第314話「もしかして、本人に無断で話しまくったのは、まずいのではないだろうか?」

 サンドラ不在の聖竜領を見て、すぐに娘に会いにいくかと思ったヘレウスだったが、意外にも翌日以降も領内にとどまった。

 散歩するかのような気軽さでハリア達の発着場と南部を視察。ついでとばかりに森の方まで足を伸ばした。冬の晴れた日中とはいえ、思った以上に行動的だ。

 他の者を同行させるのもなんなので、俺がついて行ったわけだが、意外にも楽しんでいるようだった。


「仕事をしているかと思ったが、案外穏やかだな」

 

 ハリア達の発着場に作られた休憩小屋でお茶を飲みながら言ってみると、ヘレウスはぎこちなく笑みで返した。


「たしかに。今やっていることは視察だが、帝都にいるのと比べると、とても気楽だ。急な仕事は入ってこないし、面倒な貴族間の調整もない。それに、ここなら皇帝陛下がやってきて難題をいうこともないのでな」

「ああ、まさか追い払われるとは思わなかったな」


 ここに来る前、朝から南部までゴーレムに引かせたレール馬車で行ったところ、滞在しているクレスト皇帝に「休暇中に顔を見ると仕事を思い出すから会いたくない」と追い払われる一幕があった。ヘレウスとしては普通に挨拶したかっただけだが、意外な展開に驚いていた。


「皇帝陛下の気持ちもわかる。私達が会うのは面倒事の時ばかりだからな。陛下は既に保養所にいるつもりなのだろう。私としても、会うと仕事の話をしかねないので助かる面もある」


 疲労回復のハーブティーを飲みながら、満足気にヘレウスが言う。


「アルマス殿は仕事というが、実はそこまでじゃない。竜の発着場も南部の別荘地も、現物を目で見て確かめておきたかっただけだ。書類上の数値と、実際に目で見るものは違うからな。特に大物は一度は現地を見ておきたい」

「仕事熱心なのは、娘と同じだな」

「私の働き方を見てああなってしまったなら、責任を感じるな。考えてみれば、私も休み方一つ知らない」

 

 難しい顔をしながらお茶飲むな。まあ、この男は立場があるから仕事漬けでも仕方ないかもしれない。それ故に、娘の仕事ぶりが心配になっているんだろう。


「今日はこのあとどうする? 他に見るところはないはずだが」


 時刻としてはもう夕方近い。南部まで行けばどうしても、ほぼ一日使ってしまう。


「せっかくだ。後は休憩にしようと思う。アルマス殿、酒場に案内してくれ」


 ○○○


 そんなわけで、ダン商会の酒場にヘレウスを伴って行くことになった。今となっては聖竜領で一番最初の店と言うこともあり、由緒正しい場所である。

 夕食には少し早いが、ここは暖かいし、居心地もいい。冬は話し相手も沢山いる、時間を潰すのにももってこいだ。

 そう思って店に入った瞬間、ヘレウスを見て、中にいる客全員がざわついた。


「アルマス殿……」

「よし、カウンターにしよう。店主のダニーなら大丈夫だ」


 聖竜領の人々を警戒させたくないという意図を汲んだ俺は、すぐにカウンターに座った。幸い、座っていたのはドーレスだけで、雑談とも仕事の話ともつかぬものをしていたようだ。


「いらっしゃいませ、アルマス様、ヘレウス様。外は寒かったでしょう?」

「なにか暖まるものを。少ししたら、夕食を頂くよ」

「かしこまりました」


 商会長よりも酒場の店主が板についているダニーが落ち着いて対応してくれ、すぐに暖かい飲物と、フライドポテトが出てきた。


「こうして冬でもしっかり料理が出るのを見ると、ここも豊かになったと思うよ」

「少し前まで何もなかった土地とは思えないな」

「色々と手伝って貰ったおかげだな。ところでドーレス、なんで震えているんだ?」


 のんびりお茶を楽しみ始めようと思ったら、隣に座っているドーレスが小刻みに震えていた。


「いいいえ、魔法伯様がまさかいらっしゃるとは思わなかったですので。ちょっとびっくりしてですね」

「何を今更。皇帝とだって会ったことあるだろうに。むしろ、商人としては売り込む機会なんじゃないのか?」


 まさか、ドーレスがエルミアみたいなことになるとは。相手が変わると反応が変わるものだ。


「う、売り込むなんてとんでもない。魔法伯から回される仕事だと、責任もですが、規模が大きくて、あてくし達に対応できるか……」

「そうなのか?」

「規模にもよりますが。我々ダン商会は小さめの商いを行っておりますので。聖竜領の特産品を扱うので精一杯なところもあります」

「商会は町によって色々と棲み分けている。私もそこを無視してまで強引に仕事は回さない。それに、今日は休憩にきただけだ。安心して欲しい」


 ポテトを口に放り込みながら、魔法伯が言う。なんか、昨日から食べてる時は満足そうだな。見た目以上にここでの滞在を楽しんでるのかもしれない。


「余計なご心配をかけてしまいました。お詫びといってはなんですが、メイド島のメイド特製の野菜スープはいかがですか?」

「いただこう」


 やはり。ちょっと嬉しそうだ。


「ヘレウス、楽しそうだな」

「ああ。サンドラが良い人々に囲まれているようで安心した。それに、こうして落ちつける相手と食事をするのは珍しいのでな」

 

 そういうことか。なら、もう少し安心させるとしよう。


「せっかくだ、サンドラの話を色々としよう。ここにいるのは、初期からいる者ばかりだしな」

「はいです。それならお話しできます」

「感謝する」


 その後、俺とダニー・ダンとドーレスで、サンドラにまつわる数々のエピソードを父親に伝えた。

 ヘレウスは楽しそうだったが、屋敷に帰った時、俺は気づいた。

 もしかして、本人に無断で話しまくったのは、まずいのではないだろうか?

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