第323話「今年に限って言えば、彼らがいなくなったのが季節の変わり目を告げたようなものだ。」

 聖竜領南部、港予定地、現釣り場。海から吹く風が冷たい冬だったが、心なしかそれも和らいできた。もうすぐ春が近い。いや、やっぱり寒い。海辺は風が強くて困るな。

 暖房魔法を受けながら釣り糸を垂れているのは俺とクレスト皇帝だ。やることもないので、何となくこうなった。皇帝が現われると大抵の者は緊張するので、俺と一緒にいるのが聖竜領の皆にとっては良かったりもする。


「釣れないわね」

「ああ、いつものことだ」


 そもそも今は日も高く昇った後。釣りをするのに向いた時間とは言いがたい。


「まあいいわ。良い気晴らしになるしね。従者達の休養になったし、今回も楽しめたわ」

「それは何よりだ。仕事の方は大丈夫なのか?」

「ご心配なく。皇帝がいなくてもある程度回るのよ。一応、大国だからね」

「そういうものだろうな。あまり長期で不在にするのは良くないと思うが」

「そ、だからそろそろ帰るわ。別荘建築の算段も整ったしね。春になったら資材が色々届くから、頑張ってね。でも、ちゃんと帝都には来ること」

 

 ちゃんと準備を整えるから、といいつつ皇帝は釣り糸を引き上げた。当然のように何もかかっていない。

 それを気にせず立ち上がった皇帝は、従者とトゥルーズが待つ小屋へと向かっていく。


「トゥルーズの料理はどうだった? 腕は上がっているという話だが」


 俺にはもう上達しているのかわからない領域にいる彼女だ。きっと皇帝を満足させることができると思うのだが。


「悪くはないわ。本人にはまだ言わないけどね。毎年の楽しみだもの」

「トゥルーズは人間だぞ。寿命を考えてやってくれ」


 ちょっと意地悪な笑みを残して、クレスト皇帝は俺の前から去って行った。今度会うのは帝都だな。


「釣れているか。アルマス殿」

 

 入れ替わるように現われたのはサンドラの父ヘレウスだ。こちらは釣り竿を持っていない。話をしにきたということだろう。


「皇帝陛下と共に、私も帝都に帰る。色々と世話になった」

「大したことはしていないよ。サンドラとそれなりに仲良くなれたようで何よりだ」

「子供というのは難しい。私には難題だよ」

 

 苦笑しながら、隣に座って海岸線を眺めながらヘレウスは言った。

 日の光を受けて輝く海は素直に美しい。今が暖房魔法がなければ海岸に立つのも辛い冬だというのを忘れそうだ。


「ここは良い場所だが、帝都にも良い所がある。是非案内したい。娘と一緒に来てくれ」

「皇帝に続いて魔法伯に何度もそう言われては、行くしか無いな」

「無理強いしているようですまない。だが、これが上手くいくと聖竜領の運営がやりやすくなるのもたしかだ」


 俺と聖竜様の存在が疑問視されている所に、ハリアに乗って現われる。それがこの男の計画だ。噂を払拭し、評判も立てる。一石二鳥の策だという。


「聖竜領がただの辺境でないと知れ渡れば、人材発掘も少しはしやすくなるだろう」

「その前に、サンドラ不在の穴を埋める人材が必要になるんだが」

「それもこちらで何とかしよう。能力がある変わり者を探すのは得意なのでな」


 それからヘレウスは、こちらを真っ直ぐに見た。

 いつもと変わらない鉄面皮だが、今回は真剣味が増している。


「私の代わりにサンドラを救ってくれたこと、重ねて礼を言う。帝都に来てくれた際は、可能な限りの歓迎と協力を約束する」

「気にしないでいい。俺も世話になっているからな。だが、歓迎は受けるとしよう。聖竜様が喜びそうな菓子でも探しておいてくれ」

「それは責任重大だな。戻ったら帝都中を探すとするよ」


 軽く笑いながら言うと、ヘレウスは立ち上がった。話は終わりというわけだ。


「では、失礼する。ハリアに乗った二人を見て、帝都の調子に乗った貴族達が驚く姿を楽しみにしている」

「苦労していそうだな」

「割と本気で困った者が多い。立場上、面と向かっては言えないがね」


 娘と同じく胃の辺りを押さえながら、魔法伯は去って行った。帝都までの道のりは長いが、戻ればすぐに気苦労の絶えない日々に戻るだろう。再会する時、元気にしているといいが。


『帝都の菓子か、楽しみじゃのう』

『聖竜様がそれを味わうには、俺達が聖竜領に戻ってからになるんで、大分先になりますね』

『……むう。小さな石像でも作れば何とかならんかのう』

『俺に言われても。聖竜様の領域であるこの当たりでしか無理なんじゃないですか?』

『悔しいのう。眷属のお前さんだけ楽しそうにしているのは』


 上司から謎の嫉妬を感じる。理不尽だ。


『まだ時間もありますし。対策でも考えておいてください』

『お前さん、たまに凄くワシに冷たいのう。いやまあ、これはワシが頑張るとするか』


 頑張りようがあるのだろうか。

 そんな疑問を覚えつつ、俺も釣りを切り上げた。

 とりあえず聖竜様の機嫌を取るために、料理でも供えに行くとしよう。


『トゥルーズの作った料理を分けてもらいますから。今日はそれで我慢してください』

『お前さんのそういう気を利かせるところ、ワシは結構気に入っておるよ』


 この日から数日後、クレスト皇帝、魔法伯ヘレウスは聖竜領を去り、帝都に向かった。

 それに続くように帝国五剣モートも第一副帝の元へと帰った。マイアとアイノと三人で、何度か氷結山脈での魔物退治はしっかりと務めてくれた。何事もなく訓練を終えたのは、彼のおかげだろう。


 今年に限って言えば、彼らがいなくなったのが季節の変わり目を告げたようなものだ。

 積もった雪が溶け、聖竜領に春がやってくる。

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