第313話「ヘレウスには別の案を頑張って考えてもらおうとしよう。」

 サンドラの父ヘレウスは突然やってきた。忙しい男だ、「冬に皇帝陛下が訪れた後に行けるだろう」という曖昧な時期だけを伝えてくれていただけ良かっただろう。

 晴れた日が続き、聖竜領に積もった雪が程よく溶けた日の昼、ヘレウスはレール馬車を降りて、屋敷に到着した。護衛と秘書を一人ずつ連れてはいるが、非常に身軽だ。場合によってはここでも書類仕事をするかと思ったのだが、今年はそうでもないらしい。


「久しぶりだな。アルマス殿、壮健そうでなによりだ」

「そちらこそ。今年は元気そうだな。例年、激務のせいかここに来る時は疲れが見えたんだが」

「少しばかり、業務改革に成功した」


 ヘレウスは自慢げに言うと、辺りを見回した。現在地は屋敷の応接で、暖炉の火と暖房魔法によって必要十分に暖かい快適空間だ。メイドの運んだ紅茶の香りも良く、とても落ち着いた雰囲気である。


「サンドラなら、朝一番の馬車でクアリアに向かったぞ」

「……逃げたか」


 俺は静かに頷く。そう、サンドラは逃げた。クアリアからヘレウス来訪の知らせを受けるなり、リーラと共に馬車に飛び乗って領主の屋敷に向かった。名目は、妊娠中のシュルビアの見舞いだ。俺が止める間もなかった。


「難しい年頃なんだ、許してやってくれ。父親として認めていないわけじゃないと思うんだが」

「わかっている。今回は皇帝陛下もいる、そこに私まで来ては負担に感じる面もあるだろう。せっかくだ、今日は屋敷でゆっくりさせて貰おう」

「そうだな。旅の疲れを癒やすといい。ところで食事はどうだ? クアリアで済ませたのか?」

「いや、最優先でここに来たので昼食はまだだ。連れてきた二人にも悪いことをしたな」

「では、食堂に行くとしよう。料理人が腕を振るってくれる」


 俺にはわかる。殆ど感情に動きがないように見えるが、この男、少し落ち込んでいる。他の仕事を置いて最優先で娘に会うために来ているんだ。ぎこちないながらも、どうにかして親子関係を構築しようと、毎年必死なのだ。


「せっかくだ。ここ最近のサンドラについて話をしよう。何か役立つかもしれないぞ」

「助かる。仕事以外だと心の機微を計るには苦手でな。特に娘はわからない」


 苦笑するヘレウスを伴って、俺は食堂へと向かうのだった。


◯◯◯


 冬は生き物に厳しい季節だ。食料は保存食頼りになり、食事の幅も狭くなる。

 しかし、聖竜領には冷凍と冷蔵の保管庫があり、そこには大量の肉と野菜が保管されている。特に冷凍に関しては研究が進み、秋の内に調理したものを冷凍保存して、冬に間はそれを解凍した上で手を加えるなど、他では見られない技術が開発されつつある。


 つまり、聖竜領の屋敷では、冬でも美味しい食事が取れるのである。海に面していて、流通的にも恵まれている帝都ならともかく、帝国の端にあるここではとてもありがたい話だ。


 この日は解凍した野菜のソテーに鶏肉料理というメニューが提供されていた。ヘレウスを見たトゥルーズが慌ててなにか作ろうとするも、丁重に断る姿が印象的だった。


「予定していたとはいえ、突然の来訪だ。負担をかけるのは本意ではない。それに、ここの料理は十分美味しい」


 そう言いながら、ヘレウスは満足げに料理を平らげた。一緒に来た部下二人など、おかわりまでして幸せそうだ。


「人間、食事が一日の楽しみになっている面はあるからな。冬は特にそうだ」

「ああ、最近、その気持ちがわかるようになってきた。仕事の方に余裕ができたのでな」

「余裕? 魔法伯は激務だろう? 業務改革とやらがそんなに上手くいったのか?」

「少しばかり、若い者に仕事を任せるようにしている」


 食後のお茶を楽しみながら、少し得意げにサンドラの父は言った。

 

「それは、凄まじい変化だな」


 この男は事務能力と政治能力についてはサンドラ以上の化け物だ。それ故に、代わりが効かない人材と来ている。えてして、この手の人物は自分で仕事を抱えがちになり、激務に拍車をかけるものだと思っていたのだが。


「皆、アルマス殿のように驚くよ。しかし、私も人間だ。疲れを感じることはある。それに、少しは家族のための時間もほしいと思うようになった」

「今の発言をサンドラの目の前ですべきだと思うんだが……」

「それが何故かできないんだ。不思議なものだな」


 子供との関係はわからない、と軽く呟き苦笑するヘレウス。考えてみれば、子供のいない俺には難しい気がするな、この問題。両親とも不仲だったし。妹との関係なら得意なんだが。


「仕事のことならうまく話せるんだろう。やはり、そこを突破口にしてはどうだ?」

「そうなんだが。仕事と絡めて見合いを勧めたら、一月ほど連絡が途絶えた。実際のサンドラと会えば、相手も諦めて、自然と見合い話も減るという効率的な提案だったのだが」

「それは正直すぎて悪手だと思うぞ。もう少し遠回しにいくべきだ」

「そうだったか。あの子は効率的な仕事が好きだから問題ないと思ったのだが」

「さすがに「お前に見合いは成立しない」と言われて良い思いはしないだろう」

「……なるほどな」

「…………」


 今初めて気づいたみたいな顔をされた。おかしいな、帝国有数で頭も良いはずなのに。娘が絡むと駄目になるのか。


「実は、ここに来るに当たってサンドラの仕事を減らす案を持ってきた。今回はアルマス殿に事前に相談しておきたい」


 おお、すごいぞ。早くも反省して、対応に改善が見られる。しかも、内容は完璧だ。サンドラの仕事量をどうにかできるなら、こんなに嬉しいことはない。


「一体どんな策があるんだ? サンドラの仕事を代行できる人材なんて、そう簡単に見つからないはずだぞ」

「簡単だ。私がここに来ればいい」


 ニヤリと笑うヘレウス。

 なるほどな。仕事を若者に任せ始めたというのも、自分が聖竜領に来てサンドラを手伝うための布石か。何年先になるかわからないが、能力的には申し分ない。

 ……いや駄目だろ。いくら部下に仕事が任せられるといっても、魔法伯は帝国の重鎮だ。簡単にいなくなったら困る。いろんな人達が。


「ヘレウス、その案は駄目だ。サンドラはとても嫌がると思う」

「……それほどか?」

「実行したら、クアリアどころかドワーフ王国に逃げかねない」

「国外逃亡……」


 自分の父親と机を並べるのはサンドラは本気で嫌がるだろう。ヘレウスには別の案を頑張って考えてもらおうとしよう。


「とりあえず、どうやってサンドラに接触するかを相談しようか」

「……よろしく頼む」


 サンドラがクアリアに逃げていた良かった。俺は心底そう思いながら、この不器用な父親と今後のことを話し合うことにした。

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