第319話「いや、二人共大人だ。ここは信じておこう。」
聖竜領クアリア支部新事務所。
重厚なレンガ作りの雰囲気の良い建物で、位置的には町の中心にちょっと近づいたところにある。
クアリア領主との連携も考えてのことらしい。
様子見とちょっとした用件を兼ねた俺は、その施設の主と従者と面会していた。
戦闘メイドのマルティナはいつもどおりの佇まいだったが、マノンの方は大層お疲れだ。相変わらずの激務らしい。
「マノン、少しやつれてないか? 冬は仕事に余裕ができるかと思っていたんだが」
「それが、春以降のことで相談が増えておりまして。今年も忙しくなりそうです」
「既に忙しいと思うのだが……」
マルティナの方を見ると困った顔をして頷かれた。彼女も優秀だし、他にもこれはという人材を雇ってはいるが、人出が足りないのは変わらないらしい。地域的な問題もあって、貴族相手に上手く対応できる者はそう簡単に増やすことはできない。
「もっと人を増やして貰ったほうが良さそうだな。サンドラには相談しているのか?」
「事務所の引っ越しも終わりましたから。これから増員ですわね。とはいえ、ここだとなかなか」
「クアリアは発展していますが、帝国東部で帝都の貴族の現況に詳しい方というのは難しいようです」
「やはりそうか……」
クアリアは町として賑やかになってはいるが、増えるのは商人や市民だ。貴族が急激に増えることはないい。そもそもこの辺りは辺境なので、そういった人材が流れてくる可能性は他よりももっと低いはずだ。帝都や東都の貴族の出の人間だって、進んでこのあたり来たいとはまず思わないだろうしな。
「とにかく、休める時にゆっくり休んでくれ。眷属印のお茶は効きすぎるから注意だぞ」
テーブルに置かれたお茶は眷属印の薬草茶だ。飲むと確かに元気は出るが、飲み過ぎもよくないとされている。
「承知しております。人材に関しても、ヘレウス様がいらっしゃっているので、サンドラ様からご相談がいっているはずですわ」
「得意技だからな。そうだ、俺とサンドラが帝都に行く話も出たぞ。ハリア達の発着場を整備する計画があるらしい」
「まあまあ、それは素晴らしいことですわね! 是非お願いいたします!」
明らかに明るくなってマノンが言った。そんな元気で出るような情報だろうか?
「乗り気だな。理由があるのか?」
「はい。実は、帝都の貴族間では、アルマス様や聖竜様の存在が疑問視されているのです」
「疑問視だと?」
これは聞き逃がせない話だ。
「そもそも、帝都と聖竜領は大変な距離があります。なので、帝都に届くのは主に風聞。内容はゴーレムが土地を耕す、竜が物資を運ぶ、眷属と呼ばれる賢者が山を動かすといったもの……」
「言われてみると現実感がないな」
自分でやっておいてなんだが、帝都にいたら眉唾ものと断じられても仕方ない話ばかりだ。
「そこに、噂の聖竜領の領主と眷属が竜に乗って空から帝都に現れれば、すべて解決ですわ。帝都貴族も積極的に動くかもしれません」
分かる話だ。同時に気になる点がある。
「帝都貴族の動きは消極的なのか? 皇帝に副帝、魔法伯が来ているのに」
「訪れている方が偉すぎるのですわ。帝都内では次は誰がいくべきか、様子見になってっているようですの。上の方で」
「上位者が来ることで貴族同士で牽制していたのか」
それもまた面倒な話だ。権力つきの人間関係というのは、あまり関わりたくないものだな。
「正直なところを申しますと、帝都に行った際に、有能な人を何人か連れてきて欲しいですの。そうすれば、こちらに人材が来る流れが生まれるでしょうし」
「前向きに検討しよう。サンドラが」
「そうですわね。これはサンドラ様の仕事でしたわ」
にっこり笑いながら、マノンが薬草茶を口にした。仕事をおしつけて、してやったりという顔だ。
「しかしまさか、俺と聖竜様が珍獣扱いされていたとはな……」
「そこまでとはいいませんが……いえ、たしかによく「本当に存在するのか?」と問い合わせが来ますが」
やはり珍獣じゃないか。
「ドワーフ王国からの交易品が直接入るようになったこともあり、聖竜領へ対する興味は更に強まっています。他に比べれば関税が殆どかからずドワーフの品が入るわけですから」
「商売の面でも見逃せない存在になりつつあるわけか」
あの航空便、それなりの料金をとっているはずだが、それでも複数の国をまたいで関税をかけられるよりはマシということだろう。
「やはり、準備が整い次第、サンドラと帝都に行くべきだな」
「はい。宜しくお願いします」
もう一度にっこり笑いながら、マノンとマルティナが頭を下げた。
『のう、アルマス。ワシらの珍獣対策を思いついたんじゃが』
いきなり聖竜様が話しかけてきた。
『どのような手段でしょうか?』
『全帝都民の夢枕にワシが現れるというのはどうじゃろうか?』
『……やめておきましょう。大騒ぎになりますし、あれは人間に負荷がかかるのでは?』
『そうじゃのう。しかし珍獣はのう……』
悔しそうな様子で聖竜様が言っていた。
「ところで、サンドラ様はいかがお過ごしですの?」
「今日は父親と買い物だ」
「……それは買い物が成立するんですの?」
「わからん」
帰ったら喧嘩している可能性もある。いや、二人共大人だ。ここは信じておこう。
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