第312話「完全に暇な時期というのは、なかなか来ないものだ。」

 ちょっと気になった報告を受けて鍛冶屋にいったら、妙なことになっていた。

 雪かきをおえ、綺麗になった店先。

 そこでエルミアとクレスト皇帝が、レンガを積んでコンロを組み立てていた。


「なにをやっているんだ、二人して」

「見ての通り、コンロを作っているのよ。今日はここで肉を焼くのよ、賢者アルマス」

「あああ、アルマス様! 急に皇帝陛下が来てお茶をしてたらこんなながれになりまじで……」


 澄ました態度の皇帝に対して、エルミアの方はわかりやすく動揺していた。人見知りで聖竜領の人間以外と対話困難なことも珍しくない彼女が、皇帝と共同作業しているのが驚きだ。一緒にお茶を飲んでいるだけで失神しかねない。


「エルミア、皇帝と話して大丈夫だったのか?」

「な、なんとか。最初は緊張で気を失いかけたですよ。でも、皇帝陛下はとてもお話しをしやすい方だったので……」

「魔剣を打てるドワーフ鍛冶、それも女性なんて面白いじゃない。こう見えても余は皇帝だからね、人との応対は慣れているということよ」

「さすがは皇帝だな。しかし、なんでまた外でコンロを作る話になったんだ?」


 クレスト皇帝が持ち前のコミュニケーション能力でエルミアを懐柔したのはわかった。しかし、それで外で煮炊きする話になんでなるんだ。今は冬だというのに。


「二人で故郷の話になって、それから肉の話になったのよ。そうしたら焼くしかないでしょ。エルミアも火は得意だって言うし」

「鍛冶屋は火の扱いは得意ですので、まあ、なんとか。網も作ったのがありますので」


 皇帝に流れを作られてそのまま乗った形か。

 見れば、お付きの騎士達がどこから調達したのか食材を持ってきている。肉が多いな。ついでに燃料もだ。しかも、なんか楽しげに準備を手伝っている。皇帝直属の護衛ともなると、ただものではないな。


「エルミア、良ければ俺も同席させてもらえないか?」

「ぜ、是非お願いしますですだ! 現実を認識すると、気絶しそうで気が気じゃないですだ!」


 彼女の精神のためにも、俺も急遽開かれることになった焼き肉に付き合うことにした。

 晴れているとはいえ、冬だというのに。


 エルミアは同じドワーフのドーレスとたまに外でやるらしく、レンガを積んで簡易コンロを作る手際が良かった。

 四角く積み上げられたレンガの上部に網を置き、中には炭を置く。

 せっかくなので、俺が魔法で着火すると、すぐに宴は始まった。


「屋敷に皇帝がエルミアのところに向かったと連絡があってきたんだが、意外な展開だったな」

「心配しすぎよ、賢者アルマス。ドワーフの魔剣鍛冶は貴重だから、余は彼女の意志を尊重する。引き抜きなんてしないもの」

「それもあったんだが、エルミアは精神的に不安定なところもあるんでな」


 今では大分慣れたとは言え、元々引っ込み思案だ。悪い子ではないので周りからも心配されて、俺が様子見にいくことになったという次第である。


「とはいえ、杞憂だったようだな」


 エルミアは皇帝の護衛達と談笑していた。魔剣を打てる鍛冶というのが大きいのか、騎士達もどこか敬意をもっているようだ。

 彼女もまた、聖竜領で年月を重ねる内に成長したということだろう。


「冬はベーコンとかソーセージとか、塩っぽいものが多くなるわね。仕方ないけど」


 その光景を楽しそうに眺めながら、皇帝は焼いた肉に文句を言っていた。


「屋敷の冷凍庫に加工されてない肉があるはずだが?」

「いいわよ。今日はこういう食事がしたい気分だったし。しかし便利ね、冷凍庫。一度本気で帝都に来て作ってくれないかしら?」

「検討しよう。俺の方も仕事が落ち着いているし、一度帝都に行くのも悪くない」


 イグリア帝国の中心を見ておくのも悪くないだろう。どうせなら、そこまでハリアに運んで貰おうか。きっと、日程の短縮になる。


「聞いたわよ。どうにかして都合をつけて見せるわ」

「なんなら空から行かせて貰えると嬉しいな。早く着きそうだ」

「そんなの余だって乗ってみたいわ。どこから話をつけようかしら……」


 横で皇帝が何やら算段を立て始めた。これは実現しそうだな、帝都への空の旅。


「帝都といえば、ユーグのために研究施設を作ると聞いたんだが」

「そうそう。引き抜きできないなら、ここで研究して貰う方がいいわよね。予算増やしちゃうわ。その方がサンドラのためにもなりそうだし」

「サンドラが関係あるのか?」

「勿論よ。あの子の頭脳を活かせる環境が合った方が絶対良いでしょう? 今は領主の仕事に夢中だけど、別のことをやれば確実に成果を出す人材よ?」


 なるほど。サンドラの能力を活かすための環境作りか。それもわからなくはない。領主として書類仕事ばかりさせておくには勿体ない頭脳ではある。


「驚きの評価でもないが、そう都合良くいくものか? 現状、サンドラの仕事量は増えるばかりなんだが」

「そこはこう、ヘレウス……父親にどうにかさせるわ。帝都じゃ人間関係で失敗しそうだけど、ここなら色々やってくれそうだもの、あの子」

「本人は忙しすぎる生活は嫌がっていたがな」


 領主にならなかった場合、サンドラは何をしていたんだろうな。そう思うと、事務仕事から解放されたサンドラが何をするかは興味がある。あれだけ賢く、まだ十代だ。できることは沢山ある。


「ヘレウスももう少ししたら来るそうだし、今年はきっと楽しくなるわね」

「冬は偉い人が沢山来て大変だな」


 焼きすぎて少し焦げてしまったソーセージをかじりながら、俺はしみじみとそう呟いた。

 完全に暇な時期というのは、なかなか来ないものだ。いや、俺は割と暇なんだが。


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