第321話「今更だが、そういう生き物だから仕方ないのだ。」
「それで、なんでしょうか。アルマス様からお話とは」
聖竜領の食堂にて、目の前でマイアが緊張した面持ちで俺に言った。
「そんなに緊張しないでくれ。個人的な相談なんだ」
「相談? アルマス様が私に相談するようなことが?」
今度は戸惑った様子だ。情緒を見出して申し訳ないな。
クアリアでサンドラ達の様子を見た俺は、一足先に聖竜領に戻ることにした。
とりえあずは、アイノの帝都行きについて話をまとめるべきだと考え、屋敷の外で訓練していたマイアに声をかけたわけだ。
ちなみに今日はモートはいなかった。なんでも、エルミアに魔剣を作って貰うため通っているらしい。あの男も意外と聖竜領の暮らしを満喫しているな。
「アイノの事だ。早ければ今年の内に俺やサンドラが帝都に行くことになる。その際、アイノも同行させたいんだ。ついては、マイアに護衛をお願いしたい」
「……なるほど。納得です。もちろん、私で良ければ構わないのですが。アイノ様に手出しできる者はそういないかと」
マイアはアイノの訓練もやってくれている。彼女がそう言ってくれるのは頼もしい限りだが、懸念事項がいくつかある。
「帝都に行くとアイノは貴族から勧誘を受ける可能性が高い。話だけならともかく、余計なことをする輩がいるかもしれない」
「それは……いるかもしれませんね。たまに、想像を超えたことを仕出かす輩はいますから」
マイアも身に覚えがあるんだろう。遠い目をしながら同意した。武力でも権力でも、持ちすぎると普通でない判断をする人間を育ててしまうことがある。帝都にはそういう輩がそれなりにいるはずだ。同時に、俺もそうならないように気をつけねばならない。
「マイアは帝都に詳しいだろう。恐らく、俺が常にアイノと一緒に行動するのは難しいだろうからな。信頼できて、土地に詳しい者に護衛をお願いしたい」
「そういうことなら喜んで! しかし、アイノさんなら大抵のことなら力技で解決してしまいますよ?」
「そこが問題だ。アイノは訓練こそしているが、実戦経験がないだろう? いざというとき動けないかもしれない」
氷結山脈という魔物の巣窟が近くにあるが、俺と聖竜様の影響で聖竜領は治安が良い。マイアや冬場に来る帝国五剣によって、積極的に魔物が狩られているのも大きい。
おかげで戦闘に向いていない者が魔物と対峙しないで済んでいるのは素晴らしいことだが、アイノに関してはそれが良くない方向に働いている。
人の殴り方、斬り方を知っていても、いざ実際に実行できる者はそう多くない。
相手が手段を選ばず襲いかかってきたとき、今のアイノに思い切った選択がとれるか、正直怪しい。優しい妹のことだ、上手く立ち回れない可能性も高い。
となると、必要なのは実戦経験ということになる。
「ふむ……。アルマス様さえ良ければ、私の魔物退治に付き合って貰うことができますが」
「是非頼む。それと俺はいない方がいいだろう。帝都行きの備えだ。俺の方から説明しておく」
「ご本人が嫌がるかもしれませんね」
「その時は別の方法を考えるさ」
いきなり魔物退治しろと言ったら嫌がるだろうな。ここは兄としての腕の見せ所だ。
「マイアさん、こちらにいましたか。アルマス様もお帰りでしたか。お疲れ様です」
話が一段落したので、トゥルーズに頼んでお茶を出して貰ったところで、モートがやってきた。
帝国五剣にして、マイアに求婚したこの男、すっかり聖竜領に慣れたようで自然体である。一応、第一副帝の名代だったはずだが、仕事はしているんだろうか?
「ちょうど良かったモート殿、ちょっとアルマス様に相談を受けておりまして」
「それは、自分が聞いても良い話ですか?」
すっかり打ち解けた様子で、気軽に話しかけたマイアに答えつつ、隣の席に座る。
「近い内にアイノさんの特訓も兼ねて、魔物退治に赴こうかと思うのですが、ご一緒して頂けますか?」
「アイノさんと?」
怪訝な顔をしたモートにマイアが事情を説明する。一瞬、俺の方を見て了解を求めてきたので、軽く頷いておいた。
「わかりました。お邪魔でなければ自分も同行致します」
「帝国五剣が一緒に行ってくれるなら頼もしいよ。上手いことアイノに経験を積ませて欲しい」
正直、こっそりついていって様子を見ていたい。しかし、この件は俺がいてはだめだ。アイノが自力で生きていくための計画の一端なんだから。護衛としてつける二人の実力は十分。人によってはこれでも過保護と言うだろう。
「では、計画を練りましょう。魔物がいそうな場所はアルマス様に調べて頂けますから、私達は備えの方を」
「アイノさんの装備品を考える必要がありますね。山の中を行き来する荷物はお持ちでなさそうに思えますから」
目の前でマイアとモートが早くも打ち合わせに入っていた。実に自然で、気負いがない。
「どうかしたのですか、アルマス様?」
「いや、随分と仲良くなったみたいだな。なによりだ」
「そ、そんなことはありません! あくまで同じ仕事をすることになったから話しているだけです!」
素直に感想を言ったら憮然とした様子でマイアが叫んだ。
横でそれを見ているモートは、嬉しそうに笑っていた。
「そうだ。もし、帝都に行く日程がわかったら早めにお知らせください。自分も何かしらご協力できるかもしれません」
「ありがたい。そうさせてもらう」
まだ決まってもいない帝都行きで帝国五剣の協力まで約束してしまった。
安心だが、やはり過保護になってしまうな、俺は。
今更だが、そういう生き物だから仕方ないのだ。
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