第320話「話さなければいいと思うのだが、性格的にそれが難しいのだろう。」
クアリアの屋敷に戻ると、サンドラとヘレウスが満足そうな様子でお茶していた。
「意外だな。てっきり出先で喧嘩でもするかと思っていたんだが」
「失礼ね。わたし達だって、普通に買い物にいって食事をして帰るくらいできるわ」
「その通り。仕事の話をするように徹すれば和やかに過ごすことができる」
「……それは何よりだな」
気になったから様子を見に来てみたら、ヘレウスの部屋に案内されて、優雅なティータイムに遭遇することになった。
流れでお茶をいただきながら、俺は二人が町でどう過ごしていたかを聞くことにした。
「驚いた。本当に散歩みたいなことを二人にできるとは」
どうも本当にその辺りを散歩しながら時間を潰したらしい。
「重ねて失礼よ。休息の取り方をしらない人みたいに言わないで」
「その通り。私とて休むことの必要性くらい理解している」
「でも仕事の話はしていたんだな?」
「特に難しいことではないよ。ちょっとした図書館を聖竜領に作れないかということになっただけだ」
ヘレウスの様子を見るに本当に穏やかな時間を過ごしたのだろう。この男にとって、面倒ではない、負担の少ない仕事の話をするというのは珍しいのかもしれない。
そこを考えると、娘と共に町を歩くのは貴重な休息だったのだろう。多少、仕事の話はしても政治絡みでなければ気遣いは少なく済む。
「図書館? 学校などにあると聞いたことがあるが」
『嵐の時代』を生きた俺は実物を見たことがない。一部の上流階級が通う学校にそういう施設があるということは聞いたことがあるが、それだけだ。跡地なら見かけたことくらいあったろうか。
「帝都には公共の図書館がいくつかある。学生や貴族だけでなく、誰でも入れるものが」
「……それは、画期的だな」
恐らく、印刷技術の向上で本の価値が下がったからこそできることだろう。一冊の本を作るのに凄まじい手間と時間をかけていた時代では、まずありえない発想だ。
「しかし、金はそれなりにかかるだろう? 建物だって必要になる」
「本は少しずつ集めることになるでしょうね。でも、お父様とアルマスに協力して貰えば、案外早くできるかもしれないの」
「俺の?」
「聖竜領なら、あなたが本の保管に最適な環境になるように魔法をかけてくれる。それに、あなたも沢山の本を読めるようになるのは嬉しいでしょう?」
「つまり、俺が管理人になるということか?」
問いかけに、二人同時に頷いた。
「管理人は一人じゃないわ。何人か設けましょう。司書もいる。上手くすれば、帝国中からいろんな本が集まるかもね」
「聖竜領の状況次第だが、アルマス殿が大切にしてくれるなら、重要書類を預けることができる可能性がある。それと、領内に研究施設が増えれば、資料の保管所は必要だ」
理解した。本や書類を長く保管するなら、それなりの環境が必要だ。それなら、俺が常に状態を保つというのは、なかなか無い好条件だろう。なんならついでに警備もするだろうし。
「難しい本だらけになりそうだな」
「一般向けのものも沢山用意したいと思うの。農家の子供に文字を教える絵本とか。ミステリーとかね」
「また皆に追いかけられないようにな」
「それはどういうことかな、アルマス殿」
前に、サンドラが話を聞いただけでミステリー小説の犯人を当てまくって、屋敷の者に追いかけ回された話をすると、ヘレウスは楽しそうに声を出して笑った。
「……お父様、そんなふうに笑えたのね」
「……驚きだな」
「失礼な二人だな。私だって面白いと思えば笑い事はある。それに、娘の年相応な話を聞けて少し嬉しい。個人的に、ミステリー小説を大量に用意して届けさせるようにしよう」
「喜ぶ者はいそうだが。内容の話はサンドラのいないところでするよう周知する必要があるな」
「仕方ないじゃない。わかっちゃうんだから」
話さなければいいと思うのだが、性格的にそれが難しいのだろう。
「そうだ。話は変わるが、帝都行きの件、アイノは同行できるだろうか?」
俺が帝都に行くのは問題ない。どうせなら、アイノも一緒に連れていきたい。広い世界を見るのは、あの子のためになるだろう。
このままだと、聖竜領にできたメイド学校を出てメイドになってしまう。能力的に戦闘メイドになってしまいそうなのも、ちょっと複雑な気持ちがあるが、それ以上に聖竜領の外でも選択肢を用意したい気持ちがある。
「アイノさんね。同行するのはもちろん可能だけれど。アルマスより自由な立場なのが問題ね」
「ああ、帝都貴族からの勧誘が少なからずあるだろう」
アイノは俺に近い能力を持ち、聖竜様の眷属ではない。これはつまり、魔力を長時間固定できる特殊な魔法士が勧誘できる立場にあるということになる。
「この国、この世界全体を見ても希少な技能を持っている人間が比較的自由が効く立場にあるわけだ。アルマス殿より危険とも言える」
ヘレウスの言葉に俺は頷くことしかできない。俺ならば多少の難局は自力で切り抜けるが、アイノはそもそも荒事に向いた性格じゃない。
「帝都に行かなくても、そのうち問題になることだと思う。なにか対策はないだろうか」
「常にアルマスがくっついているわけにもいかないものね」
「気持ちとしてはそれはあるがな」
「…………」
なんだかサンドラがこっちをじっと見ている。何かおかしなことを言っただろうか?
「アイノさんは皇帝陛下のお気に入りだ。それで貴族達に釘を差しておくとしよう。それと、現実的には護衛をつけるくらいしか思いつかないが」
「なら、マイアが良いわね。彼女は帝都に住んでいたこともあるし、腕も人格も信頼できる」
「その当たりが落としどころか」
マイア本人も結婚話などあるが、ここは頑張ってもらおう。俺たちが帝都に行く時も聖竜領にいるはずだ。……そういえばあの二人、どうなってるんだろうか。
「帝都に来てくれるならば、聖竜領との連絡をもう少し頻繁にするとしよう。入念な打ち合わせが必要だ」
お茶を飲みながら、ヘレウスがそう締めくくった。
結局、仕事の話をしてしまったな。話が進んだのはとてもありがたいが。
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