第309話「漠然とした寂しさと共に、そんなことを考えた。」
ロイ先生とアリアの結婚式の日が来た。聖竜領全体にはつま先まで埋まるくらいの雪がつもり、緑から白一面の幻想的な景色になった。天気は快晴。
領内の主だった人々だけでなく、農村の人々まで集まった、ちょっとしたお祭りとなった。
ほぼ完成した中央会館の一室では、ロイ先生とアリアがそれぞれ式の準備をしている。厨房ではトゥルーズがメイド達と険しい顔で料理の準備に追われている。
ロイ先生が着るのは帝都で定番になっているというタキシードだ。せっかくだから聖竜領らしいものをと色々検討したが、デザイン面と時間面と費用面で問題があり、無難な形でと落ち着いた。特に今回は最初の式なので、後に続くものに負担になると良くないという意見が強かったのもある。
「ど、どうでしょうか……」
「似合ってると思うが。なんで今緊張しているんだ?」
着替えて髪を整えたロイ先生は見たこともないくらい緊張していた。なんかちょっと震えているし。おかしい、以前、この日のことを話した時は大人の余裕すら感じたというのに。
「いや、当日になったら急に気づいてしまいまして。実は僕、皆の前に出て何かすることってないじゃないですか。職人さん相手への説明は気楽ですが、研究会の発表とかもまともにできた試しがなく。村中の人に見られると思うと、急に緊張してきまして……」
「今日の主役の一人だから、どうしても注目はされるだろう。でも、隣にアリアがいるぞ。多分、一番見られるのは花嫁の方だ」
そう、結婚式において主に注目されるのは花嫁の方だ。男など酒を飲まされて潰れたりするのがせいぜい。過去の経験から、俺は何度もそういうのを目撃している。
「少し落ち着いてきました。それに、来る人によってはトゥルーズさんの料理目当てかもしれませんしね」
「その調子だ。クレスト皇帝もこない、いるのは身内ばかりだ。気楽にするといい。深呼吸するんだ」
言われて深呼吸したロイ先生は少し落ち着いたようだった。
「あの、アルマス様、アリアさんの様子を見てきてくれませんか?」
「俺が先に花嫁を見てくるのはまずいんじゃないか?」
「ちょっとだけで構いませんので。もしかしたら緊張してるかもしれません」
「……わかった」
あのアリアが緊張する姿は想像できなかったが、新郎の頼みだ、俺は素直にアリアの控室に向かった。
「アルマスだ。ロイ先生に様子を見るように言われてきた」
「どうぞ」
ノックをして中に入ると、白いドレス姿で化粧途中のアリアがいた。周りではメイドたちが慣れた手付きで準備中だ。
「あああ、アルマス様。どうしましょう、なんか本番が近づいてきたら緊張しししして……」
ロイ先生と同じような感じでアリアが小刻みに震えていた。
「なるほど。夫婦だな」
ちょっと感心しつつ、ロイ先生の時と同じような話をして、俺はアリアを落ち着かせにかかった。
◯◯◯
結婚式自体は、厳かかつ順調に進んだ。
そもそも、複雑な儀式をするわけではない。
聖竜様の像が一段高い場所に置かれた講堂で、夫婦が結婚の誓いを立てる。進行役は俺とサンドラだが、入場と聖竜様の像へ誘導するくらいで、大掛かりなことは何もしない。むしろ、この後に講堂の中を一度片付けて料理を出す方が大変なくらいである。
「では、二人共。これからも共に健やかに生きるように願っている」
正装用のローブ姿の俺がロイ先生夫妻に向かって言うと、サンドラが口を開く。
「では、指輪の交換を」
「はい」
「はい」
静かな室内で、ロイ先生とアリアが指輪を交換する。
「これにて、式を終わりとする。二人の将来に聖竜様の祝福がありますように」
予定通りの台詞をいった時だった。突如、聖竜様の声が聞こえた。
『せっかくめでたい席なんじゃから、ワシもなんかしたいのう。いつも見ておったし。むむむ……ぬぅ』
聖竜様の唸り声が頭の中に響いたと思ったら、像が明滅を始めた。
「おおっ、像が光った!」
「きっと聖竜様の祝福だ!」
「なんとありがたい……」
農家の人々や、たまたま見物に来ていた人たちがざわめく。
供物もしていないのに、この光は一体……。
『ふぅ、意外とやればできるもんじゃな。ワシなりの贈り物じゃよ』
『ただ光っただけじゃないんですか?』
『む、ワシのすることじゃぞ。しっかり効果がある。今の光を浴びた者は、しばらくの間、安眠できたり若干病気に強くなるのじゃ』
『割とささやかな効果ですね。いえ、絶大なものだったら逆に困りますが』
うっかり寿命が伸びたり難病が治療できたら、聖竜領が巨大な結婚式場になってしまう。このくらいで良かった、と思うべきだろう。
「アルマス、どうするの?」
聖竜様と話をしていたら、サンドラが心配顔で見上げていた。ロイ先生夫妻もちょっと戸惑い気味だ。
「聖竜様からの祝福だ。二人の前途を祝ってくれたよ。あの方はいつも見守っている」
その言葉に観客席が再びざわめく。ロイ先生たちも嬉しそうだ。
「それでは新郎新婦の退場だ。この後の宴でも、皆で祝ってやってくれ」
言葉と共に、ロイ先生たちがゆっくり退場していく。
予定外のことはあったが、どうにかまとまったな。
ふと、観客席にいるアイノが目に入った。
もし、アイノが結婚するとしたら、俺はどんな顔をしているんだろうな。
漠然とした寂しさと共に、そんなことを考えた。
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