第310話「サンドラについては、そのうち来る父親にどうにかして貰うとしよう。」

 宴の時間だ。ロイ先生とアリアの結婚式が終わった後、速やかに宴の時間になった。

 場所は変わらず講堂。季節が良ければ外が使えたんだが、雪が積もってしまったので、室内での開催となった。

 結婚式用に並べた椅子や机を宴会用に整えて、料理が準備されていく。少し時間がかかるが、全員でやればすぐだ。

 尚、今回の件を受けて、サンドラは早くも増築の検討を始めていた。たしかに、式と宴会は会場を分けられる方がいい。

 そのうちメイド学校も近くにできるので、その敷地が使えるとも思うんだが、どうするのだろう。


 ともあれ、準備が整ったら宴会だ。

 少し動きやすい服装に着替えたロイ先生とアリアが加わり、賑やかな時間が始まる。


「結婚おめでとうお二人さん! まずは飲もうか! あ? 飲めない! じゃあ、あたしが代わりに」

「お前は酒量を制限されている。今はダメだ」


 ロイン先生達を祝福するふりをして飲酒をキメようとするスティーナを引き剥がす。久しぶりの飲酒解禁だ。放っておくと、際限なく飲み続ける恐れがある。


「スティーナ、飲みたい気持ちがあるのは理解するが少し控えるんだ」

「うぅ、皆が冷たい。今日はまだあんまり飲んでないのに」

「飲むならこの宴会の後にしてくれ。もっと身内の集まりでな」


 ストレスが溜まっているのか、スティーナは酔うと周りに変な絡み方をすることがある。

 どうせこの後、聖竜領初期の面々で飲むことになる。そういうのは良く見知った相手にして貰いたい。


「仕方ない。ここはお茶でも飲むとするよ。後で屋敷でしこたま飲んでやる」

「体を壊さない程度にな。そのうちルゼに本気で断酒されるぞ」


 そう注意して周りを見ると、マイアとモートが談笑していた。最初に会った時と比べると、随分打ち解けたようだ。

 グラスを手に近くに行ってみると、ほろ酔い加減の二人がにこやかに会釈してくれた。


「なんだ、二人とも随分仲良くなったじゃないか」

「はい。友達ですから! あくまで友達です!」

「マイアさんの特訓に何度かお付き合いしましたから、少しは距離が縮まったと思います」

「良いことだ。氷結山脈の魔物は狩りすぎないようにな」


 特訓といって真冬なのに聖竜領内を飛び回る二人だが、氷結山脈の奥に行って魔物狩りまでしてきた。

 あんまり魔物の数が減ると生態系に影響が出ないか心配だ。


「自分のような外部の者まで招いてもらって、良かったのでしょうか?」

「モートは第一副帝の名代だ。むしろ出て貰わないと困るよ」

「む、そうするとあまり連れ回すの良くないでしょうか?」

「リリアからの手紙を持たせれば大丈夫だろう。二人とも、楽しむといい」


 若い二人の邪魔をすると悪い。俺は素早くその場を去る。


 室内を見回すと、珍しい組み合わせが見えた。

 いつもの格好のトゥルーズがサンドラとリーラを話している。料理を準備したトゥルーズだが、時間を作って今だけ厨房から出て来たらしい。


「トゥルーズが厨房から出てくるとは珍しいな」

「二人の結婚式だから。……結婚か。いいものだね」


 話しかけると、どこか眩しいものを見るような目で、トゥルーズが部屋の中心で祝福されているロイ先生達を見る。

 少し驚きだ。トゥルーズが結婚とかそういう俗世のものに興味があったとは。


「アルマス様、その顔、私に失礼なこと考えてる」

「トゥルーズが結婚に言及するのが意外だったんでしょう。ずっと料理だけしてれば満足な人だと思ってたのでしょうね」


 トゥルーズに気づかれ、サンドラにはっきりと指摘された。


「すまない。正直、ちょっと意外だった」

「私にだってそういう気持ちくらいある。料理以外のことも考える。ここに来てそろそろ長いし」

「もう三十歳が見えてくるものね」

「……サンドラ様、その話はやめて。あと、私にはまだ先のこと」

「三十歳か……」


 人間時代の仲間にも、三十歳になるのを本気で嫌がる者が沢山いた。二十歳はなんてことないのに、三十歳になると、途端に嫌な気持ちが湧いてくる。あれは何なのだろうな。


「生活も落ち着いて、年齢も重ねれば、先のことを考えるようになるというわけだな」

「そういうこと。別に焦ってないから」


 すました顔で言って、サンドラはグラスの中のワインを飲み干した。今日はもう料理人としては閉店するつもりらしい。


「結婚なら、私よりも、サンドラ様の方が大変そう」

「そうなのか?」

「そうなのよ。お父様が見合いをしろって言ってきたの」

 

 陰鬱な目をしてサンドラがそうこぼした。

 これこそ意外な話だ。サンドラの父ヘレウスが、すすんで娘に見合いを進めるなど。むしろ水際で止めそうなものだが。


「どういうことだ、よほど凄い相手でも見つかったのか?」

「違うのよ。何人か見合いをして断られれば、自然と申し込みが減るだろうって言ってるの。わたしについてこれる帝国貴族なんてまずいないから大丈夫だとか言って。何が大丈夫なのよっ」


 珍しく強い口調で虚空に父への怒りを吐き捨てるサンドラ。まあ、たしかに。領主として忙しく働くサンドラに、どんな男性が見合うか検討もつかない。付き合うにしても性格的にかなりはっきり言う方だし、今では結構権力もあるので相手にしずらそうだ。


「父親なりに、不器用ながら策を練ったのだろうな」

「不器用すぎて殆ど嫌がらせよ」


 リーラから新しい飲物を受け取りながらサンドラが言う。まだ酒を口にしないが、そのうちスティーナのようにならないか心配だな。


「ところでリーラはどう思っているんだ。サンドラの見合い」

「旦那様の策ですから、素晴らしいことかと」


 試しに聞いてみたら、戦闘メイドからは相も変わらずブレない答えが返ってきた。なんか、ちょっと嬉しそうで怖い。


 ヘレウスの策はともかくとして、人々に明るい変化があるのは良いことだ。


 俺はそう思い、宴の席を楽しむことにした。不機嫌顔のサンドラについては、そのうち来る父親にどうにかして貰うとしよう。


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