第322話「いや、普通のローブだし、汚れないし頑丈だから助かるんだが」

 聖竜領の森の中、俺の自宅。今年の冬は屋敷にいることが多いが、久しぶりにそこに俺は帰ってきた。

 そして、目の前には妹、アイノがいる。

 

 さすがにずっと帰宅しないのは良くないので、家の様子を見に行こうとなり、そのまま自宅で一泊となったわけだ。本来の形だとも言う。

 日中は掃除などをして忙しく過ごしたが、夕食を終えたら静かな時間だ。屋敷と違って人がいないし、冬の森はことの他静かである。俺の家の周囲に人はいない上、冬という季節が静寂を作る。

 

 つまり、帝都行きの話を切り出すのに最適なタイミングである。

 魔法の明かりが照らす下、俺達は無言でお茶を飲んでそれぞれの時間を過ごしている。仕事もないので読書だが。


「アイノ、ちょっと相談があるんだが」

「それって帝都行きのこと?」

「知っていたのか……」


 いきなり核心を突かれて驚いた。

 俺の様子が面白かったのか、微笑みながら妹は言う。


「ちょっと前からメイド達の間で噂になってるの。今年のどこかでサンドラさんと兄さんが帝都に行くらしいって。私はどうするのって聞かれるのよ」

「そうか。耳が早いな。いや、案外ヘレウスが意図的に流した噂かも知れないな」


 周囲にそれとなく情報を流すことで何となく状況を作る、いかにもあの男ならやりそうだ。帝都でサンドラに会いたいだろうしな。

 ともあれ、話が早くて助かるのは事実だ。


「その帝都行きの話だ。できれば、アイノにも来て欲しい。見聞を広げる良い機会だと思うんだ」

「この辺りの仕事はいいの? 私か兄さんがいないと、ゴーレムを動かし続けるの、難しいでしょ?」

「対処法はある。事前に長期間活動できるゴーレムを沢山作っておくんだ。なんなら、冬まで動くのを何十体か作ってもいい」


 可能な話だ。その気になれば、何年も動くゴーレムだって俺は作ることができる。労働力の面は、これでどうにかなるだろう。


「領地の仕事は大丈夫かしら。サンドラさんがいないと大変だと思うのだけど」

「マノンで大体対応可能だそうだ。魔法具で緊急連絡がとれるし、ヘレウスも人材をまわす算段を立てているらしい」

「兄さん達が帝都に行く段取りは整っているのね」

「その代わり、春は忙しくなるけどな。できるだけ仕事を片付けて、夏頃に行きたい。麦の収穫があるが、何とかなるだろう」


 基本、越冬する麦の収穫は夏になるが、そこはまあ、収穫用のゴーレムを用意しておけば大丈夫なはずだ。ロイ先生達が何年もかけて色々作ってくれた技術の見せ所である。


「冬はダメなの?」

「皇帝がこちらで休みたいから帝都に来て欲しくないそうだ」


 ひどく個人的な理由だが、わからないでもない。遠く離れた辺境にいるなら、仕事も回されない。もし俺達が冬に帝都にいったらクレスト皇帝やヘレウスなど、逆に仕事が増えてしまうのではないだろうか。


「アイノ、行くかどうかはお前の決断に任せるよ。自分で決めなさい」


 経験を積む意味で同行して欲しいのは確かだが、無理強いはしたくない。アイノだって、仕事をしている一人の大人だ。肝心な所は自分で決断すべきだろう。


「兄さんにそんなこと言われたら断れないじゃない。……違うわね。私も帝都を見てみたいわ。せっかくの機会だもの。それに、ハリアに乗って空からイグリア帝国を見てみたい」


 そう答えた妹は、とても良い笑顔だった。嘘のない、俺への遠慮もない、自分自身の気持ちから出た言葉。俺にはそう見えた。


「良かった。ただ、別の問題があってな。帝都の貴族が、アイノを勧誘する可能性がある」


 ここまではとても順調だったが、アイノが同行を希望する以上、これから話すことも了承して貰う必要がある。


「私は兄さんよりも自由な立場だものね。でも、勧誘を受ける気なんてないけれど?」


 賢い妹だ。兄はとても嬉しい。


「懸念というのはその勧誘方法だ。帝都の貴族は強行的な手段に出る可能性もあるらしい。つまり、暴力だな」

「皇帝陛下と仲の良い聖竜領の賢者の妹にそんなことをする人がいるの?」

「いつの時代も、理屈の通じない輩はいるものだ。金と力を持っている者であってもおかしくない」


 俺はクレスト皇帝と知己を得ていると言ってもいいが、貴族ではない。だから、気にせず行動に出る輩は出てきかねない。その手の連中は、独自の理屈で動くからな。


「それで兄さん、私に何をさせたいの?」

「マイアとモート、あの二人と一緒に氷結山脈に入り、戦闘訓練をして欲しい。いざという時のため荒事に慣れるんだ」

「…………」


 アイノはそのまま黙り込んでしまった。やっぱり、無理だったのだろうか。


「嫌ならいいんだ。別の手段を……」

「違うの。ちょっと嬉しいの。兄さんに戦っていいって言われるのが。私、ずっと兄さんに戦わせてばかりだったから」


 泣きそうな笑みを浮かべながら、アイノはそう言った。


「いいのか?」

「いいもなにも。必要なんでしょう? 今の体なら戦えるし、訓練はしているもの。実戦が必要なのもわかるわ。あ、でも、武器はどうしましょう? 兄さんと同じような杖がいいのかしら?」

『なんなら儂が杖と服を用意するぞい。メイド服だと動きにくいじゃろう』


 ずっと聞いていたのだろう。聖竜様が嬉しそうに語りかけてきた。


「嬉しい。聖竜様が用意してくれるなんて」

「せっかくだから、お願いしよう。強力なやつを」


 何を受けても無傷な全身鎧みたいのがいい。防御重視だ。


『ちゃんと可愛いのを考えるから安心するといい。アルマスは適当じゃったが、アイノはしっかりするぞい』

『俺のは適当だったんですか……』


 いや、普通のローブだし、汚れないし頑丈だから助かるんだが。


「じゃあ、決まりね。兄さん、宜しくお願いします」

「ああ、こちらこそだ。せっかくだから、帝都ではメイド服じゃなくて聖竜様の作った服を着てくれよ」


 多分、帝都でメイド服だと不都合が起きるしな。ここらで服装を切り替えてくれるとありがたい。


 なにはともあれ、これでアイノの帝都行きも決定だ。

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