第315話「これ、挽回できるんだろうか。」
ヘレウスがついにクアリアに行くことを決めた。
三日ほど聖竜領の中でサンドラの情報を集め、仕事の視察をして、少しゆっくり過ごした上での決断だった。
俺の想像以上に会いに行くまで時間がかかった。彼なりに考えがあるのだろう。
いや、それよりもサンドラが三日も聖竜領を開けているのも問題だ。冬とはいえ、仕事はあるだろうに。クアリアで事務仕事をしているらしく、レール馬車で書類が送られてくるんだが、これは良くないだろう。
「アルマス殿、すまない。わざわざ同行させて貰って」
「俺も気になるからな。それに、シュルビアの様子も見ておきたい」
この移動のために特別に手配したレール馬車の中で、俺はヘレウスと話していた。
父親から逃げている領主を連れ戻すべく、俺も同行することにした。クアリアで何が起こるか予想できなくて不安だ。
「シュルビアは元々病弱だった。サンドラもそれで心配して頻繁に見舞っているんだろう」
「そうなのか?」
「私の調べた所、妊娠発覚後、クアリアに行く機会が三割ほど増えている」
「そんなことまで調べているのか……」
それだけの情報収集力があるなら、わざわざ聖竜領内で聞き込みみたいなことをしなくて良かったんじゃないだろうか。
「伝わってくる情報というのは断片的だ。生の情報には代えがたい価値がある」
俺の思考を読んでいるかのようなことを言ってきた。
「これで娘との関係も上手くいかないのが本当に不思議だ……」
「全てを仕事だと割り切れるほど、私も大人ではなかった。もういい年なのにな」
「年月を重ねただけで、どうにかなるものばかりでないということか」
「ああ。ところでアルマス殿、サンドラに縁談を受けさせることはやはり難しいだろうか? あの子が一人振れば、他の縁談もまるごと破産になる良い安打と思うのだが」
「父親が振られる前提で縁談を持ってくるのが問題なんだ。自分の娘を信じていないのか?」
「信じているとも。だからこそだ」
「…………」
自信満々に言い返され、俺は何も言えなかった。仮にサンドラが縁談を受けて、順調に話が進んだらどんな顔をするんだろうか、この男は。もしかしたらうっかり気に入られるかもしれないんだぞ。
○○○
相変わらず重厚な要塞を思わせる、クアリア領主の館。
石材が多く使われていて、見た目は寒々しいが、案外そうでもない。冬が来る前に、サンドラから依頼されて、大部分に俺が暖房の魔法をかけたからだ。身重のシュルビアを心配してのことである。
おかげで中は快適だ。俺とヘレウスは案内された一室で、のんびりお茶を楽しんでいた。
室内にはベッドで横になるシュルビアがいる。スルホは俺と机を挟んで同じくお茶だ。
「順調そうで良かった。悪阻も少しは落ち着いたようだな」
「はい。おかげさまで、少し食べられるようになりました」
ベッドで横になっているシュルビアは、先日まで酷い悪阻に苦しんでいたが、最近になって少し落ち着いた。
今日も起き上がって俺達を出迎えたが、明らかに痩せ細っていたので、慌てて横になってもらったところだ。
そんなシュルビアは、楽しそうに目の前で行われているゲームを眺めている。
室内に用意された小さなテーブルと椅子二つ。
そこでサンドラとヘレウスがチェスで対決していた。
きっかけは俺だった。ぎこちなく挨拶したサンドラとヘレウスだが、その後一言も言葉を交わしていなかった。
そこで目に入ったのが室内に置かれていたチェス盤だ。
「そういえば、サンドラとヘレウスがチェスをしたらどっちが勝つんだ?」
その一言をきっかけに、対決が始まった。
「なにか、サンドラが妙に意気込んでいるな」
「あの子はチェスが得意ですから、ヘレウス様を負かしたくて仕方ないんでしょう」
「……子供か」
「そこ、静かに」
スルホとの会話を咎めたサンドラは、真剣な目で盤上に目を注いだ。
局面は終盤。どちらが優勢かは、俺にはちょっとわからない。ヘレウスの方も、チェスの腕は相当でサンドラと拮抗しているように見えた。
「これはどちらが優勢なんだ?」
「ヘレウス様がやや劣勢に見えますが……」
スルホが自信なさげに言った。やはり、難しい局面らしい。
二人とも一手を打つのが長くなり、現在はヘレウスの手番。
「サンドラ、元気そうで何よりだ。だが、縁談を断ったのは残念だった」
長考の末、急に言葉を放って手を進めるヘレウス。
「っ。断るに決まってるでしょ。縁談なんてまだ早いし、帝都に行かなきゃいけないし」
明らかにイラつきながら、サンドラが手を進める。
……これはもしかして。
「縁談の件もだが、帝都には来て欲しい。……母さんの墓がある」
「……っ!?」
ヘレウスの一手というよりも、言葉にサンドラが固まる。
盤外戦術だ。劣勢のヘレウスは、言葉でサンドラの動揺を誘っている。
しかも内容は亡くなった母親のこと。非常に繊細な話題だ。一か八かの賭けではないだろうか。
「サンドラ、母さんの墓参りには何年行っていない?」
「そ、それは……」
「私は毎年行っている」
「くっ……」
明らかにサンドラの旗色が悪くなった。きっと、頭の中ではそれどころじゃないだろう。
「なあ、スルホ。あれは、やりすぎじゃないか?」
「……ええ、サンドラにとっては一番痛いところですね」
俺達が見守る中、サンドラは焦りから悪い手を打ってしまって一気に劣勢になった。
「サンドラ、私の勝ちだ」
「…………」
盤外戦術に出てから十数分で、ヘレウスはそう宣言した。
「どうだ、アルマス殿。まだ娘に負けるほどではない」
「いや、今のは素直に負けても良かったんじゃないか? 余計嫌われるぞ」
「……バカな」
言いながら娘の方を振り返るヘレウス。
そこには、涙目で父親を睨み付ける、サンドラがいた。
「負けず嫌いなところは、父親譲りか」
「まあ、はい」
困ったな、という様子でスルホが諦め気味にそう言った。
これ、挽回できるんだろうか。
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