ……」


 俺が見ているのは、荷箱に打たれた釘だ。

 妙に釘が多く打たれたのが一個だけある。というか、その釘だけ妙に新しい。まるで、慌てて最近打たれたような。


「スティーナ、この荷箱の中身だが……」

「ああ! そいつはアルマス様でも見せられないねぇ! 女性特有のアレとかソレとか入ってるかもしれないから! ほら……ね!」


 焦りだしたスティーナ。なぜか最後など片目を閉じて愛嬌を振りまいてきた。必死だ。


「なあ、スティーナ。そうやって誤魔化して、飲酒しているのがサンドラにばれたらどうなると思う? ここの職人は全員事情をしっているぞ」

「う…………」


 彼女はまだ酒については領主直々に控えるよう命令が出ている。冬の間騒ぎを起こさなかったので、以前より緩くなってはいるが、それでも酒場では一杯しか酒を出して貰えない。自宅のものは屋敷で保管中だ。


 しかし、何らかの方法で――例えばクアリアで購入するなど――酒を入手して、こっそり南部で消費するつもりだったら? 


 スティーナの顔を見た瞬間、俺はそんな疑念を抱いた。

 そして、多分それは正しい。明らかに一つ、荷箱に細工がある。二重底だろう。俺に見抜かれる雑な仕事は彼女らしくない、恐らく、衝動的な行動だったはずだ。


「スティーナ。正直に言うなら、今だぞ」

「……やっぱり、アルマス様には敵わないねぇ」


 諦めの笑みを浮かべながら、スティーナは自分から荷箱の蓋をあけて、しばらくごそごそした後に酒瓶を三つほど取り出した。


「ばれないと思ったんだけれど。素直に引き下がるよ。サンドラ様は怒ると本当に怖いからね」

「ああ、それがいい」

「じゃあ、あたしは小屋の建築でも手伝ってくるよ。自分用のも作らないといけないからね」


 潔く酒瓶を手渡し、足取り軽く去って行くスティーナ。

 その姿はどこか爽やかで……怪しい。


「スティーナ。自分用の小屋とやらの建材に酒を混ぜてないだろうな?」

「……なんの話だい?」


 硬い表情で振り返るスティーナ。これは、やってるな。

 そもそも、腕のいい大工である彼女が、俺に見破れる程度の細工を箱にするのがおかしい。その気になれば、誰にも気づかれないようなものに仕上げることは十分可能なはずだ。

 

 だとすると、これは罠だと考えることができる。あえて発見させて、本命を隠す。稚拙な細工の意図はそんなところだろう。

 他に酒を隠せそうなのは一緒に運ばれた大量の建材だ。荷物の間に忍ばせることなどいくらでもできる。あとは、極力自分の小屋の建築を一人ですれば、いつでも酒を確保して隠すことは可能。

 なんという執念だろうか。普通にサンドラに許可をとって一本持ち込む方が楽だぞ。


「資材の中に酒を隠すくらいしそうだな、と思ってな。気のせいならいいんだ」

「考えすぎだよ。いくらあたしが酒に飢えてるからって、そこまですると思うかい?」

「…………」

「そこはせめて否定してほしかったねぇ……」


 軽く落ち込んだ様子のスティーナだが、これまでの実績があるからな。


「わかった。俺は信じるとしよう。忘れているかも知れないが、俺は寝ないで何日も動くことができるし、魔法で透視はできないが、聴覚や嗅覚を強化することができる。つまり、いくらでもお前の小屋での動向を監視可能だということだ」

「…………」


 表情をめまぐるしく変えた後、目を見開いて凝視された。多分、「この人なら本当にやる」と結論がでたのだろう。


「今なら、見逃した上に一本だけ渡すが? 数日かけて、大切に飲むと約束できるならな」

「……や、約束だよ? 絶対に約束だよ!」


 しばらく後、スティーナの持ち込んだ資材の中から十本以上の酒瓶が回収された。

 これは、現場の職人にも振る舞うとしよう。


 そんな事件があった翌日。

 

 また川を下る船があり、来客があった。


 今度はメイド。聖竜領に沢山いる、メイド島のメイドが三人来た。


「なんの用だ? メイドの手伝いは頼んでいないんだが」


 戸惑う俺に、三人のうちの一人が口を開いた。


「アルマス様に、帝都に同行するメイドを選んで欲しいのです」


 素直に開拓作業だけしているわけにはいかないものだな。


 真面目な顔をして、綺麗な姿勢で立ち並ぶメイドを見ながら、俺はそんな感想を持ったのだった。


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