第325話「いや、俺も信用していないわけではないんだが。」

 南部にロイ先生がやってきた。当然、仕事のためである。ゴーレム製造の魔法陣は彼が第一人者であり、変わった形のものを作る時は基本的にお願いすることになっている。

 今回の試作ゴーレムは杭打ち用、柵を作るためにひたすら木の杭を打ってくれるそうだ。木の杭を背中に乗せると、巨大な腕が掴んで地面に突き刺すのを繰り返してくれる。人間の誘導は必須だが、非常に便利そうだ。


「うん。さすがはアルマス様です。見事なものですね」

「いや、魔法陣を作ったのはロイ先生なんだが。とりあえず十日分の魔力を込めておいた」


 期間が短めなのは試作品だからだ。恐らく数日で問題点が洗い出され、すぐに新型が考案されるだろう。


「ロイ先生、一人でこちらに来ても良かったのか? 新婚なんだから、魔法陣だけ送ってくれてもいいんだぞ」

「いえいえ、仕事はちゃんとしませんと。それに、アリアさんもそのうち、こちらに来る予定ですから、大丈夫です」

「そうか。大丈夫か」


 やはり少しは寂しいようだ。新婚だしな。そんなロイ先生とアリアは変わらず屋敷に居住している。

 とはいえ、ただ住んでいるわけではない。


「家を建てる話は順調か? 土地は確保してあるんだろう?」

「はい。サンドラ様とスティーナさんのおかげですね。もう土地の整地作業に入っています」


 ロイ先生達は、屋敷の近くに家を建てることになった。設計はスティーナ、現場は彼女の弟子二人が担当だ。時間のある冬の間に、内容をかなり詰めておいて、春になってすぐに作業を始めるという、なかなか周到な計画である。


 場所としては屋敷のある丘を少し下った場所だ。森の近くに住む案もあったが、二人の仕事を考えて、屋敷まで通い安い場所になった。酒場のある村の入り口付近と屋敷の中間地点で暮らすことになる。

 

「工房は無理でしたが。大きな倉庫を作る予定です。僕もアリアさんも荷物が多いですから」

「だろうな。実験は屋敷でするといい。あの工房は頑丈だ」


 魔法士の工房は作るのにとても金がかかる。魔法によって少し爆発が起きてもびくともしないくらいの作りにする必要があるためだ。聖竜様の用意したあの屋敷の工房は、いくつかの防御魔法が仕込まれている特別製で金がかかっている。作りは古いのが気になるが、かなり名のある魔法士のものだったのだろう。


「この柵は放牧用だけでなく、農場にも使うんだったな」

「はい。それと、試しに牧草地を作ることになっていまして」


 そう言って、俺達は荷物置き場になっている一画を見た。

 今まさに、倉庫の中に袋に入った大量の種が運び込まれているところだ。農作物より広い範囲に撒く予定なので、サンドラが奮発して買い込んだ。


「あの倉庫には冷蔵の魔法をかけておいた。畑ができるまで保管だな」

「ありがとうございます」


 外に保管しておいて、うっかり発芽されたら大損害だ。

 ちなみに牧草は複数種類用意されている。聖竜領という土地に合うかどうか、やってくる牛達に合うかどうか、色々と検証したいとのことだ。


「植物を育てるというのは生半可ではないな。実験に近い」

「ええ、まさにその実験も依頼されていまして」


 言いながら、ロイ先生がポケットから手のひらに収まる大きさの、小さな袋を取り出した。口を堅く縛られており、袋そのものも頑丈に作られている。


「ユーグからです。薬草やハーブなど、南部に住む人の生活に役立ちそうなものを選んだそうです」

「真意は?」

「実験ですね。聖竜領南部で作られたものが、他の地域と比べてどの程度の力を発揮するのか確認したいようです。それと、エルフ達と育てた植物が森以外で育つかなども検証事項だとか」

「土地に害のあるものは含まれていないだろうな……」


 ユーグは植物専門の魔法士だが、エルフ達と一緒に森の中でひたすら実験を繰り返している。倫理観はあるはずだが、魔法士というのは機会があればそのあたりを遠慮無く緩めるものだ。


「普通のものだそうです。今のところは……」

「そうか。今度、森に行ってあいつの工房を覗いておいた方がいいな」


 知らない間に新種の植物を見つけたり作ったりしていそうだ。眷属印に限らず、薬草の安定供給のために力を尽くしてくれてはいるんだが、一応な。


「ロイ先生、ユーグから貰った種は、少し離れた場所に農地を作って植えるとしよう」

「それが良いかと思います。念のため、定期的に確認してみましょう」


 ロイ先生が神妙な顔をして言った。微妙に信用されていないな、ユーグ。あんなに懐いているのに。

 おかしいものを見つけたら、アリアやエルフ達に見て貰って処分したほうがいいだろう。

 いや、俺も信用していないわけではないんだが。実験をしている魔法士相手の時は、慎重にしていて損はないからな。

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