第324話『聖竜様もだった。』

 春が来た。森の中や日陰に多少は雪が残るものの、大地に緑色が目立ち始め、天気が悪い日も雨が降る。なにより、朝、外に出た時の空気が明らかに冬にはない温かなものになっている。

 そんなわけで春だ。生物にとって喜ばしい季節である。

 同時に、労働の季節の始まりでもある。


 そんなわけで、季節が変わって早々、俺は南部にいた。別荘地よりも南、川が流れ込んで人が住みやすそうな場所になった場所で、職人たちと建築作業をしている。


「アルマス様、ゴーレムの起動をお願いします」

「わかった。期間は一月ほどだったな。道を作る方はもっと長めにしておこう」

「ありがとうございます」


 職人たちと近くに移動させてきた岩に魔法陣を貼りながら相談する。

 これから作るのは、引っ越してくる牛飼いの家族のための住居と牛舎だ。それと、ここまでの道。

 つまり、いよいよ第一副帝の領地から人が引っ越す下準備をしているわけだ。


 資材類は冬の間にクアリアで準備されていて、川を流して運ばれてくる。地面の整地などはゴーレムの仕事だ。すでに石畳が敷かれた別荘地からここまでは、しばらくゴーレムが踏み固めた硬い地面が道となる。

 最初に作られるのはいつものように、すぐに組み立てできる作業小屋だ。工事が続く南部では見慣れた住居兼倉庫。今回も長い付き合いになるだろう。


「では、とっととやってしまおう」


 ロイ先生の用意した魔法陣を使って、様々な形のゴーレムを生み出していく。魔力は計画より多めにしておいた。天候不順など予定外の出来事で工期が遅れるかもしれないからな。

 整地用の四角い手をしたゴーレムの他に、手が湾曲して鍬のようになっているゴーレム混ざっている。こちらは耕作用だ。

 計画では、牛飼いの済む南部にも畑を作ることになっている。そのうち農家がクアリアから引っ越してくるだろう。


 こういう話になったのは、聖竜領の中といえども南部は距離的に領主の済む地域から遠すぎるからだ。レール馬車が行き来できるようになる予定だが、全体で一つの集落とは言い難い形になるだろう。

 別荘地もあることだし、食料や雑貨の供給源は多いほうが良いと判断したサンドラは、南部に村を作ることに決めた。


 将来的に聖竜領には、領主の済む中心部、エルフの住む森、港周辺、別荘地と南部の別荘といったそれぞれ特徴を持った集落ができあがるはずである。まあ、港はまだ何も着手していないただの釣り場だとか、別荘地がそれなりに使えるのは数年かかりそうだとか、色々あるが、そんな感じだ。


「ここは一年でどんどん景色が変わっていくな、面白いことだ」


 ゴーレムを起動し終えた俺は、近づいてくる巨大な影を見て思わず呟く。


「アルマスさま、こんにちは。ごはん、もってきたよ」


 近くの草原に荷物を下ろしたハリアが、小さくなってやってきた。

 彼ともう一人の眷属、フリーバのおかげで新鮮な食材が輸送できる。なんなら、冷凍した食品をそのまま保管も可能だ。これは近くに何もない南部の開発においてとてもありがたいことだ。食事は士気に関わるからな。


「ありがとう。こちらでの工事だと、楽しみは食事くらいなんで、とても助かる」

「わかるよ。おいしいごはん、嬉しいよね」


 ふよふよと浮かびながら、荷物を倉庫に運び込む職人たちを一緒に眺める。ハリアたちは南部が住処なので、賑やかになるのは嬉しいみたいだ。酒場に結構通ってるしな。


「いろいろと、いそがしくなるね」

「ああ、ハリア達は特にな。稼ぎは増えるな」

「じゃあ、帝都にいったらおいしいもの、食べる」

「それはいい。詳しい者に案内してもらおう」


 そうか。ハリアが輸送でついてくるなら、帝都でアイノの護衛もお願いできる。これで妹の安全もより確保できるというものだ。


「うしさんが来るのも、たのしみだね」

「ああ、そのときも一緒だな。牛か、この辺に牧草とか植えた方がいいのかな」

「そういうのはアリアが考えてるよ」

「違いない。ロイ先生と一緒にここまで来るんだろうな」


 新婚の二人はそれぞれ幸せそうに仕事をしている。ロイ先生なんか心なしか舞い上がっているように見えるほどだ。


『うむ。やはり春は活気づいて来てよいものじゃな。お主らも仕事に励むように』


 聖竜様の声が聞こえた。どこか明るく、浮かれた気配がある。賑やかな季節が好きな方だ。


『もちろん。帝都に行くためにも頑張りますよ』

『その前に、牛さんだね。おにく、たのしみー』

『いや、来るのは乳牛だから、肉は食べれないと思うぞ』


 聖竜領にやってくるのはバターやチーズ作りが得意な一族だ。順番にやってきて合計三家族くらいの予定。家畜はすべて乳牛で、肉牛の話は聞いていない。


『え…………』


 ハリアがショックを受けて固まった。もしかして、上等な肉がとれる牛が来ると思ってたのだろうか。意外と味にうるさいから、可能性はある。


『えぇ……ワシ、ちょっと楽しみにしとったんじゃけど……』


 聖竜様もだった。


『まあほら、良質な乳製品を使った料理が増えるということで前向きにいきましょう。多分、クリームを使った菓子とか増えるんじゃないですか?』


 どうにかフォローの言葉をいれると、頭の中で聖竜様とハリアが同時に喜ぶ声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る